第32話 暴走する副隊長

「ゴ、ゴブリンキングを討伐したですってぇぇぇぇッッ!?」


 ギルド中に、アーナルドの声が響き渡る。


 森でのクエストを終えて戻ってきたクロノたち。


 あのあと森の中を散策してみたが、雑魚ゴブリンにしか遭遇しなかった。

 つまり、ゴブリンの氾濫の元凶は、やはりゴブリンキングだった……というわけである。


 アーナルドの声でざわつく冒険者たちとギルドの職員たち。


 騎士たちの前でスキルを使ったことで、クロノはもはや目立たないようにするのは無理だと悟っていた。


 だからこそ――


「うむ、これが証拠だ」


 ――と言って、ストレージからゴブリンキングの死体を丸々取り出す。倒した際に、格納しておいたのだ。


「ま、まさか収納系のスキルを!? いえ、それよりも、間違いなくゴブリンキングの死体だわ……本当の話だったのね……!」


 興奮した様子でゴブリンキングの死体を確かめるアーナルド。


 周りの冒険者たちも「す、すげー……Aランクモンスターの死体だ……!」などと、盛り上がっている。


「クロノちゃんはすごかったぞ、なんせ百体はいたであろうゴブリンどもを、ゴブリンキングともども、スキルで一掃してしまったのだからな!」


「は……? え? ちょっとスミレちゃん、みんなで協力したんじゃなくて、クロノちゃんが一人で倒しちゃったっていうの……?」


「ああ、その通りだ、アナちゃん。あの時のクロノちゃん……本当にカッコよかったぞ……♡」


 クロノがスキルを放った時のことを思い出したのか、スミレは頬を染めて乙女の表情へと早変わりだ。


「ゴ、ゴブリンキングだけじゃなくて、ゴブリンの大群も一掃しただと……!?」


「もはや勇者や英雄の領域じゃねーか……」


「お、俺は、クロノ君はそれくらいの力を秘めてるって思ってたけどな!」


 一気に沸く冒険者たち。


 他の受付嬢たちも「はぁ、クロノ君、素敵……」などとウットリとした表情で彼を眺めている。


 アリアフィーネとシェリルは、周りの反応を見てまたもや得意げな様子で仁王立ち。


 二人のビキニアーマーとバニースーツに包まれた豊満バストが。ぷるん……っ! と震え、男どもを強制前屈みにする。


「ところでアナ殿、依頼達成の報酬とは別に、ゴブリンキングの死体を買い取ってもらうことは可能だろうか?」


「もちろんよ、クロノちゃん! とんでもない額になるから、楽しみにしててねん♪」


 バチン! とクロノにウィンクを飛ばすアーナルド。


 クロノは若干の吐き気を催しつつも、なんとか耐え抜くことに成功する。


「さて、それではいつも通り、酒場で飲んで待つとするか。スミレ隊長たちも一緒にどうだ?」


 せっかくだからと、騎士たちを誘うクロノ。


「お! いいな! たまにはいいだろう、隊長?」


「……そうだな。お前たち、たまには存分に飲むがいい!」


 グラッドの言葉に、スミレは少し呆れつつも許可を出す。


 危うく死ぬかもしれない状況から帰還を果たしたのだ。

 今日くらいは羽目を外してもいいだろうと判断したようだ。


「隊長がそう言うなら……」


 クロノに誘われた時に嫌そうな表情を浮かべたザックも、スミレが乗り気なのを見た途端に、そんなことを言い出す。


 結局みんなでギルドの奥の酒場に移動し、酒盛りを始めるのだった。


「ご主人様、あ〜んです♡」


「あ、ずるいですわよ、アリアフィーネさん!」


 アリアフィーネがクロノに食べ物を差し出し、それにヤキモチを妬くシェリル。


 そんな様子を見て「私も!」と、加わろうとするスミレ。


 グラッドとナタリー、それにレイラは馬鹿笑い。


 ザックは顔を顰めてそれを見つめる――


 そんな時であった……。


「みんな〜! 注目してちょうだ〜い!」


 アーナルドのそんな声が、ギルドの中に響き渡った。


 皆の注目が集まる中、クロノのもとへと歩いてくるアーナルド。


 クロノは「……?」と不思議そうな表情を浮かべる。


 そんなクロノに、アーナルドが装飾された一つの箱を差し出した。


「開けてみて、クロノちゃん♪」


「む、了解した」


 まだ不思議そう表情を浮かべて箱を開けるクロノ。


 その中には、白金に輝く冒険者タグが収められていた。


「す、すごいです! ご主人様……!」


「まさかAランク冒険者になってしまうなんてっ!」


 興奮した声を上げるアリアフィーネとシェリル。


 そう、箱に収めらていたのはAランク冒険者のタグだった。


 スミレたちの話を聞き、ギルド側がクロノを英雄とも呼べる、このランクへの昇格を決定したのだ。


 祝福の言葉を送る冒険者と職員たち。


 どこからともなく拍手が巻き起こる。


 そしてこれだけではもちろん終わらない。


 クロノに他の受付嬢が、革袋を手渡してくる。


「今回の報酬と、ゴブリンキングの死体の買い取り報酬です。お確かめください!」


 受付嬢に言われて、中身を確認するクロノ。


 そのあまりの額に、思わず目を見開いてしまう。


「当然よん、なんせゴブリンキングの骨は〝グレートポーション〟の材料に使われるんだもの。それくらいの報酬になるわ♪」


 またもやウィンクを飛ばすアーナルド。


 グレートポーションとは、欠損を含めた怪我の他に、多くの状態異常を解除することができる秘薬中の秘薬だ。


 小瓶一つで白金貨十枚はするとされている。


 そんなグレートポーションの材料になるゴブリンキングの死体が丸々一つ……。


 クロノが驚くほどの金額なるのも当然というわけである。


「ふむ……」


 そう言って、クロノが袋の中の硬貨をテーブルの上に並べだした。

 そしてそのまま、硬貨の数々をいくつかにわけていく。


「お、おい、クロノ……まさか!」


「ああ、その通りだ、グラッド隊員。ゴブリンキングを倒したのは吾輩だが、クエストを行なったのはここにいる皆だ。報酬は山分けにする」


 グラッドに、クロノはそう言いながら硬貨の山分け作業を続ける。


「ク、クロノちゃん! それはダメだ! 絶対に受け取れないぞっ!」


 やっと意味を理解したのだろう、今度はスミレが声を上げる。

 その後ろで、ナタリーとレイラもブンブンと頷いている。


「そうか……しかし、吾輩はこういったものは皆で分ける主義だ。もしこれが受け取れないというのであれば、今後は騎士団の仕事を受けることはできんな」


「な……っ!?」


 今度は驚愕の声を上げるスミレ。


 それは困る。

 クロノほどの冒険者の力を借りられないともなれば、今後何かあった時に、騎士団としては大打撃だ。

 実力のある冒険者との断交……隊長として、それは何としても避けなければならない。


「さぁ、受け取ってもらおうか」


 そう言って、クロノが皆を見る。


 そんな中、ペタン……っ! と、スミレが、そんな音を立てて地面に座り込んでしまう。


 そしてそのまま――


「あり……がとう……」


 ――と、詰まった声で言う。


 見れば、その瞳から涙の粒がボロボロと流れ落ちていくではないか。


「な、泣いている……!? 吾輩、何かまずいことをしたのか!?」


 慌てふためくクロノ。


 そんなクロノに「そうじゃねぇよ」と言って、彼の肩に手を置くグラッド。

 見ればナタリーとレイラも優しい微笑みを浮かべて、クロノに頷いている。


「ふ、ふざけるな! こんな、こんなことがあってたまるか……ッ!」


 突如大声を上げるザック。


 その顔は真っ赤なり、鬼のような形相をしている。


 そしてそのまま「貴様さえいなければ!」と叫び、あろうことか、クロノ目がけてレイピアを抜こうとする。


 ドパン――ッ!


 鳴り響く炸裂音。


 一拍遅れて、ザックが「ぐぅぅッッ!?」と呻き声を漏らす。


 見れば鎧の右肩の部分が破損しているではないか。


「何かわからぬが、攻撃するなら対処するぞ……?」


 冷たい声で、クロノはザックに告げる。


 その手の中には《覇魔銃》が握られている。


 ザックがレイピアを抜こうとしたその刹那、《覇魔銃》を召喚し、殺さぬように威力を調整した魔弾で、ザックの肩を撃ったのだ。


「く……っ! ぼ、僕は先に帰らせてもらうッ!」


 クロノを血走った目で睨みつけると、そう言い残してザックは去っていた。


 とりあえず、こうなった事情を知ってそうなスミレたちに、クロノは話を聞くことにするのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る