第31話 制御不能のスキルでも殲滅に使うにはもってこいです
「それにしても、ゴブリンの変異種までいるとはな……」
「なのです! まさか〝ゴブリンアーチャー〟が森の入り口付近にいるなんてビックリなのです!」
スミレの言葉に頷くナタリー。
オーク同様に、ゴブリンにも変異種や進化種が存在する。
先ほど矢を放ってきたのはゴブリンアーチャーという名の変異種だ。
ゴブリンにはこの他にも剣の扱いに特化したゴブリンセイバー、魔法スキルを使うゴブリンメイジ、進化種のホブゴブリンなどが存在する。
通常、変異種や進化種は迷宮であれこういった森であれ、奥の方に潜んでいるものだ。
それがこのような入り口付近で遭遇するとは……やはり、この森の中で異変が起きているのは間違いなさそうだ。
「よし、クロノちゃんは隊列の中央にいてくれ。その索敵能力で臨機応変に皆をサポートしてほしい」
「了解した、スミレ隊長」
「そんなかしこまった呼び方はよしてくれ。私のことはスミレお姉ちゃんと呼んでくれ♡」
どさくさに紛れてそんなことを言い出すスミレに、クロノは「…………」と、無視を決め込むのだが――
「む、無視か!? それはそれでたまらんぞ! んっ、ん……っ♡」
――どうやらクロノのそんな態度にも興奮することができるようだ。
この女騎士隊長、レベルが高すぎる。
そんなやり取りを交わしつつも、森の奥へと進んでいく一行。
するとまたもやゴブリンが現れたではないか。
今度は先ほど説明したゴブリンメイジやホブゴブリンの姿が確認できる。
「スキル、《挑発》!」
定石通り、スミレが《挑発》スキルを駆使して敵の注意を集める。
通常種のゴブリンが木々の間から駆けてくる。
先ほどの二倍はいるだろうか。
「喰らいなさい!」
「いきますの! 《ライトニングボール》!」
敵の数も多いことだ。
先ほどの騎士たちの戦いで動きを学んだアリアフィーネとシェリルが矢と魔法スキルをそれぞれ放つ。
アリアフィーネの矢が敵の腹に貫通し、そのまま地面に縫い止める。
シェリルの放った光球がゴブリンを飲み込み、感電死させる。
「すげー! 下級魔法スキルの《ライトニングボール》で、ゴブリンを殺しちまったぜ!」
「シェリルさんの杖も特別製なのでしょうか!?」
グラッドとナタリーが敵を相手にしつつ、興奮した声を上げる。
『グギャッ! 《ファイアーボール》ッ!』
そんな中、ゴブリンメイジが杖から炎属性の下級魔法スキル《ファイアーボール》を放ってくる。
狙いはスミレだ。
咄嗟に大型の盾を構えて、防御体制を取るスミレ。
そんな彼女の前に飛び出し、クロノはそのまま、ゴブリンメイジの放った《ファイアーボール》を真っ二つに切り裂いた。
「な……!?」
「魔法スキルを剣で斬るだと……っ!?」
驚きの声を漏らすスミレとザック。
クロノは止まらない。
そのまま勢いで、ゴブリンメイジのいる方へと駆けていく。
やられてなるものか!
そんな形相で、ゴブリンメイジがいくつも《ファイアーボール》を放ってくる。
だが、そのどれもがクロノの剣技によって、ことごとく無力化される。
『グギャァァァァ――ッ!』
後衛をやらせまいと、百八十センチはあろう巨体が、クロノの前に立ち塞がる。
ゴブリンの進化種、ホブゴブリンだ。
石でできた棍棒をクロノに振り下ろしてくる。
「邪魔だ」
無表情のまま拳を繰り出すクロノ。
するとどうだろうか。
拳と衝突した棍棒が木っ端微塵に砕け散ったではないか。
『グギャッ!?』
と、驚愕の声を漏らすホブゴブリン。
そんな敵の腹を、クロノは、後ろにいるゴブリンメイジごと間髪入れず《聖獣剣》で貫いた。
相変わらず凄まじい勢い、そして切れ味だ。
「ふぇ〜、クロノ君のおかげで、ヒーラーの出番がないや〜」
安全な位置取りをしながら、レイラが呑気な声を漏らす。
普段であれば、誰かしら怪我を負って回復魔法が必要になるだろう。
だが、要所要所でクロノが上手く立ち回るので、誰一人怪我をしていないのだ。
(ふむ、やはり戦いにくいな)
敵を次々と叩き切りながら、クロノは心の中で思う。
転生前、クロノには遠距離攻撃の手段があった。
だが、この体に転生してからスキルは使えず、代わりに手に入れた武器は近接戦闘用の《聖獣剣》だけだからだ。
【そういうことであれば、クロノ様は経験値が一定に達しましたので、新たな武具の召喚が可能です。召喚してみますか?】
クロノが不便に思った矢先に、カレンの声が頭の中に響いた。
(…………先に言ってほしかったのだが?)
【なるべく情報を与えるなと、クロノ様に言われていましたので】
カレンの返答に、クロノは(そうであった……)と、転生した直後のことを思い出す。
(まぁいい、ところでどんな武具なのだ?)
【武具の名は《覇魔銃》です。実際に召喚してもらった方が早いと思います】
(よし、来い……《覇魔銃》ッ!)
頭の中で、その名を叫ぶ。
すると――剣を持つのとは反対の手に、蒼銀と白銀のコントラストが美しい装飾銃が現れた。
(銃か、前世で異界からきた勇者が使っているのを見たことがあるな。たしか――……)
前世での記憶を頼りに、敵に狙いをつけてトリガーを引くクロノ。
ドパン――ッ!
という轟音とともに、銃口から魔力弾が飛び出した。
体内の魔力がごく少量抜けていく感覚から察するに、クロノの持つ魔力を消費するようだ。
音が響くのと同時、ゴブリンが頭から血を流してその場に崩れ落ちた。
「ほう、これは便利だ!」
クロノは楽しげな様子で次々と狙いを定めてはトリガーを引く。
あっという間に、五体のゴブリンが屍と化していく。
「ご、ご主人様、その武器はいったい……」
「その形、そしてその性能……まさか、異界の勇者が操ったという銃という武器なのでは……!?」
アリアフィーネが驚愕した様子、そしてスミレが興奮した様子で近づいてくる。
そのほかの面々も、驚きのあまり大きく目を見開いている。
「あー……これは吾輩のスキルの一つだ。敵が多かったので使わせてもらった」
新しい武具を使えるのが嬉しくて、つい調子に乗ってしまった……。
それを反省しつつも、クロノはまたもや適当に説明をするのだった。
「ああ、私のダーリンがこんなに強いなんて……♡」
スミレが頬を染めながら、クロノのことを潤んだ瞳で見つめる。
【女騎士スミレが、クロノ様を可愛いショタっ子から、強いオスへと完全に認識を変えたようです。子作りを前提とした性交が可能です。イクしかありませんね】
(やかましいわっっ!)
またもや要らん情報を提供してくるカレンを、クロノはいつものごとく脳内で怒鳴りつける。
「く……っ」
クロノを乙女の視線で見つめ、悩ましげにモジモジするスミレを見て、ザックが忌々しげに表情を歪める。
そしてそのままクロノとスミレの方へとズカズカと近づいていく。
「スミレ隊長、いい加減にしてもらおう。任務の時にこのようなことを言いたくないが、あなたは僕の婚約者なのですよ?」
スミレのことを睨みながら、ザックはそんなことを言い出した。
「……ザック副隊長、それは私たちの親が勝手に決めたことだ。例えあなたが男爵家の嫡男であっても、私にその気はないと――」
「貴族に逆らうということですか、隊長?」
ザックの言葉に、スミレは「……ッ」と思いつめた表情で黙り込んでしまう。
それを唖然とした表情で見つめるクロノたち。
なるほど。
シェリルがナタリーに質問した時に、彼女が言葉を濁したのはこういうことだったわけだ。
(よし、深く関わらないでおこう。絶対だ!)
クロノは固く誓うのだった。
微妙な空気が流れ始めた……そんな時だった――
『何やら騒がしいと思えバ……人間どもメ……!』
森の奥の方から、そんな声が聞こえてきた。
それに続き、ズシン……! ズシン……ッ! と地面がわずかに揺れる。
「ま、まさか……〝ゴブリンキング〟だとッ!?」
振動とともに近づいてくる、二メートルはあろう巨大なシルエットを見て、スミレが目を見開く。
金色の肌、その肌を同じく金色の鎧で包み込んだ一体の異形――ゴブリンの最上位種、Aランクモンスターのゴブリンキングが現れたのだ。
「な、なんだ……あの数は……!」
ゴブリンキングの背後を見てグラッドが驚愕に目を剥く。
現れたゴブリンキングの背後――そこに百体を超えると見られるゴブリン種の群れが……。
「マズイです! 広範囲に展開し始めたのです!」
叫ぶナタリー。
ゴブリン種どもが横に広がり始めたのだ。
このままでは包囲されてしまう。
しかし、下手に動けばゴブリンキングの格好の餌食になってしまう。
この森で何か異変が起きていることはわかっていた。
しかし、まさかキングが誕生していたとは……。
ゴブリンキングとは、ゴブリンの群れの中から百年〜数百年に一度誕生すると言われている、その名の通りゴブリンたちの王だ。
その戦闘力は凄まじく、都市を一つ滅ぼしたこともあるほどだ。
そして、何よりも厄介なのがその統率力だ。
通常のゴブリン種は仲間を統率できても二十〜三十体程度だ。
しかし、ゴブリンキングは数百体の配下を統率できると言われており、その練度も通常のゴブリン種とは比較にならない。
(ふむ、普通に戦っては被害が出るな……)
皆がゴブリンキングの登場に震える中、クロノはそんなことを考えていた。
今のクロノが持つ戦力で普通に戦っていては、一体ずつ倒すしかない。
しかし、そんなことをしていては、仲間に被害が出てしまうのは必至だ。
だからこそ――
「皆、吾輩の後ろに退がれ。一歩たりとも前に出るな」
――そう言って、ダンッ! と前に踏み出す。
「な、何をしようというのだ、クロノちゃん!」
「そうですわ! いくらクロノ様でも……」
スミレとシェリルがクロノを止めようとする。
そんな中――
「みなさん、大丈夫です。ご主人様がこう言ったからには、絶対に勝てます」
――ただ一人、アリアフィーネは微笑を浮かべ、クロノを見つめる。
それにクロノは背中越しに頷いてみせた。
『グギャギャギャ! まさか人間の小僧に舐められるとハ! 死をもって贖うがイイッッ!』
鬼の形相で叫ぶゴブリンキング。
そして横一列に展開したゴブリンどもが、木々の間から一斉にクロノ目掛けて駆けてくる。
「いくぞ……《覇獣撃破》――ッ!」
転生する際に引き継いだ制御不能の近接戦闘用のスキル。
それをクロノは発動した。
轟――――ッッッッ!
という凄まじい音とともに、辺りを埋め尽くす激しい閃光と爆風。
あまりの光と風の勢いに、皆は目を閉じて顔を庇う。
光と風は一瞬で止んだ。
「な……こ、これは……!」
最初に目を開けたスミレが声を漏らす。
それに続いて目を開いた一同の目の中に、とんでもない光景が飛び込んでくる。
襲いかかってきたゴブリン――否、それどころか、生い茂っていた木々までもが数十メートル先まで消し飛んでいるではないか。
『馬……鹿ナ……ッ、貴様、本……当に、人間カ……?』
「ほう、吾輩の攻撃に耐えたか。やはりこの体になったことで出力が下がっておるのか?」
全身ズタボロになりながら、唯一生き残っていたゴブリンキングに、クロノはそんなことを言いながら近づいていく。
「だが、これで終わりだ」
『待っ――――』
待ってくれ! とでも言いたかったのだろうか。
そんな言葉を最後に、ゴブリンキングの眉間が、クロノの《覇魔銃》によって、ドパンッ! と撃ち抜かれるのだった――
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