第19話 アーデ商会のご令嬢

「な、なんだ、これは……」


「大きなお屋敷ですね……」


 とある屋敷の前に来て、クロノとアリアフィーネが思わず声を漏らす。


 ギルドでハイオークの討伐報酬、それとCランク冒険者に昇格した証として銅色の冒険者タグを受け取ったあと……。


 クロノとアリアフィーネは、シェリルから命を救ってもらったお礼がしたいと言われ、彼女の後をついてきた。


 そして現れたのが、目の前の貴族でも住んでいるのではないと思ってしまうほど豪奢な屋敷である。


「お、お嬢様ではないですか……っ!」


 屋敷の柵の門の向こう……庭から、屋敷の使用人と思しき、初老の執事風の男が、そんな声とともにものすごい形相で、クロノたちの方へと駆けてくる。


「ただいま戻りましたわ。〝セバスティアン〟!」


 済ました顔で、執事に応えるシェリル。


 ここでクロノとアリアフィーネはようやく理解した。

 シェリルが、目の前の屋敷の住人であるのだと――


「心配していたのですよ、お嬢様! 黙って三週間もいなくなるなんて……!」


 柵の門を開け、シェリルへと詰め寄る執事――セバスティアン……。


 そんな彼の言葉を聞き――


 あ、このお嬢様、家出してたのか……。


 ――と、クロノとアリアフィーネは察するのだった。


「こうしてはおれません! さぁ、お嬢様、早く屋敷に入って旦那様にご報告を……!」


「わかりましたわ。それでは、わたくしはお父様に説明をしてきますので、セバスティアンはお二人を客間へと通してくださいまし」


「ん……? そういえば、お二人はお嬢様とどのような繋がりが……?」


 シェリルの言葉で、ようやくクロノとアリアフィーネの方に意識を向けるセバスティアン。


 とりあえず、シェリルは「命の恩人ですわ!」と答え、クロノとアリアフィーネを客間へと案内させるのだった――


 ◆


 客間に通されて少し――


「おお! 君がシェリルの命を救ってくれたクロノ君か! 本当にありがとう、感謝の言葉もない……!」


 そんなセリフとともに、一人のエルフの男性が現れた。


 その後ろに、微笑を浮かべた同じくエルフの女性と、シェリルがついてくる。


「あー……っと、すみませぬ。あなたは何者なのでしょう?」


「ああすまない、申し遅れた! 僕の名は〝ライル・アーデ〟。シェリルの父であり、アーデ商会の会長をやっているんだ。そして後ろにいるのが、妻の〝アニュー〟だ」


「妻のアニューです。よろしくね、クロノ君、アリアフィーネさん」


 クロノの問いに、感じ良く応えるライルとアニュー。


 ライルは銀の髪をした優しそうな男だ。

 一見すると青年に見えるが、それは彼がエルフ族だからだろう。


 エルフ族はその見た目を生涯若いまま終える種族なのだ。


 ライルの妻であるアニューは、これまた銀の髪を持った色気を感じさせる麗人だ。

 その上品な雰囲気は、やはり娘であるシェリルに似ている。


 そして、当のシェリルはというと――


 先ほどまでは冒険者風の衣装を着ていたにも関わらず、今はツヤのある白をベースとしたドレスを着ている。


 背中と胸元が大きく開いており、彼女の綺麗な肌と、豊満なバストがこれでもかと強調されている。


 ライルとアニューの着ている服も上等なものだ。

 そしてこれだけの大きさを誇る屋敷……会長という言葉からもわかる通り、かなり大きな商会組織の長なのだろう。


「クロノと申す。彼女を助けたのは成り行きだったので、お気になさらず」


「アリアフィーネと申します。クロノ様のメイドをしております」


 ライルたちの挨拶に、クロノとアリアフィーネが応える。


 すると――


「ははっ! 冗談を言っちゃいけないよ、クロノ君! シェリルから聞いた話では、ハイオークなんて相手をせずに逃げることだってできたそうじゃないか!」


「ええ、まるで英雄のような勇ましい行動ね、もっと誇るべきだと思うわよ?」


 ――と、ライルとアニューは笑顔でクロノに詰めてくる。


(な、なんだこの夫妻!? どうしてそんな必死に吾輩に詰め寄ってくるのだ……?)


 逃がすものか! ……とでも言いたげなライルとアニュー夫妻に、クロノは少し引きつつも、なぜかイヤな予感を覚える。


 そんなクロノの様子に気づいたのだろうか。


 夫妻は、ハッ! とした様子で笑顔に戻り、クロノから少し距離を取る。


 そしてそのままライルが……。


「どうだろう、娘を……シェリルの命を救ってもらったお礼に、食事でもいかがかな?」


 ……と、朗らかな笑みを浮かべながら問いかけてくる。


 クロノは咄嗟に、アリアフィーネの方をチラリと見る。

 アリアフィーネはそれに応えるかのように、小さく頷いてみせる。


 これだけ大きな屋敷の持ち主、それも規模の大きな商会の会長からの誘いを無下にするのは得策ではない……クロノもアリアフィーネもそう判断したのだ。


「かしこまりました。それではご厚意に甘え、食事をご馳走になりたいと思う」


「そうこなくっちゃね! 〝色々〟話したいこともあるし、きっと〝楽しい夜〟になるだろう……!」


 クロノの返事を聞くと、ライルは実に機嫌良さそうに言うのだった――

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