第16話 銀髪のエルフの少女
「よし、アリアフィーネ、だいぶ良くなってきたぞ」
「ありがとうございますっ、ご主人様♡」
迷宮二層目――
アリアフィーネが二体のゴブリンを矢で撃ち抜いたところで、クロノが声をかけるとアリアフィーネはパッと、表情を輝かせる。
最初はゴブリンに恐怖し、パニックに陥ったアリアフィーネであったが、ここに来るまでにクロノからの指導を受けることで、戦場での心得を学び成長し始めていた。
今まで動かない的しか狙ったことがなかった彼女だが、敵の動くであろう位置に矢を放つという技術も修得しつつある。
城育ちだというのに、ずいぶんとバトルポテンシャルが高いものだと、クロノは心の中で感心してしまう。
「二層目に入ったところではあるが、今日はこの辺にしておくとしよう」
「え……どうしてですか? わたしはまだ戦えますよ? ご主人様」
「疲労というのは自分で気づきにくいものだ。無理して怪我でもしたら元も子もないからな。それに……」
「それに……?」
少しだけ言い淀んだクロノに、アリアフィーネは不思議そうに首をかしげる。
そんなアリアフィーネに、クロノは頬を掻きながら――
「それに、体力を残しておかんと夜も楽しめんだろ……?」
――と、少々気恥ずかしそうに言うのだった。
「……っ! ご主人様ったら、可愛い……っっ♡」
クロノの意図を理解したアリアフィーネはその場で、ガバッ! と、抱きつくと、その豊満な胸の中に彼の顔をダイブさせてしまう。
「うむぅ〜〜っっ!?」
突然の強制メロンダイブに、クロノは彼女の豊満な胸の中でくぐもった声を漏らす。
…………そんな時だった――
「おい、お前たち!」
「急いで逃げろぉぉぉぉぉっ!」
――迷宮の奥の方から、そんな声が響き渡る。
声のした方向を見ると、青年が二人、それに少女がこちらに向かって駆けてくるではないか。
「む? あの肌の色……〝ハイオーク〟か?」
青年二人と少女の後方を見て、クロノが声を漏らす。
モンスターの中には〝オーク〟と呼ばれる二メートルほどの身長を持つ、豚人型のDランクモンスターが存在する。
そして〝ハイオーク〟とは、オークよりも一回り体が大きく、黒い肌を持った上位種のことであり、ランクはCランクとなっている。
今まさに、三人組の冒険者を追い回しているモンスターは、それと全く同じ特徴を持っているわけである。
受付嬢アーナルドに、ある程度のモンスターの棲息階層を聞いた限りでは、通常Cランク以上のモンスターが現れるのは六層目以降という話だった。
だが、迷宮がモンスターを生み出す箇所は決して一定ではない。
ごく稀に、普段とは違う場所に高ランクのモンスターを生み出すという事例も過去に報告されている。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ハイオークの足は意外に速く、ドンドン三人の冒険者との距離を縮めてくる。
「きゃっ!?」
そんな中、三人のうちの一人……青年二人より少しだけ遅れて走っていた少女が、悲鳴とともに転んでしまう。
「ぐ……ッ」
「すまない……〝シェリル〟っ!」
青年二人は一瞬だけ少女に気を取られる……も、そのままクロノたちさえも置き去りに、走り去ってしまう。
『ブヒャァァァァァァァァ――ッ!』
雄叫びを上げるハイオーク。
転んでしまった少女に向かって拳を振り上げた。
「やらせはせんッ!」
少女を置き去りにした青年二人に唖然とするも、クロノはすぐさま思考を切り替えて、その場を勢いよく飛び出した。
一回の踏み込みでトップスピードへと至り、ハイオークへと接近する。
そして途中で大きく跳躍すると、今まさに少女に拳を振り下ろそうとしているハイオークの横っ腹に、飛び蹴りをお見舞いする。
『ブギャァァァァァァ――ッッッッ!?』
何が起きたのか理解できなかったのだろう。
困惑、そして恐怖の入り混じった悲鳴を上げながら、ハイオークは奥へと大きく弾き飛ばされた。
「少女よ、大丈夫か?」
「はっ、はいですわ……っ!」
クロノが問いかけると、少女はハッとした様子で応える。
年齢はアリアフィーネと同じくらいだろうか。
白の艶のある肌、そして長いシルバーブロンド髪を緩く縦巻きにした美少女だった。
よく見れば耳がアリアフィーネと同じように、長く少し尖っている。
どうやら彼女はエルフ族のようだ。
「よし、そこでじっとして、下手に動かぬようにしていろ」
「わ、わかりましたわ……」
少女の手を引き、立たせてやるクロノ。
彼の言葉に従い、大人しくなる銀髪エルフの美少女――
そんな彼女の頬が、気のせいか若干ピンクに染まっているような……。
ついでに言えば、大きなアメジストヴァイオレットの瞳も心なしか、うっとりと細められてる気も……。
だが、戦場において、そんなことに気を取られるクロノではない。
地面を転がった反動で三半規管がイカれたのか、なかなか起き上がることができないハイオークへと、ゆっくりと近づいていく。
「来い……《聖獣剣》ッ!」
右手の中に、聖なる大剣を召喚し、そのまま真っ直ぐ縦一文字に振り下ろす。
ハイオークの首が、まるでバターのように切り裂かれ……地べたをころころと転がっていく。
そして一拍遅れて、頭がなくなった首の断面から、ドパ……ッ! と鮮血が迸るのだった。
「ハ、ハイオークまで一瞬で……。さすが、ご主人様ですっ!」
あまりに早かった一連の出来事に、アリアフィーネは唖然とするも、すぐさまクロノの元へと駆け寄っていき、そのまままたもや、クロノを熱い抱擁で包み込み……愛おしげにその頭を撫でる。
少々恥ずかしそうにするも、結局アリアフィーネを拒むことができず、抱擁を受け入れるクロノ。
そんなクロノを見つめながら、シルバーブロンドのエルフの美少女が――
「見つけましたわ……。わたくしの運命のお方――……」
――と、小さく呟くのだが……クロノの耳には聞こえていないのであった……。
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