第15話 どう転んでもエロフ

 仄暗い空間――


 岩肌の地面や壁がどこまでも続く。

 辺りには様々なモンスターが徘徊している。


 ここは迷宮――


 その名の通り、迷路のような空間がどこまでも広がり、どこからともなくモンスターを生み出す不思議な空間だ。


 そんな迷宮の中に、今一人の少年と少女が足を踏み入れる。


「ここが迷宮ですか……。なんだか外の空気とだいぶ違いますね……」


 初めて入った迷宮に、アリアフィーネが緊張した面持ちで感想を漏らす。


 迷宮の中は少しだけ肌寒く、モンスターの殺気などが満ちている。

 温室育ちの彼女からすれば、この場の雰囲気だけで圧倒されてしまうのも当然である。


「安心しろ、アリアフィーネ。万一何かあれば、必ず吾輩が守ってやる」


「は……はい! ご主人様っ♡」


 クロノの言葉で、アリアフィーネの表情が一気に花の咲いたような笑顔に変わる。


 好きな異性――それも、自分を逃れられない運命さだめから解き放ってくれた者からの言葉……それが嬉しくてたまらない。


 ギルドで登録作業を終えたあと、クロノたちはさっそく迷宮へとやってきた。


 何か討伐クエストを受けようかとも考えたが……今日のところはアリアフィーネの実戦訓練ということで、特にクエストは受けずに、モンスター狩りを行う予定である。


 勇者の強さをも凌駕するクロノがついているが、万一のことを考えて、ギルドに併設された売店で、回復薬〝ポーション〟なども購入済みである。


『ピキッー!』


 歩くこと少し、そんな鳴き声とともに一体の異形が現れた。


 最下級――Eランクモンスターである〝スライム〟だ。


 スライムは半液状のモンスターであり、その移動速度は遅い。

 だが、人間を捕食することができるため、油断は禁物だ。


「スライムか、ちょうどいい。アリアフィーネ、ヤツの体には生命を維持するための〝核〟が存在する、そこを狙うのだ」


「核……赤く光っているアレのことですか、ご主人様?」


「そうだ。アレを貫けば、スライムは活動を停止する」


「わかりました。やってみます!」


 アリアフィーネがクロノに創ってもらった装飾弓を構える。


 ちなみに、矢筒と弓も《レプリエイト》と《レプリコンバート》で作成済みである。


 構えた弓に、アリアフィーネは慣れた手つきで矢を番える。

 どうやら皇城で暮らしていた頃に、弓を嗜んでいたというのは本当のようだ。


「す、すごいです! 弓を引くのに全然力が必要ありません。それなのに、しっかりと弦が引き絞れています……っ!」


 クロノの能力で創り出された装飾弓はAランク武具だ。

 使用者に負担がかからないように、特殊な素材でできており、さらに特殊な構造をしている。


 アリアフィーネは驚きのあまり興奮した声を上げてしまう。


「アリアフィーネ、敵との距離はあるが集中しろ。スライムは跳躍することもあるからな」


「か、かしこまりました。ご主人様っ!」


 クロノに注意を促され、アリアフィーネは慌てて意識を正面に戻す。


 そしてそのまま真剣な表情で狙いをつけると――パッ! と矢を放った。


 暗い迷宮の中に、白銀の閃光が疾る。


 矢は狙った方向に直進し、スライムの体を、バス……ッ! と貫いた。


『ピギィィィィィィ――ッ!?』


 スライムがくぐもった声で悲鳴を漏らす。


 見れば半透明の体の中心にある核が見事に貫かれているではないか。


「え……? う、うそ……!」


 だが、どういうことだろうか? 


 アリアフィーネは喜ぶ……どころか、困惑した声を漏らす。


 その視線はスライムを貫いた矢に向けられている。


 確かに、矢はスライムの核を貫いた。


 否……正確には核〝も〟貫いた――と言った方が正しいだろう。


 放った矢はアリアフィーネが思った以上の勢い、そして貫通力を持っていたようだ。

 矢は核を貫くだけで終わらず、そのまま岩肌の地面にまで突き刺さっていたのだ。


「ご、ご主人様……この弓と矢、とんでもない性能なのですが……」


「そのようだな。まぁ、上手く使うと良い」


「こんな武具を簡単に作れてしまうなんて……。本当にご主人様は素晴らしいお方です!」


 興奮した声でそんなことを言うアリアフィーネに、クロノは少し気恥ずかしげに頭を掻く。


(まぁ、これは転生の特典なのだから、別に吾輩が褒められるようなことではないのだがな……)


 心の中でそんなことを思っていた時だった。


 クロノの頭の中に、カレンの声が響く。


【クロノ様、確かに武具を生み出す能力は転生の特典ですが、それを与えられたのはクロノ様が命を賭して世界を救ったからです。転生の特典を与えられたこと、もっと誇って良いと思いますよ?】


 ……と――


 このシステムナビゲーターは、機械的なのだが、どこか人間味を感じさせると思っていたが、まさかこのような元気付ける発言までしようとは……と、クロノは若干驚いた表情を浮かべる。


 そんなクロノを見て、アリアフィーネは「…………??」と不思議そうな表情を浮かべるが、そんな彼女に微笑むと、クロノはストレージの中にスライムの死体を収納し、迷宮の奥へとともに歩き……出そうとした、そんな時だった――


『グギャッ!』


 耳障りな声とともに、新たな異形が現れる。


 緑の肌と、人間の子どもくらいの身長を持ったモンスター〝ゴブリン〟だ。


 アリアフィーネを見つけるなり、ゴブリンは気色の悪い笑みを浮かべながら、短剣を手にして駆けてくる。


 ゴブリンは非常に性欲の強いモンスターだ。

 その上、異種交配が可能な存在でもある。


 見目麗しいアリアフィーネを見て、興奮を覚えたのだ。


「い、嫌ぁぁぁぁぁ――ッ!?」


 なかなかのスピードで駆け寄ってくるゴブリン。


 その気味の悪さ、そして恐怖心のあまり、アリアフィーネは思わず悲鳴を上げてパニックに陥ってしまう。


「させん! 来い、《聖獣剣》……ッ!」


 アリアフィーネの前に、クロノがすぐさま躍り出る。


 そのまま手の中に身の丈を超える聖なる大剣を呼び出し――振り抜いた。


 するとどうだろうか。


 振り抜いた《聖獣剣》から衝撃波が迸ったではないか。


 衝撃の波に飲まれ、ゴブリンが『グギャァァァァァァァ――ッ!?』と困惑、そして恐怖の入り混じった悲鳴とともに、迷宮の壁に叩きつけられる。


 派手な音を立てて、頭から壁に激突するゴブリン。

 そのまま目と鼻から勢いよく血を噴き出すと……そのままその場で絶命するのだった。


「ふぁ……ご主人様、しゅごいですっ……♡」


 まさか剣圧だけでモンスターを片付けてしまうとは……。


 クロノのあまりに強さに、アリアフィーネはパニックに陥っていたことも忘れ、ウットリとした表情でクロノを見つめる。


 彼の強さに、興奮を覚えてしまったのだろうか。

 悩ましげに身じろぎし、ハイブーツに包まれた脚をモジモジさせている。


 どう転んでもエロフである。

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