第11話 やはりエロフ

「いらっしゃいませ〜! 空いてる席にどうぞ〜!」


 とある酒場にクロノたちが入ると、給仕の娘が料理を運びながら元気な声を上げる。


 無事に宿屋確保できた。ならば次は食事をしようと、外に出かけたのだ。


 宿の二階にはレストランがあり、そこで食事を済ませることもできたのだが、クロノもアリアフィーネも、せっかくだから散策を兼ねて外で食べたいと思い、こうしてたまたま見つけた酒場に入ってみたのである。


「ご主人様、あそこが空いてます!」


「うむ、座るとしよう」


 時刻は夕方――


 客でごった返す店内で、唯一空いていた席をアリアフィーネが見つけると、二人はそのまま席につく。


「いらっしゃいませ! 今日のオススメはイノシシのステーキです!」


 クロノたちが座って少し、給仕の娘がやってきた。


「ではそれをお願いします。あと、適当なおつまみとミード蜂蜜酒を二つ」


「かしこまりました〜!」


 こうした店に入るのは初めてだ。

 どうしたものかとクロノが戸惑っていると、アリアフィーネが注文を済ませてくれる。


「アリアフィーネ、城育ちだというのに、ずいぶんと慣れた様子だな」


「ふふっ……実は幼い頃に、父と一緒にこっそり城を抜け出して、こういった場所に遊びにきたことがあったのです。もちろん、その時はフードを被って変装してましたけどね」


「ふむ、皇帝はなかなか面白い方なのだな」


 小さく笑うアリアに、クロノはそう言うと同時に、わざわざ娘を連れ出してやるあたり、本当に彼女のことを愛していたのだろうと想像する。


 そして、そんな皇帝からアリアフィーネを拉致するような形になってしまったことに、少々胸を痛める。


「お待たせしました〜!」


 待つこと少し――


 クロノとアリアフィーネのテーブルに、ミードが二つと、ナッツなどのつまみが運ばれてきた。


「それではご主人様、乾杯しましょう!」


「乾杯……アレのことだな!」


 アリアフィーネの「乾杯しましょう」という言葉に、クロノはウキウキとした様子を見せる。


 前世でクロノは、女勇者アリアとその仲間たちが何か祝い事があるたびに「乾杯!」と言って、楽しそうにさかずきをぶつけ合う様子を見ていた。

 そして「いつか自分もやってみたいものだ……」などと思っていたのだ。


 それが今、自分が国を敵に回してまで守ると決めた少女と交わすことができる……それが嬉しくて仕方ないのだ。


「よし、それでは……吾輩たちの新たな生活に!」


「乾杯です!」


 息ピッタリ、そんな感じでクロノとアリアフィーネが乾杯を交わす。


 そしてそのまま二人ともミードを口に運ぼうとした……その時だった――


「おうおう! ガキがメイドなんて連れてるじゃねーか!」


「ケケケケ! ちょっくら俺たちにその女貸せよ?」


 ――クロノとアリアフィーネのテーブルの前に、二人の男が現れた。


 片方は背中に剣を背負った筋骨隆々の男。もう片方は弓を背負っており、こちらもなかなか鍛えられていることがわかる。


「おい、アレってCランク冒険者の〝ハリー〟と〝マーブ〟だよな?」


「ああ、実力は確かだが、素行が悪いって有名なゴロツキ冒険者だ……」


 大声でクロノとアリアフィーネに絡んでくる男二人を見ながら、周囲の客が小声でそんなやり取りを交わす。


「失せろ、お前たちには彼女に指一本触れさせん」


 静かに、しかしハッキリと拒絶の言葉を口にするクロノ。


 そんなクロノに、剣を背負った男――ハリーが「げひゃひゃひゃひゃ! ヒョロっちいガキの分際で俺たちに楯突こうってか? おもしれぇ、ちょっくら痛い目見せてやるよ!」と、言いながらクロノの頭めがけてハンマーパンチを振り下ろした。


 恐らく酒を飲んでいるのだろう。決して子どもに対して繰り出される勢いのパンチではない。


 その光景を目の当たりにして、周囲から「おいやめろ!」などと制止の声が上がるが――


 パシ……ッ!


 ――そんな乾いた音が、酒場に響き渡った。


「な……んだと……ッ!?」


 ハリーが目を見開いて、狼狽えた声を漏らす。

 それに続き、周囲の客たちも、どよめき始める。


 ハリーが振り下ろした拳、それがクロノの小さな手のひらでピタリと止められていたのだ。


「う、嘘だろ……」


「あんな小さな子どもがCランク剣士の拳を止めた……?」


 少し間を置き、周囲の客たちが呆然と声を漏らす。


「次はこっちの番、ということでいいな……?」


「な、え……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッッ!?」


 クロノの問いに、またもや戸惑った声を漏らすハリー。

 その途中で、声は大きな悲鳴へと変わる。

 クロノがハリーの腕を捻り上げたのだ。


 とんでもない怪力、それも少女と見間違えるほどに華奢な少年に自分が捻りあげられている……。そんな事実に混乱し、ハリーはまともな思考をすることができない。


「よくもハリーを!」


 仲間の危機に、一緒にいた弓使いの男――マーブが動き出す。

 そしてこともあろうか、矢筒から矢を取り出し、その切っ先をクロノめがけて突き出してきた。


「馬鹿か、お前?」


 突きを繰り出すマーブに、クロノは呆れた表情を浮かべながら、ハリーを自分の前に引き寄せる。


「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッッッ!」


 再び上がる悲鳴。

 今度は先ほどよりもさらに大きい。


 まぁ、無理もないであろう……。

 マーブの突き出した矢が、クロノがハリーを盾にしたことで、その肩に突き刺さってしまったのだから。


「攻撃してきたのだ、お前も敵だ」


 そう言って、その場にハリーを叩きつけると、トンデモナイ速さでマーブの懐に飛び込むクロノ。そのまま腕を引き、勢いをつけた拳をマーブの鳩尾に叩き込む。


「うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――ッッ!?」


 突如襲いかかった衝撃に、マーブはその場に崩れ落ち……そのまま胃の中のものをぶち撒けた。


 そんな中、ハリーは意識を落としていたようだ。

 思ったよりも矢が深く刺さっていたことによる激痛、そして酒がまわっていたのが原因であろう。


「ふふっ……ご主人様に手を出したこと、後悔なさい……?」


 マーブの吐瀉物をバックステップで避けたところで、クロノの耳にそんな声が響く。


 見れば、アリアフィーネが地面に落ちた矢を拾い、そのまま気絶したハリーに振り下ろそうとしているではないか。


(いかん!)


 慌ててその場を飛び出すクロノ。


 悪人成敗はもっともだが、戦闘不能の相手を始末するのは流石にまずい。


「やめるのだ、アリアフィーネ!」


「離してください、ご主人様! こいつ殺せません!」


「だから殺すなと言ってるんだけど!?」


 アリアフィーネを羽交い締めにするも、クロノに手を出したハリーたちに相当怒りを覚えているようだ。

 ジタバタと暴れて、何としても目の前の男を殺すという明確な殺意を表す。


(ええい! こうなれば……!)


 暴れることをやめないアリアフィーネに、クロノは奥の手を使うことにする。


 羽交い締めにするのではなく彼女を後ろから抱きしめる。

 そのまま彼女の長いエルフ耳をさわさわprpr!


 するとどうだろうか――


「ひぁぁぁぁぁ〜!? ご主人様、後ろから抱きしめるのダメぇ〜! み、耳をそんな風にされたら……んっ、んっっっ♡♡」


 ――アリアフィーネはトンデモナイ声を漏らしながらその場に崩れ落ちてビクン! ビクン!


 頬をピンクに染め、もの欲しそうな表情でクロノを見つめながら自分の人差し指を咥え、ガーターストッキングに包まれたむっちりとした太ももを悩ましげに擦り合わせ始める。


 アリアフィーネと何度か愛し合うことで、クロノは彼女の弱点を理解し始めていた。

 そして彼女の弱点――エルフ耳を刺激することで、見事に無力化してみせたのである。


「「「おうふ……ッッッ!」」」


 あまりに妖艶になアリアフィーネの仕草を見て、酒場の男どもは股間を押さえて前屈みである。


「おい、お前」


「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?」


 ダン! と足を鳴らし、マーブの前に立ちふさがるクロノ。


 恐怖で悲鳴を上げるマーブに、吐いたものを自分で片付けろと命じ、それが済むと気絶したハリーを連れて失せろと指示を出す。


「すげーな、ボウズ!」


「いや〜、いいもん見せてもらったぜ! 一杯奢らせてくれ!」


 気絶したハリーをマーブが連れ去ったあと、酒場の客たちがクロノに声をかける。

 それにつられて、どこからともなく拍手が上がり始める。


 どうやら、ハリーとマーブにはここの常連であり、素行の悪い二人に、他の客たちは前から思うところがあったようだ。


 あんな恥ずかしい思いをすれば、当分ここには来れないだろう……。


 それが嬉しくて、客たちはクロノに「よくやった!」と次々に声をかけ、店からも酒と料理をたっぷりとサービスされる始末だ。


「むぅ、あまり目立つのは控えるつもりだったのだが……」


「でも、こういうのも悪くないのではないでしょうか、ご主人様♡」


「そうだな……アリアフィーネ」


 客や店の従業員に囲まれながら、クロノとアリアフィーネは微笑み合うのだった。

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