第12話 女勇者は聖獣に憧れる
「うぅ……頭がクラクラするぞ……?」
「ふふっ……どうやら飲みすぎてしまったようですね。この辺で少し休みましょう、ご主人様」
酒場を出てから少し――
千鳥足のクロノを支え、石畳の道を歩き、水路の手前までアリアフィーネが連れていく。
店や店の客にたんまりと酒を奢られたせいで、体が幼いクロノは顔を真っ赤に染めている。
「さぁ、ご主人様……こちらへ♡」
二人で水路の手前に座ったところで、アリアフィーネが両腕を広げる。
酔ったクロノは「うむ……」と呟くと、彼女の豊満なバストの中にゆっくりとダイブしてしまう。
そしてそのまま、幼い体の本能に従い、アリアフィーネの胸の中で、甘えるように頬をスリスリし始める。
(や……やんっ! ご主人様ったら、赤ちゃんみたいに甘えて……可愛い……っっ♡)
酔ったクロノの行動に、アリアフィーネは股k――もとい、胸をキュンキュンさせる。
そのまま、慈しむようにクロノの頭を優しく撫で始める。
「ふぁ……っ」
アリアフィーネの母性を感じさせるような甘い匂い、大きな胸の柔らかさ、そして頭を撫でられる安心感に、クロノは思わず蕩けた声を漏らす。
「…………ッッッッ♡♡♡♡」
クロノのあまりの可愛さに、アリアフィーネはもはや言葉を発することすらできず、甘い吐息を漏らすのみだ。
このままこの愛らしい少年を食べてしまいたい……。
そんな劣情に駆られるが、ここは外だ。
何とか自分の欲望を抑えつけようと、視線をクロノから外し目の前の景色へと向ける。
「綺麗だな……」
アリアフィーネが目の前に視線を向けるのと同時に、クロノが静かに呟く。
そう……目の前の景色はとても美しかった。
街灯のオレンジの光に、石造りの建物が照らされ、水路を流れる水もその光を反射し、幻想的な雰囲気を演出している。
「そうですね、本当に綺麗な都市です……」
クロノの言葉に、アリアフィーネも静かに応える……が――
「そうではない。綺麗なのはお前だ、アリアフィーネ」
――と、クロノはアリアフィーネの瞳を覗き込みながら言った。
幻想的な光に照らされて、アリアフィーネの髪は黄金色に輝き、アイスブルーの瞳が神秘的な色に染まる。
白磁の肌は酒のせいでほんのりピンクに染まり、彼女の可愛らしさをさらに上の段階へと押し上げる。
美しさと愛らしさの融合……そんな言葉が似合う。
クロノはそんな思いから、アリアフィーネに美しいと伝えたのだ。
「き、急にそんなことを言われては……照れてしまいます……」
クロノには積極的に迫るアリアフィーネ。しかし、自分の容姿が褒められた途端に、しおらしい様子を見せる。
そして恥ずかしさを紛らわすように、クロノの頭をより深く自分の胸に抱き、その頭を再び撫で始める。
幻想的な景色の中、少年と姫は夜更けまで幸せな時を過ごすのだった――
◆
「く……っ! どこへ行ったというんだ、アリアフィーネ……ッ!」
帝都の皇城――その煌びやかに飾られた一室で勇者レイジは悔しげに声を漏らす。
美しいエルフの姫、そして婚約者であるアリアフィーネが一人の少年によって攫われた。
それに加え、あろうことか勇者である自分が見た目も華奢な少年に敗北した……。
受け入れ難い事実に、レイジは発狂寸前なのだ。
アリアフィーネの予想通り、クロノが勇者であるレイジを倒してしまったこと、そしてアリアフィーネが攫われたことは外部に公表されることはなかった。
しかし、捜索隊は編成された。今もこの帝国が誇る諜報員たちがあらゆる都市、そして近隣諸国に派遣されたところである。
「まぁ落ち着けよ、レイジ」
「そうよ。お姫様が見つかるまで、私たちができることはないわ」
ワナワナと震えるレイジに、一人の青年と少女が声をかける。
青年の名は〝ゴウキ〟――
百八十センチはあろう長身と、鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体、そして角刈りにしたヘアスタイルが特徴的な人物。
少女の名は〝リナ〟――
身長は百六十センチくらいだろうか、スレンダーな体つきをしており、少しツリ目気味、だが可愛らしい容姿をした黒髪ショートヘアの少女だ。
二人ともレイジの仲間であり、レイジとともに〝異界〟から召喚された勇者である。
異界から……というのも、この国――アウシューラ帝国は異界人に勇者の力を授け、召喚する技術を持っているのだ。
召喚された勇者にはそれぞれ別の力が授けられる。
レイジの場合は剣の勇者としての力、ゴウキの場合は拳の勇者としての力、そしてリナの場合は魔法の勇者としての力が授けられた。
この三人が、帝国が誇る最大戦力――勇者パーティなのである。
三人が召喚されたのには紆余曲折があるのだが……今はさておく。
「そう、だな……。狼狽えても仕方ない。アリアフィーネが見つかった時のために、俺自身を鍛えないと……」
二人の言葉に我に返るレイジ。
「けど信じられないぜ。ドラゴンとも渡り合うレイジを、ぶちのめす少年がいるなんてな……」
「ほんとね。しかも変な剣を召喚したんでしょ? それって、絶対固有スキルを持ってるじゃない。しかも最後は剣を使わずに拳でやられたなんて……その男の子、本気を出したら、私たち三人が束になっても敵わないかも……」
ゴウキとリナの額に冷や汗が流れる。
レイジは自分がやられた事実を正直に二人に話していた。
まぁ……アリアフィーネが自ら少年――クロノについていった事実は伏せてだが……。
それはさておき。
「レイジの話が本当であれば、その少年は規格外だ」
「勇者の力を超えるかもしれない存在なんて、上位のドラゴン族、四魔族、七大魔王、それを束ねる魔神……あとは伝説の聖獣ベヒーモス様くらいしかいないものね……」
少年クロノの危険性についてゴウキとリナがさらに語り合う。
まぁ、そのベヒーモス様がクロノなのだが……そんなこと想像もつかないであろう。
「ベヒーモス様か……そういえば、リナは聖獣様のことが大好きだったな」
「当たり前じゃない、レイジ。心優しき聖なる獣……。自らの命と引き換えに、魔神を討ち滅ぼした気高きお方……。憧れない方がおかしいわ」
レイジに話を振られると、リナは聖獣について語り始める。
熱く語るその声は蕩け、表情は乙女そのものだ。
リナは神話の勇者など気高き者が、幼い頃から大好きな少女だ。
この世界での聖獣ベヒーモスの伝説を聞いて以来、彼に夢中なのだ。
そして彼にまつわる書物を集め、毎晩読み返すほどである。
「ああ……ベヒーモス様、もしもこの世に存在するのなら、一度でいいからお会いしたいわ……!」
甘い声で窓の外を見つめるリナ。
そんな彼女と、クロノが出会う日は近いのかもしれない――
「むぅ……」
ベヒーモスを思って頬を染めるリナを見て、ゴウキが複雑な表情で唸り声を漏らすのだが……これもさておく。
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