第8話 新たな生活が笑顔で溢れますように

「さて、まずは服屋に行くか。その格好では目立ってしまうからな……」


 都市に入ったところで、クロノがアリアフィーネを見つめて呟く。


 帝都から逃げる際、追手の心配があったので服を用意するヒマはなく、アリアフィーネはベビードールの上にシーツを巻いた状態なのだ。


「ありがとうございます、クロノ様。ですが、街中では〝あのスキル〟を使っていることに気づかれないよう、ご注意くださいね?」


「ああ、わかっている。念のためにポケットの中で発動させるようにする」


 アリアフィーネに注意を促されるクロノ。


 今アリアフィーネが言った〝あのスキル〟という単語だが……。

 クロノは転生特典で、女神からカレンや武具召喚の他にも特別な力をもらっている。


 その名も〝ストレージ〟――


 様々な物質を、時空を歪めて特殊な空間に収納しておくことができる力だ。


 クロノはあらかじめ皇帝からもらった報酬をストレージに収納していたので、都市に入る金を用意できたわけである。


 だが、そのような力を持った存在はこの世界において珍しく、力を知られれば面倒ごとに巻き込まれかねない。

 既にとんでもないことをやらかしてしまっているクロノからすれば、これ以上目立つのは避けたいところだ。


 ところで……結果的に、しかも合意の上とはいえ、一国の姫を攫うような形になってしまっている件だが……。


 アリアフィーネの話によると、恐らくクロノが指名手配される可能性は低いだろうということだった。


 理由は国家の名誉のため――らしい。


 帝国の城という警備体制がありながら、賊……それもたった一人の少年に姫を攫われた。

 その上、国家が誇る最大戦力である勇者が倒されるなど、決して広まってはならない情報だ。


 ゆえに、クロノが勇者レイジを倒したことはおろか、姫であるアリアフィーネが攫われたことも公にはならないと思われるとのことだ。


(ふむ、アリアフィーネの言っていたとおり、綺麗な都市だな)


 辺りを見渡し、クロノは思う。


 綺麗な石造りの建物や道、都市全体に水路が張り巡らされた風景は、息を呑むほど美しい。


(しかし、どうしてだ……? この風景、どこかで見覚えがあるような……)


【クロノ様は転生に際し、女神エイリアス様の言っていた通り、記憶の何割かを失っている可能性があります。もしかしたら、この都市は転生前のクロノ様に縁のある土地だったのかもしれません】


 クロノの疑問に、脳内でカレンが答える。

 それに対し、クロノは「なるほどな……」と納得する。


 転生してからというもの、クロノは口にしなかっただけで何度か既視感などを覚えることがあった。

 いくつかの記憶が失われている……あるいは記憶が薄れているとすれば、それにも納得がいくというものだ。


「さて、まずはこのまま進んで広場が見えたら右に行け……ということだったな」

「はい、右に行けば商業区があると言ってました」


 都市の中に入る際、女騎士ナタリアから聞いた情報を確認するクロノたち。


 そして歩くことしばらく――ナタリアの言っていた広場と思しき場所が見えてきた、のだが……。


「な!? なんだアレは……ッ!」


 ……広場のとあるもの――正確には広場の中央に建てられた巨大な像を目の当たりにし、クロノが目を見開く。


 そんなクロノに、アリアフィーネが――


「ああ、世界を救った聖獣、ベヒーモス様の像ですね。この都市だけでなく、大きな都市だったら必ず建てられてますよ?」


 ――と、不思議そうに応える。


 そう……そこには転生前の、ベヒーモスであった頃のクロノの姿を模した像が建てられていたのだ。


 天使のような翼、龍のような二本の角、そして全身を鎧で覆われた雄々しき獅子の像が……。


(こ、ここまで未来の世界で英雄視されることになろうとは……)


【クロノ様の偉業は……自らの命と引き換えに魔神を討滅した事実は、女勇者様の仲間たちによって広められましたから、この未来の世界でも伝説の存在として語り継がれています】


(む、むぅ、それはなんとも気恥ずかしいな……)


 脳内で語りかけてくるカレンの言葉に、クロノは気恥ずかしさを紛らわすかのように、頭をポリポリと掻くのだった。


「……?」


 何やら複雑な表情を浮かべるクロノを見て、アリアフィーネは不思議顔だ。


(まぁ、こうして未来の世界でも、人々がこのような綺麗な都市で幸せに暮らせていると知れてよかった。我が輩も命を賭けた甲斐があったというものだ……)


 広場で世間話を交わす主婦と思しき者たち、露店で食べ物を売る男たち、元気に駆けっこをして笑い声を上げる子供たち……。


 平和な、そして幸せそうな都市の住人たちの表情を見て、クロノは思わずそんな感想を抱く。


「ふふっ……行きましょう、クロノ様」


「ああ、そうだな。アリアフィーネ」


 人々の笑顔を見て、穏やかな表情を浮かべるクロノ。


 詳しくは彼の心境はわからないが、幸せな気持ちを抱いていることくらい、アリアフィーネにもわかる。


 そのままクロノの手を優しく握ると、そのまま彼の手を引いて歩き出す。


 二人で始める新たな生活。それが今のクロノのような幸福感に包まれた表情で溢れるものになるように……そう願って――

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