第5話 もうちょっと続くよ! どうしてこいつが居るのかは!!


 ここがどこだかなんて分かりもしなかった。

 道を埋め尽くす魔族共が居ないことだけが気がかりで、次に浮かんだのはどうしてオレがまだ生きているのか。


 鍛え続けた肉体が、いまはただ邪魔な重りでしかなくて。

 冷えていくのが、命が消えつつあるだけじゃなく雨に打たれているせいだと気付くのに少しばかしの時間が必要だった。


 生きているのなら、やるべきことは。生きることだ。

 目の前に見えた灯りが、魔族のものかもしれないと脳内で警報が流れてはいたけれど、それ以外に頼る術も存在しないので。


 重い身体を引きずって、オレは……。



 ※※※



「異世界転移となると、こうしちゃいられませんね」


 この数秒で私の中のおばあちゃん像が崩れ切っていたけれど、まだ大丈夫、まだ大丈夫だ。私。


「婆さんの手伝いをしてやってくれ」


「う、うん」


 気絶してしまった大男が気になるけれど、ここに私が居て出来ることは何もないので、今度こそおじいちゃんの言う通りにおばあちゃんのあとを追いかけた。

 何をするつもりかと思っていれば、なんてことはないおばあちゃんは台所でごはんを作り始めたのだ。冷蔵庫の中身をなんでもかんでもぶち込んで出来上がるおばあちゃん特製のお味噌汁……、あれ?


「お味噌汁じゃないの?」


「見た目から西洋の文化に近いと思ってね」


 床下収納してあるお味噌ではなく、おばあちゃんが取り出したコンソメスープの素に、私はなるほどと納得した。コンソメスープが異世界にあるのか分からないけれど、確かにお味噌よりは元の味に近い……ような気分になる。


「私も手伝うよ」


「ありがとね、それじゃあ野菜を切ってくれるかい? 出来るだけ小さくね、なんなら潰してくれても良いよ」


「固形物食べれるか分からないもんね」


 手伝う、とは言ったものの、実際にほとんどがおばあちゃんがやってくれていた。というか、手際良過ぎるおばあちゃんに下手に手伝おうとすれば返って邪魔になりそうだから。決して私が料理下手だからではない。下手ではない。大事な事なので二回。


「あの人、お医者さんに見せた方が良いんじゃない?」


「保険証がないからねえ」


 そこか。と言いたいけれど、身分証明のできない人を連れていったらお医者さんも困るのかもしれない。漫画やアニメだと身内にお医者さんが居て解決するんだけどな。


 大したことをする間もなく、あっという間に出来上がったおばあちゃん特製のスープ。ふわぁ、と湯気だけで美味しそう。


「……これってさ」


「あの人が食べた後でみんなで食べましょうね」


「やったね!」


 あとは大男が目を覚ますのを待つだけだけど、様子見におばあちゃんと二人で戻ってみたらまさにタイミングはばっちりだった。


「あ、起きてる」


「まだ話せそうにないな。身体は起きたが脳が眠ったままのようだ」


 倒れたまま目を開けている俺は、まるで抜け殻みたいに天井を見つめているだけだった。改めて見ると、大きな傷のせいもあってめちゃくちゃに怖い。


さち、スープを持ってきてくれるかい? 匂いを嗅げば意識が戻るかもしれないから」


「分かった!」


 すぐに動いたのは、おばあちゃんのお願いだからと言うより、大男から逃げられるからという理由のほうが大きかったと思う。

 出来るだけ大きな器にスープを入れて持ってきたけど、直接近づける度胸もなかったので、そこはおじいちゃんに任せることにした。


「ほら、飲めるか? 食べ物だ。……分かるか?」


 スープを近づけて、手扇で香りを届ける。

 しばらく天井を見つめたままだった男の視線が、ゆっくりと動き出して。


「がッ!」


「おぉっと」


 まさしく手負いの獣だった。

 おじいちゃんから器をひったくった男は、勢いそのままにスープに貪り付いて、


「ごふッ!? ご、ハッ! ごホッ!!」


「誰も取りはしない。落ち着いて飲むんだ」


「少し温め過ぎましたかね」


 具材を小さく刻んだので、スプーンがなくても器を傾けるだけで飲めてしまう。ちょっと行儀悪いかもだけど。

 むせ返りながら、それでも男はガツガツと食べるのを止めなかった。どれだけおなかすいていたんだろう。


 うちにある一番大きなどんぶり鉢にいれたのにあっという間にスープはなくなって。


「……………………旨ぇ……」


 ようやく、ぽつりと大男が呟いた。


「当たり前だ。婆さんの料理をまずいと言ったらぶっとばすぞ」


「あらまぁ、まぁ」


「……旨ぇ……、旨ぇ……」


 ぽたり、ぽたり、と。

 空になったどんぶりに大男の涙が零れ落ちた。あんなに強そうなのに、ぼろぼろとまるで小さな子どもみたいに泣き出した。


「よく頑張りましたねぇ」


「安心しろ、お前は生きている」


 どうしたら良いか分からない私と違って、おじいちゃんとおばあちゃんは泣き続ける大男にずっと声を掛け続けていた。



 ※※※



「異世界……、ここが……?」


「かもしれない、を付けたほうが良いぞ」


 泣いてしまったのが少しだけばつが悪そうで、それでも落ち着いた大男と私たちによる話し合いが始まった。


「お前、生まれと名前は」


「名は、バンディラス・ガンドリオ。ユーラバッハ神聖王国の生まれだが、村はもう存在しねえ」


「ここは日本という国だが、そんな名前の国は聞いたことも見たこともないな」


「ニホン……、オレもそんな国を聞いたことはねえ」


 主に話をするのはおじいちゃんで、私はおばあちゃんの背中に隠れて見ているだけだった。

 そのあとも、おじいちゃんが質問してバンディラスが答えたり、その逆だったりと話は続いたんだけど、言葉は通じるのに話す内容がお互いさっぱり状態だった。


「さっき勇者と叫んでいたな。勇者なんてのはこっちじゃお話に出てくるだけの存在で実際に居たなんて聞いたこともない。お話といってもそれこそ子供向けのものだ」


「…………魔族は」


「それこそ絵空事だな。魔法なんてものもない」


「それじゃあ本当にここは……」


 もしも、バンディラスが重度の中二病をこじらせている変な人でなければ、やっぱり彼は異世界の住人なのだろう。まだ怖かったけど、ここまで聞ければ好奇心の方が勝ってくるわけで。


「ね、ねえ! それじゃああなたは魔法が使えるの!?」


 子どもと笑いたければ笑うが良いさ。それでも、目の前で魔法が見られるチャンスがあったら食いつくに決まっているじゃない!


「すまねえな、お嬢ちゃん。オレは魔法のほうはからっきしなんだ」


「そ、そうなんだ……」


「こいつは参った……、オレのほうはここが異世界だと信用できる話ばかりだが、オレがイカれた男でなく異世界の人間だと証明する方法がねえぞ」


「何か特別なことは出来ないのか。危険な旅に出る程度には強いのだろう」


 私の落胆に、バンディラスは頭をかいた。彼の言う通り、彼が異世界の人間だと証明できる方法がないかもしれない。


「身体が丈夫で腕は立つが、それくらいはこっちでも居るんじゃねえのか」


「確かにな」


 世界大会に出る選手とか、本当に居るか分からないけど裏の世界の人間とか。ただ強いだけの人は履いて捨てる……ことは出来なくてもそれなりに居るもんね。

 これじゃあ、本当にこの人が異世界転移してきたか証明出来る方法が……、


「牛くらいなら片手で持てるが」


 おっと、簡単に見つかりそうだぞ。


「持てるのか?」


「うん? 持てるが、こっちだって持てる奴は居るんだろう?」


「……どうなんだ? 幸、分かるか」


「ちょ、ちょっと待ってね」


 スマフォで牛の体重と、バーベル上げの世界一の記録を調べてみるけど。


「絶対に無理。ていうか片手とかどうやっても無理」


 両手でも無理だよ!! ていうか、牛って大人になると七百キロもするの!?


「すると、三十メートルくらいなら簡単に飛び降りれるってのも」


「異世界の人間決定!!」


 もしもそんな人間が存在していれば、もうニュースで世界中の人気者だよ! リアルスーパーマンだよ!!


「こっちは本当に平和な世界なんだな」


「この国は特にな。他の国じゃ、まだ危険も多いとは聞く」


 さて。……さて!

 これで彼が異世界の人間だと言うことは紛れもない事実になったわけだけど、問題はここからだろう。何がって、彼をどうするか! これに尽きるよね!


 私としてはこんな貴重な経験を大事にしたいわけだけど、こればっかりは子供の私に出来ることもないわけだし。


「ああ、そうだ。お前、しばらくうちに居ろ」


「「え!?」」


 簡単に解決してしまったことに、私とバンディラスの声が重なるのだった。

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異世界ファンタジーの大男が現実世界に異世界転移してきた話 @chauchau

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