第3話 わくわくしたよ! だってするじゃん普通さぁ!!


「警察呼んだほうが良いって!!」


 シャッターを破壊して倒れ込んできた大男、小さな声で助けてと言った男は倒れたまま気を失った。

 入り込んでくる雨風のせいでどんどんと床が濡れていくなかで、おじいちゃんが取った行動は、大男の介抱だったのだ。


「呼んだが、さっきの落雷で電話が通じない」


「じゃ、じゃあ私が外に出てッ」


「こいつの傷を見ろ。どうみても何かの獣にやられている。いまは外に出るな」


 だからこそ。

 血まみれの男は当然怪我だらけだった。ドラマでだって見ることがないくらい生々しい怪我に、私は近づくどころか見ることも出来ないのに、おじいちゃんもおばあちゃんも平気な顔だ。


「戦争を経験しているとね、色々あるのよ」


 まるで看護婦さんみたい。

 お湯を沸かして綺麗な布で身体を拭いて。備え付けの救急箱であっという間におばあちゃんは男の手当を完了させていた。大男が着こんでいた明らかに現代社会とかけ離れた鎧も器用に脱がす。


「幸、適当なベニヤで入り口ふさいで来い」


「わ、私が!?」


「婆さんは忙しいし、もしもの時にワシが離れるわけにもいかん」


「そ、そうだけどぉ……」


 それでも、じゃあおじいちゃんと役目を交換するか? となると話は別なわけで。私は大男から逃げるようにそそくさと壊れたシャッター部分にベニヤ板を運んでこれ以上雨が入らないようにした。……正確に言えば入ってくるけど、マシにはなった。


 暴風雨にずぶ濡れにされながら、実はこの時内心で私は一人怖がりつつもワクワクもしていたんだ。雷とともにやって来た謎の傷だらけの大男。しかも、傷はこの世界じゃ付くこともないようなものばかり。

 だったらもう異世界転生しかないじゃん!!

 いや待って? 異世界転生だったら、私が向こうに行くはずだから、これは「空から女の子が!」現象の発展形? どうせだったらもっとイケメンが良かったのに……。


 そんな風に甘い考えを持っていたのは認めよう。


「塞いできたよー」


「こっちも起きそうだ」


「えッ」


 手当てのために男の傍にいたおばあちゃんをおじいちゃんが背中に匿っていた。慌てて私もおじいちゃんの背中に隠れて覗き込んでみると、かすかにだけど、男の呻き声が変わりつつあるところだったんだ。


「…………ぁ……ぉ……」


「目が覚めたか」


「……ぉぁ…………」


「無理をするな。死んでも普通の傷だ」


 死んでもおかしくない。は、漫画で良く聞くけど、死んでも普通の傷って初めて聞くな……。おばあちゃんもだけど、おじいちゃんも色々見ていたのかな。


 男はしばらく私たちの方を見ることもなくただ天井を見つめていただけだった。あとから聞いたんだけど、おじいちゃんの言葉も聞こえてなかったんだって。


「……ッ! ぁ、ガ……!! ァア!!」


「ひッ」


「見るんじゃない」


「幸、おばあちゃんを見て居なさい」


 ようやく思考が意識に追いついてきたのか、男が起き上がろうと藻掻く。藻掻くからせっかくおばあちゃんが手当てした所から新しい血が噴き出した。


 おばあちゃんが抱きしめてくれて。優しい香りに包まれて、おかげで私はパニックにならずに済んだけど……。


「ぐォ! ……ぁッ!」


「死にたいなら余所でしてくれ」


!!」


 キターーッ!!


 意味ない呻き声しかあげなかった男がようやく意味ある単語を叫んだと思ったら、勇者! 勇者だよ、勇者!!

 間違いない! 間違いないよ、間違いなくこの人は異世界転生だよ!!


「あいつは! 生ぎて……ッ!!」


 縋りつくように心配しているように聞こえるから、きっとこの人は勇者パーティーだったんじゃないかな! じゃあ、良い者じゃん! 見た目すっごく怖いけど絶対良い人じゃん!!


「……お前は何を言っているんだ」


 まずい。

 私にとっては義務教育だけど、おじいちゃんやおばあちゃんからすればこんな展開が分かるはずがない。ど、どうやって説明すれば良いんだろう!?


「お父さん……」


 ほら、私を抱きしめてくれているおばあちゃんだって不安そうに、


「これは異世界転移ですよ」


 おっと、風向きがおかしい。


「異世界、転移?」


 どうしておばあちゃんがその単語を知っているの!?

 え、ちょっと待って。おばあちゃんだよね? 私のおばあちゃんだよね? ほら! おじいちゃんだって珍しく首をかしげて、


「それは、異世界転生とは違うのか」


 おじいちゃん!?


「異世界に別の命として生まれ変わるのが転生で、そのままの姿で移動するのが転移ですよ」


「確かに、こいつが生まれ変わった姿だとは思えないな」


 置いていかないで?

 あれ? どうしてかな? どうして、二人は何事もなくオタクな会話を繰り広げていられるのかな?


「お、おばあちゃん……?」


「昔から、そういう活動はあるものよ」


「ぁ、はい……」


 それ以上は聞いていけないと思った。

 おばあちゃんの闇に触れてはいけないと、そう、思いました。


「つまりこいつは別の世界から来た存在ということか。……おい、お前。名前は何と言う」


「…………」


「気絶しとる」


 随分と静かだったと思ったら、さっきの言葉が限界だったみたい。

 男はまた、うなされていた。

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