第2話 説明するよ! どうしてこいつが居るのかを!!
「どうして来たのよォオ!!」
「で、ですが女将さんが作られたお弁当をそのままにしておくわけには……、なによりも腹が減るのは一番あっちゃなんねえこと!」
分厚い筋肉の鎧の前では、私の攻撃なんて一切のダメージが入らないことは承知の上で、それでも殴らずにはやってられない。
されるがままにクッションで殴られ続けるこいつの態度がまた腹の立つ!!
「食堂だってあるのよ! 一日くらいなんだってなるわ!!」
「今日は学び舎最初の日でしょ? 御友人を作るにゃ一緒に飯を食うのが一番だと思いやして」
「あんたのせいで友達もなにもなくなったわ!!」
「す、すいやせん……」
これだからいやだったのだ。
こいつのせいで、私の中学時代は散々だった。こんな風貌の男が、私のことをお嬢と呼んで世話を焼こうとする。そうなればどうなるか。
私は周りからヤバい職業の子だと思われてしまい、見事にぼっちになってしまっていた。小学生の頃からの友達すら近づいてこなくなったんだよ!!
「だから中学の知り合いが居ない高校に頑張って入ったっていうのに……!!」
私の野望はたった一日目にして綺麗さっぱり消え失せた。
あれから、私を見るクラスメートの視線がどうなったか説明するのもいやになるほど。先生にだけは好かれてしまったが、どう見ても私利私欲があけすけなのでそれもまたクラスメートを遠ざけるには充分すぎるほど。
「高校には来るなって言ってあったじゃんかぁああ!!」
「
暴れる私を見かねてか。静かに新聞を読んでいたおじいちゃんが私の名を呼んだ。
「婆さんの作った弁当を忘れたお前が悪い」
「だってぇ……」
「届けてくれた礼は言ったのか」
「……まだ」
「じゃあ、まずは言うことあるだろう」
話す時は相手の目を見ろ。
おじいちゃんの口癖は、勿論自分にだって当てはまる。読んでいた新聞を丁寧に畳んだおじいちゃんが私を見つめてくるそれだけで、私がとても居心地が悪い。
「親父さん……、オレは別に」
「お前は黙ってろ」
「……へい」
分かっている。
色々思うところはあるけど、最初はお弁当を忘れた私が悪いんだ。それでも、叩いていた相手にかばわれるのは……。
「……りがと」
「め、滅相もねえ!」
むくれて小さな声でしか御礼も言えない私は可愛くないのかな。でも、それでも文句の一つも言いたくなるじゃん!
「良し」
それだけ言っておじいちゃんはまた新聞を読み始めてしまうし。
さっきみたいに叩きまくる事も出来なくて、流れてしまった微妙な空気を壊してくれたのは。
「はいはい。そろそろごはんですよ」
聞こえていただろうに聞こえていないふりをして台所から顔を覗かせたおばあちゃんだった。
※※※
バンディラス・ガンドリオ
噛んでしまいそうなおかしな名前が、私たちと一緒におばあちゃんのごはんを食べている大男の名前。
男性用の大きなお茶碗も、こいつが持つとお猪口みたいに小さく見えてしまう。この二年ですっかり上手になった箸使いでむしろ私より上手にごはんを食べる。
「バンちゃん、お代わりは?」
「すいやせん、いただきやす」
「はぁい」
何度も何度も自分で装うと言ってはおばあちゃんのその都度断り続けて、結局折れたのは男の方。最後におじいちゃんから婆さんの好きにさせろ、と怒られたのもあるんだろうけど。
「女将さんの料理、今日もめっちゃ旨いです」
「ありがとね。この人ったら全然そういうこと言ってくれないんだもの」
「偶にで良いんだよ」
「あら。その偶にもなかったですけど?」
「……」
極悪人フェイスのバンディラスにすら強気のおじいちゃんも、おばあちゃんにはめっぽう弱い。この家最強はおばあちゃんで決定だ。
「幸は、学校どうだったの?」
「まぁ……、ぼちぼち」
「もぉ……、この子もお父さんに似てきちゃってまぁ!」
おばあちゃんには悪いけど、ぼちぼち以外に何と言えば良いのだろう。さすがに食事の席でこいつのせいで友達が!! なんて言えるはずもないし。
「オレが、学び舎に行っちまったせいでちょいと問題がありやして」
「まぁまぁ! 大丈夫よ、ちょっとくらい問題があったほうが印象に残ってもらえるもの」
すばらしい前向き考えだけど、あれはちょっとじゃないと思う。
「そうですかね」
「そうよぉ? この辺だって最初はみんなバンちゃんに驚いていたけど、今じゃ誰も気にしないでしょ?」
それは、一部の人間だけである。
ほとんど人間はいまだにこいつに怯えているし、怯えているから関わりたくないと距離を取っているだけだ。
「あたしだって初めて会ったときはそれはもう驚いたんだから」
「そう……でしたっけ」
「あの時のお父さんはそれはもう格好良くてねぇ」
この二年間ですっかりおばあちゃんの大好きな話トップに君臨したのは、バンディラスが私たちのところへ現れた日の話。耳にたこができるところか、たこ焼き屋さんが出来るほど何度も話すおばあちゃんに、毎回付き合うものだからおばあちゃんも良い気分で話し出す。
おじいちゃんと言えば、こっぱずかしいのか知らないがおばあちゃんがこの話を始めるといつも以上に黙り込んでしまう。
私の人生が変わってしまったあの日。
おばあちゃんはおじいちゃんが格好良かった最高の日だと言うけれど、私にとっては悪夢のような日でしかなくて。今でもどうして私たちの家なのかと思う。どうせ珍しい経験に会うというのなら宝くじにでも当たってほしかった。
あの日。
バンディラスが私たちの元に、やってきた日。
※※※
気象庁も驚愕した前兆なしの大雨が降ったあの日。
暴風警報まで出てしまい中学が休みになった私は、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に家に居た。自宅兼仕事場のおじいちゃんが働く後ろ姿をぼんやり眺めていた時だったんだ。
始まりは音だった。
続いて震える振動に、近くに雷が落ちたと驚いた。
「……おい、婆さんの様子を見てきてやってくれ」
「う、うん!」
おじいちゃんは使い古した道具を置いて、手早く機械の電源を落としていく。ずっと一緒に戦ってくれている仲間達は、いつ壊れてしまってもおかしくないほどオンボロで。もしもショートして出火してしまえばひとたまりも無い。
「おばあちゃん!」
「あらあら……、今のは大きかったわねぇ」
いまどき手書きの請求書なんて使っているのはうちぐらいじゃないだろうか。そんなことはないとおばあちゃんは笑うけど。
かけていた小さな眼鏡を外して立ち上がるおばあちゃんに怪我がないのを確認した私は、一緒におじいちゃんのところまで戻っていった。
「おじいちゃーん、おばあちゃん大丈夫だった」
「来るな!!」
よ。
続くはずだった私の言葉はおじいちゃんの怒声に止められた。たとえ叱るときでも静かに淡々と話すおじいちゃんの大きな声。こんなに必死な声を聞いたのは、あの時以来。
「婆さん連れて逃げろ!!」
「おじいちゃん!?」
ただ事ではない。
何が起こっているか分からないけれど、それだけは間違いなくて。逃げろと言われて、おじいちゃんを見捨てることなど出来なかった。後になって思えば、中学生でしかも女子な私に出来ることなんて多くないのだから、おばあちゃんと一緒に逃げたほうがかしこい選択だったと思う。
それでも、私の手を掴んだおばあちゃんを振り払って私は駆けだして、仕事場に飛び込んでみれば目にしたのは、
仕事道具の大きなナイフを手にしているおじいちゃんだった。
「逃げろって言っただろうが!!」
「でも! でも!!」
おじいちゃんがどうしてナイフなんて手にしているのか。それはすぐに分かった。
仕事場から外へと繋がっている扉。普段は仕事中はシャッターを開けているけれど、今日の大雨で閉めていたシャッターを、誰かが外から叩いているのだ。
それだけなら、外に誰か居るというだけの話。でも、シャッターが叩いている誰かの手の形に凹みだしているのを見て普通だと思えるほど私たちは馬鹿じゃない。
年を取ったおじいちゃんでも開け閉め出来るように軽い物に変えたとはいえ、シャッターだ。それを、素手で凹ませるなんて出来るはずがない。
出来るはずがないことが目の前で起こっている。なら、外に居るのは。
なんだと言うのだ。
「に、逃げようおじいちゃん!!」
「先に行け。行って警察呼んでこい」
「置いてけないよ!」
「行けッ!!」
凹みがどんどん増えていく。シャッターが歪んで、隙間が出来て雨風がびゅうびゅうと入り込んできた。
叩く音が大きく聞こえるようになって、恐怖で足が動かない。行けと言われても、もう自分で動くことだって出来ない。
「お、お父さん!」
「幸を連れて早く行けッ」
追いかけてきたおばあちゃんに私は預けられる。怖くて動けない私はさっきみたいにおばあちゃんの手をふりほどくことも出来なくて、ただ少しずつおじいちゃんから離されていく。
おじいちゃんにもう手が届かない。
おばあちゃんが私を連れていこうとしているなかで、とうとうシャッターが大きな音を立てて破壊された。
そして。
「た……ぇ、て……くれ……」
全身血だらけの大男が、シャッターと一緒に倒れ込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます