異世界ファンタジーの大男が現実世界に異世界転移してきた話
@chauchau
第1話 返して! 私の普通の高校生活を!!
やってしまった……。
「好きなスポーツは卓球で、中学では三年間ずっと卓球部でした」
大事な大事な高校生活初日。
先生の提案で始まった自己紹介をするクラスメート達の言葉も右から左へと流れていってしまう。
「はい! 俺は必ず高校で彼女を作ってみせます!! 絶賛彼女! 募集中!」
「仕方ねえな……、ここは俺が」
「彼女って言ってんだろうが!?」
巫山戯合う男子にクラスがどっと湧き上がるけれど、私の関心はもっと別の次元へと飛び去っている。
せっかく。
せっかく必死に勉強して同じ中学出身の子が居ない学校に入ったというのに。このままじゃ。
「ただの人間には興味ありません的な台詞はもう出なくなったのね」
「先生、何ですかそれ」
「ぐッ! 良いの……! そっとしておいて!!」
何度探してみても、真新しい鞄のなかには教材しか入っていない。勉強に来ているのだからそれで間違えていないのだけど、高校生に於いて勉強よりも大切なアレがない。
そう。
お弁当を忘れてしまったのだ。
普通の人間ならここで諦めるはず。少しとは言えお金だって持っているし、この学校には食堂だって備わっている。そもそも、お弁当を忘れてだけでクラスメートとの最初の交流を無視するわけがない。
だけど。
あいつは普通じゃない。
もしも私がお弁当を忘れてしまったことをあいつに気付かれてしまえば……。私の高校生活は……!
「それじゃあ、次は……、
中学の二の舞。それだけは何としても避けなくてはならない!
どうする。どうすれば良い……!
「神無月さん? もしかしてこういうの恥ずかしいかな?」
考えろ、考えるんだ私。
あれだけ必死に勉強したじゃないか。きっとあの時の勉強がこの危機的状況を乗り越える最善策を……! 駄目だァ!! 二次関数や過去分詞が私を助けてくれる未来が見当たらない!! 数学も英語も駄目というのなら、私には何が残る! まだ、まだほかにも勉強した科目があるじゃないか!!
「でもね、社会に出るとぶっちゃけあれ? 今まで勉強してきたことも必要だけどそれ以外も何か要求されてこねえ? なにさ、飲み会での空気の読み方って、何だよパソコンなんて授業で大してやってねえよ、嘘だろどうして勉強より遊びを頑張ってきた奴らが褒められるんだよ、とか思うわけなの。……そうよ! 真面目に生きててもつまらねえ女だとか言われて捨てられて!! そもそも学校では不純異性交遊禁止とか言うくせに社会に出たら彼氏がいないのはそんなにおかしいのかぁぁああ!!」
「細胞分裂でどうやってこの場を乗り切れと言うのよ!!」
「そうよ、神無月さん!! 貴女の疑問は正しいの!! でもね! これだけは覚えておいて! まずは最低限の教養を下地に置いておくことは無駄ではないの! 今の貴女たちがしている勉強は決して無駄じゃない!! 教育委員会がなんぼのものよ! 貴方たちは私が命に代えても守ってみせるわ! 勉強プラスをこの一年間でしっかりたたき込んであげる!! から良い男を紹介して!!」
「先生!!」
「神無月さん!!」
「ちょっと早退します!」
「駄目です」
良い手だと思われた発言は、先生に一蹴されてしまった。やっぱりここはおなか痛いのでトイレ、というべきだったかも。でも、女子として最初の発言はトイレもなぁ……。
「はい、改めて神無月さんの自己紹介です」
若干クラスメートがドン引きしている気がしなくもない。確かに自己紹介と言われて早退するなんて言い出すのはヤバい奴だったかもしれないか……。で、でもまだ大丈夫だ。それよりも早いところここから逃げ出さないと。
「お、おい……なんだあれ」
一番聞きたくない台詞。
窓際の男子生徒が見つけてしまった異物に対する台詞。私が何よりも恐れていた台詞。
「先生! おなかが痛くて熱がやばくて汗が止まらなくて吐き気がするので保健室へ行っても良いですか!」
「駄目です」
「嘘でしょ!?」
「その程度の体調不良では日本の社会からは逃げられません」
大人って糞だと思う。
「うわ、あいつこっちに来る!」
「ちょ、ちょっとあれヤバいんじゃないの!」
「先生! 自己紹介なんかしている場合じゃないって!」
「駄目です」
「「「嘘ぉ!?」」」
「台風の日でも出勤を命じる糞会社もあるのです」
先生の目が遠い。
先生が先生になる前に一般企業に数年勤めていたと言っていたがいったい何があったというのだ。
なんてことを言っている場合じゃない!! このままじゃ!!
「あれ? あいつどこ行った?」
「ちょ、なにか廊下で音しない!?」
このままじゃ!!
「こ、こっち来てるって!」
「先生!」
「駄目です」
あいつが!!
「お嬢!!」
少しだけ古い教室の引き戸を勢いよく開けて入ってきた存在に、
「「「ぎゃぁぁぁあああ!!」」」
クラスメートほぼ全員が悲鳴をあげるのでした。
※※※
二メートルはありそうな身長に、その身体を支えて覆う鎧の如き筋肉。スキンヘッド頭に傷だらけの身体。小さな子をポン酢で踊り食いしていそうな極悪面の大男が、いきなり教室に乱入してきたのだ。驚かない方がおかしい。
だけど、混乱に陥りそうになる教室で誰よりも先に動いたのは先生でした。
どこからともなく取り出した薙刀を、……薙刀!? いや、本当にどこから取り出した!?
「悪! 即! 斬!!」
一切の躊躇ない渾身の一振り。
人に武器を向ける恐怖など微塵も感じられない先生の攻撃に込められた想いは生徒を守る。それだけ……なのかなぁ……。
入室直後の不意打ち攻撃である。しかも本物の刃物での攻撃。
もしもどれだけ武道を嗜んでいたとしても、どれだけ筋肉もりもりのマッチョマンであろうとも、すぐに動けるはずがない。ましてや、回避なんて出来るはずがない。
はずがない必殺の一撃を。
「ん? おお……っ」
男はいとも簡単に受け止めたのだ。それも、見もせずに。
曲げた二本の指の第二関節付近で薙刀の刃を白羽取りした男は、受け止めて初めてその攻撃に気付いたようでした。
「ぐッ! く……! 動かな、い!! なんて力……!!」
「こいつはびっくりだ。まさかこっちの世界でいきなり攻撃してくる輩が居るたぁな」
「不意打ちを凌いだ程度で……!」
先生の判断は速かった。
掴まれた薙刀から手を離し、一瞬のうちに距離を詰める。彼女の手に握られていたもの、それはスタンガン! それも、異様なほどに放電している見るからにヤバいもの!
「死に晒せやァア!!」
先生、貴女はいったい何者ですか。
「ほぉ……、雷魔法、じゃねえんだったか……。よっと、ら」
「ぐゥウ!!」
「暴れんじゃねえよ、オレは別に悪さをしにきたわけじゃねえ」
「たとえ首だけになろうとも貴様を生かしては帰さん!!」
零距離で取れる行動には限りがある。
それでも諦めない先生は、子どもの胴体ほどはありそうな男の首に噛みつこうと。
「あんたみたいな美人さんがそんなこと言うもんじゃねえぞ」
「好き……っ」
「「「ぅぉおおおおおい!?」」」
して、きゅっ! と男に抱きついたのには、クラスメート一同突っ込まずにはいられませんでした。
借りてきた猫だってもう少し我を見せるほどに男の腕の中で甘える女としての担任の姿など見たいものではない。それも、今日出会ったばかりの先生だとなおさらだ。
それはそれとして、先生の暴走も収まったようだし、みんながざわついている今のうちにここから脱出を……。
「オレはこいつを届けに来ただけで」
「婚姻届ね」
「お嬢はこのクラスのはずなんだが」
「そうね、最初の子どもは女の子が良いわね」
慎重に、慎重に。
大丈夫。いくらあいつでもこのうるさい教室のなかで、しかも一番離れた後ろのドアが開く音なんか聞き取れるはずが。
「おお! そんなとこに居たんですかい!!」
ない……。
「お弁当届けに来やしたぜ! お嬢!!」
おそらく笑っているであろう男の凶悪面が向けられた場所に居たのは、四つん這いになって教室から抜けだそうとする一人の女生徒。つまりは、
私であった。
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