第23話・野分け


俺はひとまず店に帰って荷物を置き、購った鍵を勝手口に取り付けた。これで留守にしても少し安心出来る。

鍵はそう複雑では無い。現代で言うピッキングの技術があれば簡単に解錠できるだろう。だが無いよりはマシである。


それから、山城屋に向かった。そこでめぼしい物が無ければ、鍛造鍛冶を尋ねるつもりだ。

山城屋は京町一丁目で近い、鍛造の鍛冶屋はそれより西、宇治道沿い町外れにあると言う。京町一丁目から半里近くある。


武具屋に行くからには、きちんとした侍の格好をしようと大刀を差して店を出た。勿論、銭も余分に持って行く。

伏見屋で小さい巾着袋をいくつか買った。銭と銀を分けて入れる。財布替わりだな。一つには石ころを五つほど入れた礫の巾着だ。


と言う訳で、俺の懐と袖にはころころとした重みの物がある。それがちょっと気になる。着物にはその二カ所しか物を入れておける所が無い。

 ちょっと慣れない。下に着込むポッケ一杯の釣りベストみたいな物があればよいのだが・・。

小さく切り紐で綴じた忘備録と矢立は巾着に入れて、刀に掛けている。格好はどうか知らんが、商い侍なので仕方がない。



「ほう、業物だな・・」

山城屋に入って正面に飾られている刀があった。長さはそれ程長く無いが、身幅が厚く良く切れそうだ。刃紋に迫力がある。

「はい、山城の名工・国俊の作です」

主が誇らしげに言う。店の目玉商品なのだ。とりあえずは褒めておこう。値段は・・・聞かないでおこう。


置いてあるのは、弓や槍が多い。刀は丈夫そうで短めの物が多い。まさに実戦で使うのだから、美しさよりも丈夫さなのだ。当然である。鎧を着けた敵をぶっ叩くのだ。美しいきしゃな刀では、てめえの命が危ない。


 それに反して、脇差しというか短刀・或いは鎧通しか、直刀のそれは高くて切れそうなものが多かった。鎧通しと言えば相手を仕留めるものだ。そして首を獲る。つまりなまくらで無く良く切れなければならないのだろう。

 想像しただけで身震いしてきた。人の首を切り取るなんて俺には無理だ・・・

展示している刀や槍が、幾人もの血を吸った物と思うと触りたくなかった。


「何かお探しで?」

「うん、それがし臆病なので飛び道具、いや投げ道具か。手裏剣みたいな物を見に来たのだ」

「なるほど・・」

と主がおもむろに頷いて微笑んだ。どっちが成る程なんだ、臆病のほうか・・?


「こちらが、そういうものです」

出て来たのは、厚みのある小柄と黒染めの先の尖った四角の棒だ。長さは五寸(15cm)ほど、どちらも俺の予想していた物だ。

 小柄タイプを手に取ってみる。身も厚く適度な重さもある。しっかりとした刃物だ。悪くはない。


「刀と同じ鍛造品です、こちらが五十文、角棒は二十五文で御座います」

脈有りとみたか、主が値段を言う。五十か・・一日の日当だな。高いのか安いのかよくわかんね。


「小刀(こがたな)は、持ち運びし易い皮の入れ物が御座います。角棒は五本・百十文で結構です」

売り込んできたぜ、山城屋。刃物は、携帯するのにケースは必要だ。角棒は五本で一割ほど引いてきたな・・・


「両方で百五十だ。それならば買おう」

「・・承知しました。両方で百五十文、おおきに」

あっさりと決まった。しまった、上手く嵌められたのかも知れん。・・まあいいか。山城屋、お主もワルよのう^^。


「お侍様は、どこの御家中で?」

「いや、奉公はしておらん。隣町で夢の木屋という商いを始めた者だ」


「ああ、あの夢の木屋さんでしたか。戦仕立ての屋起しは、太閤さんも見物に出られたとかなんとか、噂になっておりますぞ」

「うむ、商売だからな。売り込みのために賑やかにやったのだ」


「転ばぬ先の杖とやら、かなりの店がお頼みしたとか、うちもお願いしたいと思っておったのです」

「ならば、値切るのでは無かったな」


「・・なるほど、大丈夫でござる。うちは安心を値切ったりはしませぬよ。うはっはっは」

「左様か、夢の木屋は蓬莱町にある。その折は連絡をくれ」


ふと外を見ると、山城屋の暖簾が結構激しく揺れている。店を出ると冷たい風が吹き抜けて雲行きも怪しくなっていた。

「これは野分け(台風)が来ますな。うちも、もう店仕舞いにして、野分けに備えます」

通りの店のところどころが戸締まりをしている。俺も急いで店に帰る事にした。とりあえず得物は手に入ったのだ。鍛冶屋に行く必要はとりあえず無くなった。



店に戻ると、伊勢屋から材木が届いていた。急がぬと言っていたのに、注文した全ての材木が揃っていた。俺はそれを濡れないように店の中に入れた。

 そして戸締まりを厳重にして、野分けの対策をした。


 その夜から、強い風と雨が二昼夜続いた。俺は店に閉じこもって、脚立や梯子を作った。久し振りの作業場での一人仕事だった。


絶え間なく吹き付ける風雨の音がする、雨戸を開けられないので、外の光りは入らない。

薄暗い行灯の明かりで作業をしていると、ここが安土桃山時代では無く、どこか山中の小屋の中に居るような錯覚がしていた。


北や南アルプスを縦走中に、二度ほど嵐に閉じ込められた事がある。その時と雰囲気が似ていた。その時も暗いランプの明かりで酒を飲み、飯を食った。山を縦走中なので、ザックに入っている物が持ち物の全てだ。最小限の物で暮らしている。心細さと嵐が通りすぎる期待、どちらもキラキラとした明るい太陽の光と澄んだ空気が迎えてくれたのだ。

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