第22話・伏見屋の品揃え


朝餉のあと、宴をした店内を志乃さんと二人で片付けた。その後、筒井屋敷に帰る二人を見送って、ゆっくりとしてから道具屋の伏見屋に向かった。


至急購いたい物もあるが、一度この時代の道具屋の品揃えを、じっくりと見ておきたかった。それに、聞きたい事もあった。


「これは夢の木屋様、良くいらっしゃいました」

 丁度主・庄右衛門が店にいた。

「伏見屋どの昨日は忝い」

宴に参加して貰い、ご祝儀まで貰ったのだ。


「いえいえ、あんなに楽しい宴は初めてで御座いました。又の機会も是非お呼び下さい」

「こちらこそお願いする」


「ところで、本日は何かお目当てでも?」

 庄右衛門、俺の雰囲気がいつもと違うのを微妙に感じたのだ。


「うん、梯子や大八車など筒井家から借りていた物と店の戸締まりをする鍵を購いたい。それに、今日はこちらの品揃えを見せて頂こうと思ってな」

「左様ですか、では私が案内致しましょう」


「当店は道具屋ですが、町場の職人向けの道具が主です。大工・屋根葺き・左官・桶屋・指物師・建具・畳・鍛冶士・庭師・竹細工・塗師・それから立地の関係で、材木町で使用する道具や船道具も置いています」


「・・ふむ」


「故に、一般家庭向けの包丁や鋏、農民向けの鎌や鍬、山師向けの斧や大鎌などほとんど置いておりません」

「・・なるほど」


伏見屋はなかなかの品揃えだった。これも普請が続く新興の大都市だからであろう。今の伏見には、幾ら有っても足りない物が多いのだ。


「飾り金物も多いな・・」

「はい、お大名家の門造りの需要が多いので、飾り金物は欠かせませぬ」

大名屋敷の内部は規格型の簡易な建物でも、門構えは立派な物を作る。それがお家の顔であり、太閤殿下の意に叶うからである。


「もっと小さな蝶番(ちょうつがい)は無いか、飾りは入らぬのだが・・」

「御座います」

 あった。三寸ほどの蝶番。ちょっと湾曲しているだけで、手の込んだ飾りでは無い。それも個々にばらつきがある。手作りなのだ。


「屋敷の表門の脇戸や勝手口の戸に使う物で、伏見は需要が多く、沢山作らせました」

と、自慢そうな庄右衛門。うん、いいぞ。俺はこんなのが欲しかったのだ。


「それをとりあえず十セット頼む。それに釘だ」

 問題は丁番に使う釘である。強度からいってネジを使いたいが、それは鍛冶師が作るこの時代では無理である。ネジは工業化が出来る近代まで待たなければならないのだ。


「かしこまりました。確かに蝶番を固定する釘が問題です。秋山様はこれをどのように使いますか?」

「うむ、脚立(きゃたつ)と言ってな。梯子を二枚合わせたようなものだ。自立する梯子でな。それが有れば、建築の仕事がやり易いのだ」


「きゃたつ・・ですか。自立する梯子か・・・なるほど。それが出来た暁には、是非当店に置いて貰えませんか?」

 さすがに商売人、どこまでイメージ出来たか知らぬが、抜け目が無い。


「それは構わぬ。だが細い材に打つ太めの短い丈夫な釘が必要だ」

「御座います。それも当店が注文して作らせています」


 庄右衛門が出してきたのは、長さ一寸、太さ一分ほどの釘だ。抜け難いように横筋が入れている。

 かぁーー、やっぱりそうだよね。釘も鍛冶が一本一本手作りなのだ。一本一本に横筋を幾つも入れるの大変ダー。


「立派な物だ。良く作らせたな。ではこれを蝶番の数だけ貰おう。それと膠(にかわ)はあるか」

「勿論御座います」

膠とは、魚や獣の皮などを材料にした接着剤の事だ。想像以上にガッチリと接着出来る。自然素材指向で現代でも見直されていて、俺も使ったことがあるのだ。


新しい大八車に購った物を積み込んだ。

蝶番に釘、それに合う錐(きり)・膠、鑿(のみ)や鉋(かんな)も高価だが揃えた。店の引き戸に取り付ける鍵と金物も購った。

それと丸に夢の字の特注の焼き印を注文した。俺の作った物はすぐに真似されるだろう。技術的に難しい物は無い。だがこの焼き印があるのが、本家本元・夢の木屋の品物だと言う訳だ。要はブランド戦略だな。

梯子は結局自分で作る事にした。銭にも限りがあるのだ。作れる物は自分で作ろう。


「鍛冶屋だが、どこか紹介してくれないか。腕よりも、気安く頼める者が良い。野鍛冶でも良いのだ」


「どんな物をお頼みで?」

「うむ、そのうち色々と出てくるだろうが、まずは襲われたときに、戦わなくて済むように投げつけて逃げる武器とかだな」

 俺は誤解を招かないように正直に言った。だがさすがに手裏剣とは言いにくかった。


「なるほど、武器ですか、手裏剣みたいなものですな。それならばまず、武具屋を尋ねて見なされ。知り合いの気安い鍛冶は、鍛造どんですな。庄右衛門からの紹介と言えば話しは聞いて呉れるでしょう」


 庄右衛門から手裏剣という言葉が出たのは驚いた。江戸時代には武芸八搬に入る位だから、この時代でも結構ポピュラーなのかも知れない。俺は忍者の隠された武器なのかと思ったのだ。

或いは道具屋ゆえの知識かも知れないな・・・。聞いておこう。


「手裏剣とはどう言う物だ?」

「小柄のような小型の刃物です。先が尖った丸い棒もあり、先を尖らした二本の針を十字につないだ物もあります。要は相手に投げ撃ち傷を与える小型武器です」


ふむ、俺の知っている事と同じだ。

「それは、普通に武具屋にある物なのか?」


「武具屋には小型の刃物なら有りましょう。他の物は特殊で、武具屋にはまず有りますまい」

「皆、独自に作ると言うことだな」

「左様で」


それなら、俺の想像と違わない。特殊なものはそれぞれの忍びの中で独自に工夫しているのだ。


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