第20話・開店の宴
文禄五年(1596) 九月二十八日
今日は、夢の木屋の開店祝いの日だ。
建物は、屋お越ししてがっしりと補強した。
店の広さは三間×三間。同じ広さが後に続いてそこは住居エリアとなっている。長屋の裏道に続く勝手口、井戸も掘られて厠もある。台所と土間、実際の居間は一間半の四角だが、この時代はこれで充分なのだ。いや結構贅沢だと言える。裏の十軒長屋は、厠と井戸は共用なのだ。
俺は二日前からここに引っ越して、店や住居の造作をしていた。
ここにある生活道具の一式は志乃さんが買い集めてくれた。椀から膳・箸から米びつ、とんでもなく細かい物だ。とても俺では集められなかっただろう。何しろ、何を何処に行ったら購えるのかさえ解らないのだ。
そして最初の食事も志乃さんが作ってくれた。手拭いを姉さん被りにした志乃さんは、まるで新妻のように甲斐甲斐しく働いてくれたのだ。あのことがあって俺もちょっと、あれだ・・・・。
ここの店の部分は全て土間だった。
そこを俺は入り口からみて、左右の壁際を奥行き三尺の板張りにした。家具や道具は直接土の上には置けないためだ。
さらにこの宴のために、奥の部分も腰掛けられる様に二尺の奥行きで板張りにした。これで三十人ほどは余裕で座れる。
店の入り口障子に書かれた大きな丸に夢の字は甚衛門さんの手だ。甚衛門さんはとても筆が達筆なのだ。
朝からいろいろと準備して、午後になると三々五々人が集まり始めた。
筒井屋敷からは甚衛門さんを筆頭に、全員が来てくれた。志乃さんとおたき・お匊は午前中から台所で宴の準備をしてくれていた。
甚衛門さんの横には、蜂須賀家の差配五右衛門さん、加藤家差配・山田どのがにこにこと座っている。両家共に戦仕立ての屋起しの陣をした屋敷だ。
なにか妙な繋がりだが、仲良くなっているらしい・・。
商家では伊勢屋新左衛門、伏見屋庄右衛門、阿波屋桂右衞門らが来てくれた。伊勢屋・伏見屋はいわずと知れた夢の木屋のお得意様だ。
阿波屋は大通りに店を持つ呉服屋の隠居だ。
実は地震のあと瓦礫の下にいた桂右衞門さんを俺が救助したのだ。その縁で阿波屋の補強工事もした。以来ちょくちょくとここに顔を出して俺の相談に乗ってくれている。志乃さんが連れてくる千代も「けい爺」と呼びよく懐いている。
英蔵親方と甚五郎をはじめその手元たちも来てくれた。店開きの盃や杓、膳など宴に必要なこまごまとした品々は、英蔵親方が準備してくれて、さらにてきぱきと設営してくれたのだ。
いやあ、さすが職人だ。手際が良い。あとは近所の方々数人が来られている。
土間の中央奥に酒樽が置かれている。伊勢屋が届けてくれた物だ。その前にあり合わせの木材で作った低い台。その上に、志乃さんらが朝から作ってくれた物や皆が持ち寄ってくれた食べ物などが沢山乗っている。
俺は、例の夢の木屋の装束を身につけている。俺だけでは無い。山本どのら屋起しを手伝ってくれた仲間達も甚衛門さんも着ている。鉢金だけだが志乃さんもおたき・お菊・千代ちゃんまで付けている。つまり、筒井家の者は皆何かしらの装束を身に付けているのだ。
それにしても、志乃さんの鉢金姿は凜々しいな・・・。ほれぼれする。そして実はあのお方も付けている筈だ。
俺は入り口付近にいて来客をお迎え、ご案内をしている。予定していた来客は、ほぼ揃っている。だが肝心な人が一人足りない。
俺はその人を待っていた。
来客された人々も、奥に置かれた借り物の豪華な座布団を見て、その席に座るのは誰かとひそひそと話しをしている。
物音で表に誰か来たのが解った。
半分開いた引き戸から良い香りがした。
(来た!!)
俺はちらりと表を見て、そのお人を確認してから、口上を始めた。
これより夢の木屋・開店の宴の始まりだ。張り切ってゆこう!!
「皆様方、本日は夢の木屋の開店祝いの宴においで下さりまして、真に有り難うござりまする」
戦装束の俺は、勇ましい声を張り上げた。(のつもり・・)
「まずは伊勢屋どのから頂いた菰酒の鏡開きを行ないます。それはこのお方にお願いする。京極竜子様!」
俺が脇に寄ると、俺の体の後に隠れるように控えていた竜子姫が入ってこられた。途端に店の中の空気が変わった。
皆驚いて息さえしていないようだ。竜子姫は、城では松の方様と呼ばれて庶民では顔を見ること叶わぬ高貴な天上人の一人だ。まさか市井のこんな宴で見られるお方では無い。
俺の他に姫の参加を知っているのは、甚衛門さんと五右衛門さん二人だけだ。
京極家の差配・磯野どのを通じて打診が会った時、俺は少々驚いたが、甚衛門さんと五右衛門さんは大いに喜んだのだった。
「妾は、京極竜子です。縁合って夢の木屋どのの店開きの先導を勤める事と相成りました」
驚愕から立ち直った伊勢屋・阿波屋が、慌てて土間に膝を着いた。周りの者もことごとくそれに習った。俺もそうした。
「鏡開きの前に、御覧に入れたい物があります。秋山竜之介、前に!」
これは予定に無かったことだが、俺は流れに任せた。俺は姫の前、酒樽と食べ物が乗った台を鋏んでだが、そこで膝を着いた。
真正面で見る戦装束の竜子姫は、痺れるほどに格好いい・・
「殿下からの書状である」
姫は、懐からおもむろに書き付けを取りだして皆に見せた。
皆から唸りのような声が出て、頭を下げた。俺も勿論そうした。姫は書状を開いて高らかに読み上げた。
「夢の木屋・秋山竜之介儀、屋起しの事、大儀。夢の木音頭の事、あっぱれ。褒美として金一枚与える。秀吉」
そして、その書状を開いて皆に見せた。
一瞬間を置いてから、皆からウオーーーと声が出た。
俺もだ。
まさかまさか、太閤さんから感状と褒美を貰うとはこれぽっちも思っていなかったのだ。超サプライズだ。やってくれたな竜子姫。
「秋山竜之介、受け取りなさい」
俺は姫の横に行って、跪いて書状を受け取った。確認すると確かに流れるような字でそのような事が書いてある。そして書状の最後には、現代のTVで何度か見たことがある秀吉のサインが確かにあった。
姫は更に懐から紙包みを出して、俺に差し出してくれた。
(これが褒美の金一枚か)
俺は、眼前に捧げて有難くお受けした。そして後に下がろうとしたが、姫が引き留めた。
「これにて殿下の祝いの儀は終わりです。妾は夢の木屋どのの一人の友として来たのです。故に膝を着く必要などありませぬ。皆もとのように戻って下され」
だが、皆呆然としたように固まっている。刺激が強すぎて、思考が停止しているのだ。
「これ、姫のお言葉じゃ。元に戻らぬか」
と、蜂須賀家の五右衛門さんが促したので、ようやく皆は動き出して、元の席に戻った。
でも五右衛門さんって、あの大盗賊と同じ名前なんだなと今気付いた^^。
「では、夢の木屋どのの栄有る前途を祝して鏡を開ける」
「エイエイオー」と竜子姫が木槌を上げて音頭を取り、それに皆が腕を上げて応える。
「エイエイオー」「エイエイオー」「エイエイオー」
何度目かの掛け声で、鏡が開いた。
満足げな竜子姫が最初の一杯を俺に注いでくれた。その後女達が来て、皆に注いで全員揃ったところで、乾杯だ。
もう竜子姫も皆に混じって単なる参加者の一員となっている。
俺は再び前に出て進行を勤めた。
「では心ゆくままに酒食をお楽しみ頂きたい。ですが、その前に恒例の夢の木音頭を披露したいと思います。夢の木屋の勇士、集合!!」
俺の要請に、夢の木屋で働いた仲間八名、それに甚衛門さんと竜子姫も加わって並んだ。木村、垂井が夢の木屋の旗を持っている。
「出陣じゃ!!」「おう!!」
「俺たち、屋起し、夢の木屋」
「大阪から、駆け付けた」
「伏見の町の、復興だ」
「転ばぬ先の、屋起しだ」
「余震の前に、屋起しを」、「おう!」
俺、山本どの、甚衛門さん、竜子姫の四名が一節ごと交代で先導した。それを三回だ、回を重ねるごとに場は盛り上がり、最後は全員がスタンディングオベーションとなったのだ。
そのあとは・、
そのあとのことは・・、
ええっと・・・・・・・・・・・・・・・
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