第18話・両替する。
新左衛門さんに、銅銭が不便なので両替したいと相談した。すると、
「銭屋でうちとお付き合いありますのは、泉屋さんです。夢の木屋はんが行きはるのなら、わてが紹介状を書きまひょ」
えっ・・紹介状?
「銭屋は、一見さんお断り・・なので?」
銭屋ってのは、すげえ敷居が高い商売なのかと思った。そんな所へ行くの嫌だな、・・・どうしよう。
「いや、いや、そうではおまへん。普通に行くのならそんな物必要ありまへん。実は夢の木屋はんに、”転ばぬ先の杖”をやって貰いましたな。それが泉屋はんにたいそう羨ましがられましてな。うちも頼めませんかと言われてましてな」
転ばぬ先の杖とは、耐震補強仕事の事だ。補強と言う言葉は、どうもこの時代には合わぬようで、仕事先ではそう呼ばれているのだ。
新左衛門さんの話では、泉屋さんも耐震補強をしたい、だが銭屋は銭を扱う商売だ。建物の内部は外部の者に知られたくない。つまり滅多な者を中に入れたくないのだ。
例え、俺が夢の木屋と名乗ってもそれが真かどうか判別出来ないのだ。それ故に伊勢屋が紹介状を書くと言ったのだ。つまり、俺が両替する事とは無関係なのだ。
伊勢屋に戻って、新左衛門さんに紹介状を貰うと筒井屋敷に戻って甚衛門さんに事の成り行きを話した。
「そうですか。職人町に良い店が見つかりましたか。それは良かったですな。いずれ秋山さんがそちらに移られるのは寂しいですが、ご本人の希望が叶うのは嬉しいことです」
と、言ってくれた。
うーーん、俺も凄く嬉しいが、ちょっと寂しい・・
いやかなり寂しい。
芳造を借りて銅銭を大八車に積んで銭屋町に向かった。
泉屋はそこで一番大きな構えの店だった。大勢の客が居て、何人もの店の者と商談している。伏見は復興景気に沸き返っているのだ。当然、替銭にくる客も多い。
俺はその繁盛振りにちょっとビビったが、侍らしく堂々と入って行った。列に並んで順番待ちなどせずに、店の者に声を掛けた。
「許せ。伊勢屋の紹介状を持って来たが、取り次いで貰えるか」
この「許せ!」って言うのを一度使ってみたいと思っていたのだ。それが緊張していて、無意識に出てしまった。
これ大丈夫か・・?
「しばらくお待ちを」
一瞬怪訝な目をした店の者が、俺の言葉を聞いて店の奥に消えた。
そして連れてきたのが、平たい顔をした主と思われる老人だ。
ちょっと、お笑い司会者の〇〇さんに似ている。「ファイナルアンサー?」って言うあの人だ。
だからすこしエラが張っていて蟹にも見える。横歩きしたら似合いそうだな・・・
「泉屋亀右衞門で御座います。伊勢屋さんのご紹介状をお持ちだとか・・」
うっと、俺は思わず噴き出しそうになった。
蟹でなくて亀かい!!
俺は笑いを堪えて顰めた顔で、紹介状を差し出した。
「これはこれは、夢の木屋さんでしたか。お噂はかねがね伺っております。この辺りでも夢の木音頭は大好評で御座います」
って、そっちかい!
「どうぞこちらに」と、主が案内しようとした。
「あっ、いや、それがしは両替に参ったのだ。表に荷車を待たせてある」
「左様ですか。では荷車もご一緒に」
と、芳造が引く荷車ごと店の奥に入った。重い銅銭は皆、荷車で運ぶのだ。荷車を引いて、そのまま奥に入れるようになっている。
店の奥にも、商談する部屋がある。その一つに案内されお茶を出された。
「まずは、両替ですな。夢の木屋さんがお持ちした銅銭は四十二貫文、これを全部銀に両替するとして、手数料は一分で四百二十文ですが、そこは若干おまけして四百文でよろし。銭四十一貫と六百文は、銀五百二十匁となり銀十枚と一分と七十匁となります」
この時代の通貨は結構ややこしい。銅・銀・金と違う価値を持つ物が混在しているからだ。しかも交換比率は常に変動している。
関東は金で、関西の通貨は銀が主流だ。銀1枚というのは1両の事、金と呼び方を変えただけで金1両と同じだ。4貫文で銀200匁・銀1枚だ。俺は戸惑わないように事前に必死のパッチで覚えたのだ。
「銀は八枚で、あとは使いやすいように小粒にして貰えるか」
重くても普段の暮しに使うのは、やはり銭なのだ。酒屋・米屋・材木屋や道具屋では銀も使えるが、少額の物を売る行商人などに通用するのは銭だけだ。
「承知致しました。すぐにご用意します。ところで夢の木屋様、当家も転ばぬ先の杖を是非お願いしたいが、如何でしょうか?」
「無論、それがしの商いでありますれば、喜んで」
「有難う御座います。ただうちは銭屋で御座いますので、少々条件が御座いまする・・」
泉屋の出した条件は、①建物内部の事は口外しない事。②作業は最小限の人数でする事だ。問題無いと一応了承した。
「では、見積りのために拝見したい」
「ご案内します」
・・・・うむ、これが銭屋の造りか。
真ん中が通路になったコの字型の建物が中庭を囲んでいる。中庭の奥には、土蔵造りの銭倉があるようだ。中庭と言ってもその真ん中は、硬く踏みしめられたちょっとした広場だ。荷車が頻繁に出入りするのだろう。
建物の外周には出入り口は無く、分厚い材料を使った頑丈な壁で出来ている。店へと続く通路には、城並みの頑丈な門が設置されてある。つまり営業時間外は、この門を閉じて硬い壁で侵入者を拒んでいるのだ。まるで甲羅を纏った亀のように。
それで亀右衞門かい・・
頑丈な壁はそれだけで耐震強度がある。だがやはり筋交いや火打ちなどの建物の変形を抑える物は無い。
地震で建物が変形して、一定以上の力が掛かり何処かの一部分が耐えきれず壊れる。例えば柱と梁を繋ぐホゾが折れる。するとたちまちそれが全体に波及してさらに変形、そして倒壊する。
筋交い四十八カ所、火打ち三十二カ所か・・・。それらは現場でカットしなければならない。そして仕事が捗る環境では無い。二人だとまるまる一日仕事だな。
それに、材料道具を満載した大八車をここまで引いてくるの、二人ではしんどい・・・。
「亀右衞門さん、材料の運搬や切断にあと二人ほどは必要だ。その者たちも中に入れて、広場で仕事をさせれば手早く出来よう。皆、身元のしっかりとした大名家の家臣たちだ。どうだな?」
「・・・ようがす。信用致しましょう」
「こちらの建物を強くする仕事、しめて二千五百文で如何であろう?」
「それで安心を買えるなら安いもの。お頼みします」
商談成立だぜ!!
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