第17話・土地を借りる。
文禄五年(1596) 九月十五日
昨日の季節外れの夕立から、一気に秋の気配になった。
午前中に山手にある下屋敷の補強作業をした。隣の蜂須賀屋敷も声を掛けていたので、ついでに補強をした。
筒井屋敷に戻ると、以前に約束していた納屋の普請をする。材料はあるし、人も道具も揃っている。本体は午前中に組み上がり、午後から屋根と壁に別れての作業だ。
皆も家の普請に慣れている。チームワークも良い。作業は面白いように進む。
というか、この程度の建物にしては手が多すぎだ。途中から、俺と山本どのと遠六は内部の棚やら台作りに入った。
「今日までの給金だ。酒代を付けた」
町の屋起しは、かなり進んで一段落したようなのだ。約束の納屋を建てることが出来たし、明日は休みとした。なので、ここで給金を払っておく事にした。
「えぇ、こんなに頂けるので!」
と、皆は喜んでくれた。
日当は、一人五十文だ。八日間働いて貰った。それに酒代を五十付けて、一人四百五十文ずつの給金だ。
給金は、武士も下男も同じ額だ。これは相談して了解を得ていた。
甚衛門さんにも、これまでの食事代として一人一日五十文見当で五貫文渡した。十人もの食い扶持は馬鹿にならない。断られるかと思ったが、気前よく受け取って呉れた。俺の気持ちを察してくれたのだ、さすが懐が深い。
その晩は、納屋が出来た祝いの宴をした。もちろん酒代は俺が持った。彼らのお陰で儲かっているのだ。なんて事はない。
大名家の屋起しは、ほぼ一段落付いたのだ。あとは補強工事があるが、これにはあまり人手が必要無い。俺ともう一人、芳造か遠六を借りられば間に合うのだ。大阪からの応援組の六名には新たな仕事が待っているのだ。
文禄五年(1596) 九月十六日
今日は夢の木屋の仕事は休みだ。補強工事の依頼はまだまだあるが、納屋も出来たことだし、ここらで一息入れようと思ったのだ。それにこの時代の事も知っておかなければならない。
朝から俺は、ゆっくりと屋敷内を見学する事にした。台所仕事や生活の事を知りたかったのだ。ゆくゆくはここを出て一人で生活をしなければならない。
伏見城の天下普請が始まったのだ。屋敷内は大勢の人夫の世話でてんてこ舞いになる筈だ。無関係の俺がいつまでも居て厄介を掛ける訳には行かないのだ。
早朝に起きて居合の稽古をする。これはもう毎日の習慣になっている。戦国の時代に侍として生きている以上、いつ何時命のやり取りをせねばならないか解らない。現にその兆しはあるのだ。
「秋山様、おはようございます。今から台所に参ります」
志乃さんが起きてきて、俺の長屋に顔を出した。昨夜の内に、台所仕事を一通り見たいと話してあったのだ。
俺は志乃さんに付いて行って、朝の支度の一部始終を見学した。
井戸から水を汲み、米を研いで、竈に火を入れる。湯を沸かし、みそ汁を作りお茶を入れる。
その結果は現代とあまり変わらないが、使う道具や手順が違う。それを覚えないと、この時代での一人暮らしは覚束ないのだ。例えば、火を起こすだけでも、マッチやライターが無いこの時代は大変なのだ。
幸いな事に俺は、薪を早く燃やす事や煙が少ないようにする事には慣れている。
興味しんしんで見ている俺の横には、千代ちゃんが常に引っ付いていた。
朝食が終わると下男たちはそれぞれの用事に向かった。殆どは国元からの人夫受け入れの準備だろう。お匊は台所の片付け、おたきと志乃さんは井戸端で洗濯だ。
盥に井戸水を汲み、それに洗濯物を漬けて揉み込む。まとめて足で踏む。俺の着物は志乃さんが洗ってくれている。俺は感謝しながら見ている。
汚れのある所は、適当な板に着物を揉むように洗う。座り込んで洗うために盥の縁に板を斜めに立て掛ければ洗いやすい。
洗濯板は近代になってからの発明だと言うが、この時代にも同じような事をしていたのだな。まあ大した事ではない。
それにしても、裾を捲り上げたおたきの豊満な太股が丸見えだ。手で洗うときは、はだけた胸元からこれも豊満な胸乳が見えている。
この時代の女性は、胸を出す事を恥ずかしい事だと思わないのだ。大正時代まで人前で乳を出して授乳するのは普通だったのだ。
さすがに武家の志乃さんは、暑くとも胸元をはだける事は無い。
だけど・・・、座り込んだ裾から白い太股が見えている・・・
目に毒だ。でも・・・ちょっと見たい・・・
ふと志乃さんが顔を上げ、俺と目が合ってしまった。
まずい、気付かれたか・・・
だが、志乃さんは乱れた自分の裾を直そうとせず、横のおたきの方を見た。おたきの状況は志乃さんどころでは無い。裾を捲り上げたまま、座り込み洗濯しているのだ。しかも二人共話しをし易いように俺に正対している。
おたきは、胸乳も太股の奥の黒いものも盛大に見えている。俺は目を反らして空を見上げた。
「旦那は、ここを出て行かれるのかね?」
豊満熟女・大サービス中のおたきが聞いてくる。
「国元から大勢人が来るし、いつまでも厄介になっているわけにはいかないだろう」
「大勢来るんだ。旦那一人居ようと変わりねえですよ」
「それはそうだろうが、タダ飯喰らうのはな・・・」
「気にするこっちゃねえですよ。それにたっぷり銭を出しているんだし」
「そう言ってくれるのは有難いが、いずれそれがしは夢の木屋の作業場を持ちたいのだ」
「そうだよねえ、でも一人で飯の支度が出来ますかぇ?」
「それは、何とかなろう・・」
「掃除や洗濯もしなければ駄目ですよ」
「う・・・うむ」
「落ち着いたらあたしが行ってあげてもいいだけど・・」
おたきはふいに流し目になった。
「大丈夫・・いや、一人で大丈夫だ。何とかなる」
遠慮しなくても良いんだけど、と言っておたきは豪快に笑った。
屋敷で朝の一通りの仕事を見終えた俺は、材木町に向かった。伊勢屋や伏見屋に、夢の木屋の仕事を始める場所は無いか聞いていたのだ。
「空き地はおます。地震で怪我して仕事を辞めはったお人もいます。今度案内しまひょ」と、言われていた。それを見に行くのだ。
資金は充分にある。俺はこの八日間ほどで、なんと四十五貫文もの銭を稼いだ。
一貫文は一千文だ、銅銭を千枚紐で繋いであるのが一貫文だ。
豆腐一丁が四文・味噌三升が二百文ほどで、現代の価値で言えば一文が50円ぐらいかな。同じ様に穴が開いているし・・・・でも色で言えば五円だけどね^^。
ちなみに豆腐一丁は現在のよく見る大きさでは無く、たてよこ三寸角で厚みは二寸ほどの物だ。現代でよくあるサイズの倍以上の容量はある。
それで現在の価格に直すと200円。この時代は、変な混ざり物は無くピュアなものだろうからかなりお得だろう。
味噌一升は約1.5kg、現在では2000円ほどか。これが三升で約1万円、毎日の生活や兵糧に必需品の味噌はやや高い。
米は相場で価格がかなり変動する。一石銀十匁、一石は100升、銀一匁は銭八十文だ。つまり米一升は八文・400円だ。現在の価格で言えば、米の銘柄にもよるが5kg2000円として、1升240円ほどになる。良い銘柄ならその倍はするが、現在は米余りで極端に安いのだ。減反政策なんかこの時代では考えられない事だ。
米はこの時代、領国統治や家臣への扶持の中心であり、戦となれば大規模な買い占めが起こり、価格が急騰する。倍や四・五倍、あるいは十倍になることもあり商人は大儲けするのだ。
この時代、生活物資である米や味噌はやや高い程度だが、紙や油、布や着物・薬・鉄製品などはかなり高い。
だが人件費は安い。
日の本の中心である京の町で大工の一日の手間が百文(5000円)、その他の人夫五十文(2500円)は、現代の半額から四分の一以下だ。地方ならばもっと安い筈だ。
まあ、それで無ければ数万という人を繰り出しての人海戦術・大規模普請作戦は出来ないけどね。この国の主はそれが大好きな人なのだ。
俺は銭を銀なり金へと早く両替したいと思っている。なにせ銅銭は重いのだ。明から輸入した四角い穴が開いた銅銭は、見た目は5円硬貨で、俺はあまり価値観を感じない。
価値観なら銀か金貨だろう。
銅銭を千枚紐で通した一貫文を渡された時には、何かの重しに使うのかと思ったほどだ。ずしりと持ちごたえがする、その重みが一貫目という単位になった。今の3.75kgだ。
銭三貫文なれば10kgを越える。とても重たい。持ち運ぶのなら背負うしかない。現代の価格で十五万円ぐらいの銭を背負うなんて嘘だろうと思うだろう。
十貫文以上になれば、荷車か馬に乗せるしかないのだ。大袈裟だ、大袈裟過ぎる。それぐらいならば、現代では財布にすんなりと納まるのに・・・。
とにかく銭の重みは、難儀なことなのだ。マンガで太古の原住民が、石で出来た硬貨を転がしている図を思い出したよ。
さて、夢の木屋の場所だが良い所が見つかった。伊勢屋に行くと、主の新左衛門が自ら案内してくれたのだ。
新左衛門は町内の世話をする町役の一人だ。町役は町民と城の役所との橋渡し役で、町内の差配は新左衛門などの大商人が委託されてしている。
場所は、伏見湊から筋一つ上がった所で、町屋が並んでいる一画の角地だ。
間口三間・奥行き六間、前の半分を店・後半分を住居としている。また隣は空き地で草地だ。
「夢の木屋はんは、木を使う仕事でそれを置いとく場所がいりましょう。隣の空き地も借りれば、都合がよろしと思いましてな」
いいぞ、かなり良い。
湊の近くで活気のある仕事がやれそうな場所だ。材木町や英蔵親方の土場や伏見屋はすぐ近く、おまけに付近には生活に必要な様々な店がある。
気に入った。凄く気に入った。問題は借り賃だな。二区画となると倍だ。
「ここは、よろずな物を扱う満城屋という店でしたが、主が地震で大怪我をしましてな。身内のいる在所に帰る事にしましたんや。それで建てた建物を買い取ってくれるお人を探してはるのや」
よろずな物とは、桶や瓶・盥から火箸や五徳・笊・駕籠などの生活に必要な物を色々揃えている店だ。現代で言えばホームセンターが近い。故にゆったりとした広さがある。奥の移住区には井戸も拵えてある。
敷地は借り物だが、建物は自前で建てた物だ。建物買い取りの代金は、満城屋の主に入るのだ。
店の中は、何も残っていなかったが、建物は結構傾いている。ここも伏見の町で被害が大きかった一帯なのだ。
「それでその主は、建物を幾らで買い取って欲しいのだ?」
「へえ、現状のままで二十貫文と言うております。それを銀で」
二十貫文か、それなら高くない。お買い得と言える。在所に送るのに重い銅銭は不向きなので銀で欲しいのだろう。
「ここの店(たな)代は幾らだな」
「年に二千四百文です。盆と節句の二回に割って貰います」
年二千四百文を月に直すと二百文か。安いぞ!。隣の土地も借りて四千八百文。月にすれば四百文。
いざとなれば、五十文の人足仕事を八日間すれば払えるな・・・・
「ならば、隣の空き地と共に借りるとしよう。宜しく頼む」
「はいな。そう決めて頂けると私も嬉しいですがな」
商談成立!!土地ゲットだ、ヤッホーー。
この店代というのは、町役の手数料も含まれるのだが、ほぼほぼ役人に納める税なのだ。棟別銭と言うらしい。実は店を持つ職人の納める税はそれだけだそうだ。
うぇっ・・土地代だけって・・、大丈夫か安土桃山時代?
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