第15話・余震 が来る。

文禄五年(1596) 九月十三日


阿波橋の蜂須賀家の屋起しの陣は大盛況だった。蜂須賀家には借りていた装束一式も譲られて、これが夢の木屋の出陣衣装となった。


それだけでは無い。

戦仕立ての屋起しの陣を喜んで見てくれた竜子姫が、なんと俺に名前を付けてくれたのだ。


「記憶を失ったそなたの事情は聞きました。ですが忘八と言う名はあまりに悲しい。妾の一字を使い竜之介としなさい。秋山竜之介、良い名前です。なんでしたら京極性を名乗っても良いわ。その時は京極竜之介よ。なんか妾と他人とは思えないわね」


姫の一言で俺の名前は、「秋山竜之介」となった。京極竜之介だが、さすがにこちらはムリだろう・・。


 なんかフワフワした気分だった。姫のたおやかさも強烈だったが、大勢を引き連れて大手筋を練り歩いたのだ。これで良いのかと自分でも思う、夢のように落ちつかない頼り無い気分だ。

 まあ俺に取っては、この時代そのものも夢の中だけど・・。



 ところが、そんな気分が一気に吹き飛んだ。翌朝の早朝、強い余震が来たのだ。俺は思わず飛び起きた。


 外に出る。長屋は大丈夫だ、傾いていない。隣の志乃さんらも起きている気配だ。無事だ。母屋の様子を確かめる。

大丈夫だ。

母屋は、最初に屋起しした建物だ。筋交いは今の揺れに耐えられたようだ。うん、良かったと胸をなで下ろした気分だ。


そうしていると、山本どのらも外に出て来た。皆真剣な表情だ。

「今見てきたが、ここの建物は大丈夫だ」

「我らの施工した、他の建物は大丈夫でしょうか?」

俺と同じで自分たちが屋越しした建物が心配なのだ。


「うん、それがしもそれが心配だ。ならば皆で手分けして見回りに行こう。しかし何かあってもいけぬ。決して一人にならない様にしてくれ」

 まだすぐに強い余震があるかも知れない。一人になって何かあると、場所が解らず助けにいけないのだ。


 皆で素早く打ち合わせをすると、それぞれの担当エリアに向かった。俺は芳造を連れて、周辺の屋敷を見廻る役だ。近隣の加藤、池田、亀井・阿部、田中屋敷と回る。


「夢の木屋でござる。今朝の揺れでの建物の状況を確認しに参った」

「これはこれは秋山様、早速のご視察ご苦労様でござる。お蔭で我が屋敷はびくともしておりませんぞ」


 素早い対応におおむねが感激して迎えてくれた。

どこも大きな問題は無い。だが池田屋敷の筋交いは二枚が縦割れしていて、取り替える必要があった。やはり前回の揺れで被害の大きかった町の中央部の揺れはきついようだ。


屋敷に戻ると、北に回った垂井組も戻っていた。そこに西に向かった三次が走り込んできた。三次は村井家の下男だ。


「濠際の丹羽屋敷が倒壊して、旦那が皆の助けを求めています」

丹羽屋敷は、屋起しの仕事をした屋敷では無い。村井は、建物の倒壊を通りがかりに知って助けに入ったのだろう。


「よし、行こう。大八車を持って行こう。芳造は残って帰ってきた皆に助けに来る様に伝えてくれ」

 俺たちは材料・道具を積んだままの大八車を押し出して丹羽屋敷に向かった。



丹羽屋敷は二八母屋が捻れるように半壊していた。五・六人の男たちが瓦礫をどけている。差配らしき侍が座り込んでそれを見ている。怪我をしている様だ。俺たちを見た村井が状況をつたえてくれた。


「倒れたのは台所側です。そこに使用人が二人いたそうです」

「よし、とにかく壁を浮かせて隙間を作り助けだそう」


 俺たちはすぐに作業に入った。既に上にある屋根の部分は取りのけられている。とにかく上部の重みのあるものは取りのけて、瓦礫を浮かして人が入れる空間を作るのだ。ところが建物の半分はまだかろうじて立っていて、それが重しとなる案配で作業を妨げていた。


屋敷から応援が来て人数が増えた。人海戦術だ。それでも四苦八苦の末に、何とか壁を浮かせて下の二人を引きずり出した。

下敷きになっていたのは、老人と中年の男だ。老爺は意識があるがもう一人は無い。屋敷の使用人が医者を呼びに走った。


「それがし丹羽家伏見屋敷差配の山内三郎左衛門と申す。お助け頂き誠に忝い」

 山内差配も、傾いた建物に挟まれ怪我をしたのだ。

「たまたま通りかかって気付いたのです。当たり前の事をしたまでです」


(ふむ・・・)

 俺は、改めて半壊した建物を見学した。問題は隅の基礎部分だ。そこの地面が建物に対して斜めに陥没している。それが半壊の原因だ。液状化現象、或いはここに断層がはしっているのかも知れない。


束石を置いて柱を立てる通常の日本建築に比べて、材木を横にしてそれを土台とする陣屋造りは、陥没には強い筈だ。だが前の揺れでこの隅の一点に通常より多い加重が掛かっていたのだろう。

それが今回の揺れで地面が陥没することにより、隅柱のカスガイが折れるか外れるかして、建物は一気に捻れるように半壊したのだろう。土台の沈下には注意だな。


と言う事は、今の状態でまともな建物も補強しておく方がいいと言う事だ。土台が少し沈んで、建物に捻れたストレスが溜まっている可能性が高い。次の揺れで一気に崩壊すると言う訳だ。

この余震の結果で、夢の木屋の市場が大幅に広がったかも・・・


 断層とか大陸のプレートが動いているとかこの時代の人に言っても仕方がない。本当か冗談かは知らないが、地震は地の底でなまずが暴れて起きると考えられているのだ。

 つまりこの時代の人には、転ばぬ先の屋起しだと言う説明で良いのだ。単なノリで作った夢の木音頭の文句が生きてきたのだ。俺はこんな事は考えてもいなかったのに・・


 特筆することは、この補強工事なら少人数で出来るということだ。時間は掛かるが一人でも可能だ。そろそろ そう言う事を考えなければならない。垂井らの大阪からの応援組はいつまでも伏見にいないのだ。



 余震の被害を目の当たりにした俺たちは、それからはさらに気を引き締めて依頼をこなした。作業内容も改善をした。火打ちは前もって同じ寸法に切断して準備していたが、筋交いもそうしたのだ。


 四八母屋の柱間は六尺・柱(壁)の高さ八尺だ。その四角形の二隅の斜めに入れるのが筋交いだ。これは規格化された材料を使ったどの建物も共通の長さだ。

 つまり、準備された筋交いがぴったりと嵌まったならば屋起しは出来ているという事だ。こうすると下げ振りで確認することは不要なのだ。


これにより大幅に時間が短縮された。


勿論、あらかじめ寸分違わない寸法に筋交いをカットしなければならない。事前準備の時間が必要なのだ。だが、現場での作業時間が減るのは大きい。これにより一日に八棟から十棟の屋起しが可能になった。

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