第14話・屋起しの陣。
文禄五年(1596) 九月十二日
午前中に三棟屋起しの仕事をこなした。肝心の蜂須賀家の屋起しは、午後一番に行なう事にしていた。そこで俺たちは午前中の三軒で、密かに動きや掛け声の稽古をしたのだ。
今回は、初仕事の勢いでしたあの時とは違うと、俺は感じていた。皆もそう思っているようだ。
「秋山様、なんか今度の仕事はとんでもない事になりそうで、おら心の臓がバクバクして、体の震えが止らないだょ・・・」
村井の下男の三次が不安そうに言う。皆の中で彼が一番の年下なのだ。
「それで良いのだ三次。それがしも同様だ。だが、考えてもみよ。一生のうちに一度や二度このような事があっても良いでないか。きっと後で自慢できるぞ」
「そっだなあ、おら達は別に悪い事をしている訳でねえ。そっだら、おら張り切っていつか子供や孫が出来たときには自慢するだあ」
三次の言葉に、皆そうだそうだと同意した。
一旦筒井家に戻って休憩と着替えをして、戦場となる蜂須賀家に向かう。門を出るところから屋起しの陣の始まりだ。軽い緊張と笑みを浮かべた兵の士気は高く、最高の状態で屋起しの陣の幕が開いたのだ。
「出陣じゃ!!」
俺は、端材で作った軍扇を大きく振った。軍扇には甚衛門さんの達筆で丸に「夢」の文字が大きく書かれている。
「おおおお!!!」
と、応えた皆が大八車を中心に動き始める。なんと甚衛門さんも戦装束を着込んで同行している。一部始終を見学するつもりだな、いや実際に参加するつもりかな・・・。
「俺たち、屋起し、夢の木屋」
「大阪から、駆け付けた」
「伏見の町の、復興だ」
「転ばぬ先の、屋起しだ」
「余震の前に、屋起しを」、「おう!」
夢の木音頭もちょっとバージョンアップした。ちょっとだけだが・・・。
陣列は賑やかに筒井屋敷を南下して、大手筋に出た。そこには騎乗の竜子姫が待っていた。
「夢の木屋どの、妾が先導します」
凜々しい姫が告げる。竜子姫は、我らを先導して大手筋のど真ん中を行く。姫の前後には徒の侍が二人ずつ従っている。
道を行き来する人々や商家の人々・炊き出しに並ぶ人々が、動きを止めて、何事かと一行を見つめている。通り掛かった武士団も姫の威圧に道を譲った。
「俺たち、屋起し、夢の木屋」
「大阪から、駆け付けた」
「伏見の町の、復興だ」
「転ばぬ先の、屋起しだ」
「余震の前に、屋起しを」、「おう!」
俺は半分やけくそになって声を張り上げる。皆も負けじと応えてくれた。甚衛門さんも大声が出ているよ。さすがに戦場で鍛えた声だ。大きくよく透る。なので、途中から変わって貰った。俺は現場での指示のために声を温存だ。
ふと振り返るとなんかすげえ人数が増えているし・・。興味本位の子供たちや大人も付いて来ている。野次馬だな、それもどんどん加わってくる。
大手筋は濠際で左に折れる。そこら辺りは木材町に近い。道の端には人が出て来て見ている。英蔵親方や職人たち、伊勢屋の番頭もいる。
えぇ、みんな後に付いてくるの?、仕事放っておいていいの?
阿波橋を渡れば、左手が蜂須賀屋敷だ。大門が解放されて門前に出迎えの人が並んでいる。ちょっと多くねえ?、その中に侍に囲まれた猿みたいな爺さんがいる。
まさかね・・・。
「夢の木屋どのご一行を京極竜子が案内して参った!!」
「ははーー、恐縮至極、誠にご苦労様で御座ります。それがし蜂須賀家を代表して御礼を申し上げまする」
姫の口上に、裃を着た大塚五右衞門が大仰に答える。姫たちは左に避けた。つまり俺たちが前面に立ったわけだ。ここで口上だ・・・
「我ら夢の木屋でござる。ご依頼に応じまして、蜂須賀様お屋敷の屋起しに参りました」
「それはまことに忝し、どうかよしなにお願い致しまするぅ」
門内に案内され大将の俺が四八母屋を前に立つと、後に皆が跪いて並ぶ。甚衛門さんは俺の横でやはり跪いている。陣列を取ったのだ。固唾を飲んで見守る人々の視線が痛い。
俺は軍扇を母屋に向けて大きく振った。
「まずは、短辺から始める。屋起し、掛かれい!!」
「おお!」
と、皆が大八車から道具を取りだして取り付く。梯子で桁や柱の三ヶ所に綱を掛けそれを全員で持つ。俺は起し状態をみる位置に付いた。
「引き方はじめ!!」
「せーの、よいしょう!」と、声を掛け合って一斉に引いた。
「ギギギギ--」と軋む音を立てて建物が動く。
「おおお---」「動いた---」「凄い---」などと見物人から声が出る。
「突っ張り方、下げ振り方、配置に付け!!」
建物が軽く動いたのなら、下げ振りを見ながら微調整をするのだ。下げ振りは綱を付けるときに設置している。ついでにカットされた筋交いや金槌も配置されている。職人仕事は段取りが全てと言って良い。段取りで勝負が決まるのだ。
「突っ張り方、準備よーし!!」
「下げ振り方、準備よーし!!」
「ならば、個別に調整せよ!!」
「一番、三分引き!」
「三番、二分戻せ!」
それぞれに引き方、突っ張り方に指示が飛ぶ。右から一二三の順だ。ちなみに、真ん中の二番は、人数の関係で左右が決まってから掛かる。
「一番良し、筋交い掛かります!」
「二番もよし、筋交い掛かります!」
「カンカンカン」と、現場に小気味よい金槌の音が響く。
「ほう、早いな」「見事なものだ」と見物人の声に、俺は思わずニンマリとした。
「二番、一分戻せ!」と二番の微調整が始まった。手の空いた者は、一・三番の綱と突っ張りを外して、長辺方向に取り付けている。すぐに二番の金槌の音が響いて短辺側は終わった。
ここで一旦皆は元の隊形に戻って跪いている。元の陣形に戻ったのだ。
「次は、長辺側の屋起しをする。かかれい!!」
俺の軍扇に皆が再び母屋に取り付いた。同じ様に長辺側屋お越しを終える。
「堅めの火打ち、掛かれい!!」
水平方向を固める火打ちを取り付けば、屋起し完了である。皆は道具を揃えて元の陣列に戻った。キビキビとした良い動きである。皆最高の出来だぞ。
「これにて蜂須賀様の屋起しの陣、終わりまして御座いまするう」
とおれが、大塚どのにいや、そこにいる観客に高らかに宣言した。
「夢の木屋どのの屋起し、聞きしに勝る見事さでありました。今日より当家の者どもはみな安心して寝られまする。これは約定の代金でござ--る」
屋敷の侍が差し出した、三宝に乗せた銭を山本がうやうやしく受け取った。
「これにて一軒落着!!」
蜂須賀家の屋起しの陣は、半刻と掛からないで終わった。だが、見物人の歓声は長く続いた。
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