第13話・スーパー女傑降臨


京極屋敷の屋起しも無事に終わり、差配・磯野六右衛門どのと和やかに話しをしていた。


 伏見屋敷の差配は、大体が元家臣で隠居した老人だ。

殿様やら重臣らは、大阪や京屋敷の運営、国元の経営で手一杯だそうだ。朝鮮の役で戦場や前線に出っぱなしだったのだ。


それに伏見の屋敷は、まだ建築途上といったところで多くの家臣が住める状態にはまだ無い。だから伏見は、名だたる大名家の屋敷があっても、肝心の殿様や有名な武将らには出合う事も無く、道を歩いても緊張する事もなくのんびりとしていた。

 つまり、すっかり油断していたのである。



話をしていた俺たちの耳に、「カツカツカツ」という蹄の音が聞こえた。

門の方を振り向くと、馬からひらりと下りる若い女性の姿が見えた。馬上袴と鮮やかな小袖を着ている。腰には脇差し。強そうな伴が二人と馬の口取りがいる。


「姫!!」

 磯野が驚愕の声を上げて、地に膝を付けた。俺はどうすべきかと思い、傍にいる山本どのを見た。山本どのも遅れて膝を着いたので俺もそれに習った。


 そのまま女性はスルスルと近付いて来る。


「六右衛門、もう屋起しは終わったのですか」

瓜実顔で、たおやかで高貴さを感じさせる美しい人だ。大きな瞳と流れるような眉。声もしっとりとしていて実に心地よい。


「左様、もうほぼ終えています」

「間に合わなかったのね。無念だわ・・・」

 って、屋起しを見に来たのか?(^_^;)


「そちが夢の木屋か?」

 姫と呼ばれた女性が真っ直ぐに俺を見ている。俺はある意味痺れてしまった。

 ある意味とはどう言う意味かは、説明したくない。良い香りがこちらに流れて来た。


「さよう、夢の木屋を営む秋山忘八でござる」

と、俺は精一杯の強気で答えた。ちと声が震えたのは気のせいって事にしておこう。


「妾は京極竜子です。今日は夢の木屋の戦支度の屋起しを見に来たのです。だけど間に合わなかったのですね。悔しい・・」


 戦支度ってあれか、加藤家でやったやつ。・・・・悔しいって、俺のせい?俺が悪かったの?

確かに前の仕事が早く終わったので、ここの仕事を予定より早く掛かれたのだ。それがいけなかったのか・・・。


などと思ったが、この高貴な姫を悲しませたのだと思うと、俺の心は沈んだ。だが、少し誤解があるようだ。それは訂正しておかないと・・


「あ、いぇその、あの元気な屋起しを行なったのは、一度だけです。最近はしておりませぬ」


「えぇぇぇ・・・・・・・・・・」

と、姫は大袈裟に引いた。

「夢の木屋と言えば、愉快な音頭と勇ましい屋起しでしょう?妾はそう聞いています」ときっぱりと言い放った。

 そんな事言ったって・・・・。あれは単なる悪のりだったのだし・・・


「あれは、仕事始めを宣伝するためでしたので・・・・」

と、モジモジしてしまった・・


 まてよ、京極竜子って、若狭武田家に嫁いでから秀吉の側室になった女性か。

と俺は、やっと目の前の女性が誰であるか思い出した。


京極家は浅井家の主筋だ。小谷城でも最も上にあるのが京極郭だった。

と言う事は、淀殿・つまり大阪城の女帝より彼女の方が位は上って事だ。まさにこの時代を代表する女傑・スーパー女傑なのだ・・・。


 そんな人と目前でまともに口が聞けるとは思わなかった。畏れ多いな。

俺にとって、この時代に出合った初の有名人だ・・。ワァーお。


「えぇぇ・・、ではもう見られぬのですか・・・」

 麗しい彼女の瞳が悲しげに曇った。


「やります。姫のご要望があれば!」

 と、俺は思わず請け負ってしまった。

だってぇ、・・・


「ほんまどすか、夢の木屋はん」

と、竜子姫、若干流し目で俺を見つめる。

って京言葉・・、芸者かよ---。というか超可愛い--♡-


「ですが、相手方の了承を得ませぬといけません」

 俺は渋く答えた。(のつもり・・)


「いつ見られますやろ、今日どすかぁ」

うぅ・・竜子姫、めっちゃ下手に出ている。甘い京言葉も良く似合うよ。惚れてしまうやん・・

・・・えぇ、今日?


「今日のこの後の予定は、堀尾家と蜂須賀家です」

と、山本どのが張り切って発言した。

こいつも目に♡マーク入っているし・・・。


「帯刀はんと家政はんのお屋敷どすかぁ。それ妾がお願いしてもええんやろか?」

と、竜子姫は磯野老人に聞いている。


「いえ、それは当方でお頼みしてみます」

山本君、張り切っちゃってるぅ---。大丈夫か?


「そう、ならば妾はここで待ちます」

 竜子姫の目がキラリと光ったような気がした。その返答次第では捨て置かぬぞという迫力を俺は感じた。


「それでは、某・山本真二郎、これより蜂須賀家に伺いに行って参りますのでしばしのお待ちを」

と言って、彼はぴゅーっと駈け去った。

って、聞かれもしないのに、しっかりと名前を売っているし・・・。


 計算に強いがおっとりとした性格の山本どのが、あんなに素早く動くとは思っていなかった。残された俺はこの時代の通訳とも言える彼がいなくなって唖然としたが、顔色に出さずににこやかにしていた(たぶん・・)。


「ところで夢の木屋はんは、筒井家の家臣では無いと聞きました。お国は何処ですか?」

 キター・・・・・


「はっ、それがし地震のあと、筒井屋敷の近くの道の瓦礫の下で気が付き申した。考えても自分が何処の何者かさっぱりと覚えが無く。以来、縁があった筒井屋敷差配の小倉甚衛門どのに厄介になっております次第で」


「なんと、その様なことが・・。では秋山様は、どこぞの御家中の者かも知れませぬのか?」


「いいえ、僅かな記憶と身につけていた物で、その様なことは無いと思われます」


「そうですか、だがこの近辺の者に違いない。なるほど読めました」

と、竜子姫の瞳が又しても光った。


「はあ?」

 何を読まれたのだろう・・アセアセ。


「屋起しに派手な音頭で練り歩き、話題になることで顔見知りの者に会い、おのれの素性を知ろうと思われたのですね」


 そうきたか---、なるほど、これは肯定できないね。鋭いわ、姫。

「はい、まあそのような意味も御座います」


「なかなかの切れ者ですね。それに腕もたちそうな。そう思わぬか紋十郎!」


 竜子姫は、振り返ってお付きの者に言った。三人のお付きの内、一歩前に出た男は護衛であろう。どっしりと腰が据わって見るからに剣客と言った侍だ。


「はい、しかとは解りませぬが、なにか深きものを感じます」

渋い声だ。主人の言うことに、はっきりと否定もさらに肯定もしないところが憎いね。


 俺は黙って、彼らを見るだけだ。この侍と戦って勝てるか?

絶対むりだな。お主出来るな・・と言うやつだ。


 もしこんな奴に襲われたらどうする。逃げるか、いや咄嗟になかなか逃げられる訳ねえな。素早さでは敵が上の可能性が高い。となれば飛び道具だな。それなら自信がある。とりあえずは石ころだ。「礫(つぶて)」というやつだ。普段から準備しておかなければ。手裏剣があれば良いのだが・・・・・・・・。



「屋起しなる事を出来るのは、普請の経験があったのですね。覚えが無いのに不思議な事です」

 俺はドキッとしたが、平静を装った。この姫はちょっと手強いぞ。


「はい、それがし何故か出来る様な気がしたのです。やってみれば自然に出来ました。そう言えば不思議な事でした」


「ともかくも、地震で沈んだ伏見の人達の心を、賑やかな屋起しで盛り上げているのです。良い事です。妾もそれを一度見てみたかったのです。しかし無理な頼みになりましたようね」

 竜子姫は申し訳無さそうに言う。


「何、姫はそれで良いのです」

と、磯野差配は穏やかな声で答えた。


「姫は思うがままに生きれば良い。爺はそう思います」

磯野差配がそう言い切った所に、門に向かって必死に駆けてくる山本どのの姿が見えた。


「蜂須賀屋敷の屋起しは賑やかにしても良い。だが明日にせよ」

と言う返事だ。甚衛門さんと蜂須賀家の差配・五郎右衛門さんが話しをしたらしい。


 それを聞いた竜子姫は目を輝かして喜んだ。


俺たちは、その後の仕事を明日予定していたところと入れ替えて、堀尾、水野、相良家と六家の屋起しを順調にこなして明日に備えた。



最近、作業が早くなった。もちろん皆が熟練したせいもあるが、屋起し後に取り付ける筋交い・火打ちを事前に準備しているのも大きい。これは規格化された建物ゆえの大きなメリットである。


 筒井屋敷に戻ると甚衛門さんと蜂須賀屋敷の差配・大塚五右衞門が談笑していた。両家の下屋敷は山の手に並んであるそうで、その縁から二人は親しい間柄なのだ。


蜂須賀の上屋敷は、筒井屋敷に近い所にあって、そこの屋起しは既に終えている。今日屋起しを予定していた屋敷は、外堀にかかる阿波橋の畔の屋敷だった。蜂須賀家ほどになると屋敷地が幾つもあるのだ。


「秋山さま、当家の屋起しを京極の姫君が御覧になりたいと聞かされて、それがし驚きました」

 と大塚どのが微笑んで言う。


「あれはたしかに意表をついて面白きものであったが、戦仕立てというには些か物足りぬ。しかし遣り過ぎてもいかぬ。そこのところの案配を大塚どの相談していたのじゃ」

甚衛門さんは、さらに何かを仕込むらしい。


やっぱそう言うことか。そうだろうと思ったぜ、なんてたって甚衛門さんの目がいたずら小僧のようにキラキラしているのだ。筒井屋敷の亀仙人は、ああいうことがかなり好きなのだ。


「五右衞門さんと相談して、全員が戦支度らしい揃いの装束を着れば、もっと様になるだろう、という事になったのじゃ。それがあれじゃ」


甚衛門さんが示した縁側の行李には、鉢金、手甲・脛当ての付いた戦装束が入っていた。阿波の蜂須賀家らしく薄い藍色の装束だ。


「蜂須賀家からの借り物じゃ。それなれば軽快に動けよう」


 木村が早速に装束を着けようとする。留吉らが手伝って脛当てを付け、鉢金を付けると精悍な兵士に見える。動き易そうだ。


うん、悪くない。いや結構いけてる。これなら皆のテンションもだだ上がりだな。


「それで、大将である秋山様をどうするかじゃ。普通なら兜だけでもつけて欲しいのじゃが・・・」


「いや、それがしも皆と同じでお願いする」

俺は慌てて言った。この季節に兜など暑苦しい物は付けたくない。


「左様か、それで良かろうか・・・、京極の姫君だぞ・・・」

亀仙人、まだぶつぶつ言っている。ここはそっとしておこう。


俺は山本どのらと動きの打ち合わせをした。全員が同じ装束である。留吉らにも脇差しを持たせよう。掛け声を統一して、韻を踏む事など決めた。


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