第11話・夢の木音頭

加藤屋敷門前にいた大勢の見物人は、筒井屋敷に戻る俺たちのあとをゾロゾロと付いてきた。ここはサービスだ、俺は再び声を上げた。もちろん皆もノリノリでそれに応えてくれた。


「おれたち、屋起し、夢の木屋」

「大阪から、駆け付けた」

「転ばぬ先の、屋起しだ」

「余震の前に、屋起しだ」


「皆様、夢の木屋の屋起し、只今、絶賛受付中でござーーーる」


「おれたち、屋起し、夢の木屋」

「大阪から、駆け付けた」

「転ばぬ先の、屋起しだ」

「余震の前に、屋起しだ」


音頭を二回とったところで、筒井屋敷の門に到着した。俺たちは意気揚々と門を潜ると井戸端に集って一息ついた。


「秋山どの、見ましたぞ・・・・・・・」


と、縁側にいた甚衛門さんが顔を顰めている。こんな甚衛門さん見た事無い。・・・怒っているのだ。それもかなり・・・・


(ヤッベエ、ヤリすぎたか・・・)

それを察して皆も一様に項垂れている。


「相済まぬ、ついつい遣り過ぎました・・・・・」


ここはただひたすら謝るしか無い。

俺は甚衛門さんに向かって頭を下げて、お叱りの言葉を待った。


 だが、甚衛門さんお叱りの言葉がなかなか降ってこない。

(これは、相当に怒っているのだ、どうしよう・・・・・)

 甚衛門さんに見放されたら、俺はお先真っ暗だ。改めてその事を思った。


「・・う、ぷぷぷ」

変な声が聞こえたので、思わず頭を上げて甚衛門さんを見た。


「ぷ・ぷぷぷ、うえぇ、ぐ・ぐわっはっはっは、愉快だったぞ。こんな愉快な事は生まれてから初めてだ。ぶわっはっはっは、ぎゃはっはっはっはーーーー」


 甚衛門さんの笑いが止らない。いつもの厳粛冷静な甚衛門さんと全く違うおじさんがいた。そこに居たのには、ドラ〇〇・ボールの亀仙人だ。あの亀仙人に甚衛門さんがそっくりだとその時に気が付いた。


 つられて俺も笑った。

皆もゲラゲラ笑っている。

もうこうなると笑いが止らない。腹の底から可笑しかった、はらわたどころか、腸や胃まで捻れそうだ。


そこでしばらく笑っていたが、ようやくなんとか納まった。

涙と鼻水でグショグショになった顔を、井戸の水を汲んで交代で洗って、やっと普通の状態に戻った。



「他家の方々が、屋起しの依頼に参集しておりますが」

芳造が真面目な顔で伝えてきた。だがその目は笑っていた。


「参集、どのくらいの数ですか?」

「へえ、ざっと見たところでは、十家ほどだ」


 その言葉を聞いた皆が、向き合って、こぶしを握った腕を出した。

宣伝作戦、大成功なのだ。甚衛門さんや芳造も一緒にグーをしている。


「よし、お疲れのところだが、もう一踏ん張り願おう。山本どのと村井どのは、手分けして商談に行って貰いたい。木村どの垂井どのは俺と一緒に、材料の補充に材木町まで行って貰いたい」


「おーー」

と、声を発して、それぞれが一斉に動いた。



俺は彼ら四人と、大八車に二流の旗を靡かせて、材木町に向かった。

伊勢屋で昨日のツケの分・五百九十文を支払い、新たに仮筋交いの材料である胴縁を十束買った。一束あれば一棟に少し余る計算だ。十束あれば明日は補充に来なくても良いだろう。


 伏見屋では、ツケの分・千七百九十を支払い、新たに釘を百匁追加した。今日一日で四貫文の稼ぎだ。


甚衛門さんに借りた一貫文を返して、ツケ分の支払い二千三百八十文、手元の日当四百文、残りは二百二十文だ。初日で初期投資の返済が出来て、銭が残ったのは上々だ。

新たなツケ分・八百九十文は明日以降の仕事で減価償却できる。


「親方、あの音頭をとれば調子がでるだ、お頼みだーこ」

と、大八車を引く留吉から要望があった。留吉は木村家の下男で、垂井家の下男の賛作は大八車の後を押している。


さすがに十束もの木材を積み込めば重く、大八車もしっかりと引き心地があるのだ。おまけに木材町からは勾配は少しだがずっと登りになるのだ。


「よーっし、今度は垂井が音頭をとってみてくれ」

夢の木屋の仕事中は、呼び捨てにするように、さっき彼らから要望された。

四人の足軽の年齢は、木村二十五、垂井二十八、村井は俺と同年の三十六で山本は四十と年上だが、要望に応えて作業中は全員を呼び捨てにすることにしたのだ。


「おれたち、屋起し、夢の木屋」

「大阪から、駆け付けた」

「転ばぬ先の、屋起しだ」

「余震の前に、屋起しだ」


 留吉の言葉通り、夢の木屋音頭に力を得たか、大八車は軽快に坂を上り、勢いついでに遠回りして帰ったのだった。

 大通り周辺は町屋が並ぶが、それの西側・外堀近くには再び中規模の大名屋敷が並ぶ。俺たちは音頭を取りながら、その辺りを廻り帰路についた。


 屋起しの顧客は、商家や中小の侍屋敷だ。

それ以外のさすがに大きな大名屋敷だと、これくらいの少人数では手が余る。大大名となれば、国元や他の屋敷から普請方などの人数を繰り出すし、御用達の頭領もいる筈なのだ。


屋敷に戻ると、八家もの商談が決まっていた。それを聞いた皆は、満面の笑顔だ。今日の張り切り宣伝のお陰で、明日と明後日の仕事が確保されたのだ。


俺は芳造に今日残った銭と貰った酒代を持たせて、酒を購って貰うように頼んだ。余った銭は、芳造の駄賃だ。



その夜は、初陣の大成功と次の受注を祝って皆で酒を酌み交わした。楽しい宴だった。俺はすごく嬉しかった。

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