第10話・初仕事!!

文禄五年(1596) 九月八日


「出陣じゃ!!」

と、俺は昨日伏見屋で購った曲り尺を高々と上げて言った。


「おおーー」

と、皆が金槌や梯子・綱を上げて答えてくれた。ねじり鉢巻きをしたいっぱしの職人っぽい彼らの顔が笑っている。


今日は夢の木屋の初仕事なのだ。

太陽は既に中天に上り、天気の良い一日である事を示している。前途洋々なのだ。この仕事が伏見の復興になり、さらに日当が出ると知った兵の士気も高い。


材木や道具類を積み込んだ大八車に、「屋起し」「夢の木屋」と墨書で書かれた二本の旗が左右で揺れている。


この旗は、今朝のサプライズだった。

志乃さんが縫って、甚衛門さんが達筆をふるってくれたのだ。嬉しかった。メッチャうれしかった。テンションがグングンともり上がった俺が、出陣の声を上げたのだ。


土固めが終わって見事に復興した門の前で甚衛門さん、志乃さんや千代坊、他の皆が見送ってくれる中、俺の夢の木屋の一隊はゴロゴロと大八車を押して出陣した。


初陣の戦場は、裏の池田家だ。

そこの母屋二棟と台所と納屋の四棟を昼までに終わらしたい。午後は隣の加藤家だ。初日はこれぐらいで良いだろう。


それが終われば、伊勢屋・伏見屋のツケを払って、次の仕事の準備だ。


 ところが、明日の仕事はまだ入っていないのだ。今日の予定を終えたら、このまま町中を行進するつもりだ。つまり宣伝だ。


 その為にも、初戦を無事成功させなければならない。それでないと自信を持っての宣伝は行えない。まずはこの初戦なのだ。



こちらから朝一に連絡をしていた池田家は、門前で前田差配が出迎えてくれた。彼自らが屋起し作業に付き添ってくれるのだ。


「それでは表屋敷から始めます」

俺が綱を掛ける所を指示すると、皆が一斉に準備を始めた。


 若い木村新作と垂井孫之丈が、綱を掛けて引っ張る役。村井小孫次と山本どのが反対側から止める役だ。それぞれに下男が付いた二人組だ。

小倉家の下男は芳造では無くて、四十過ぎの遠六という男だ。寡黙だが力のありそうな中年男だ。


「よいか、左右で重さが違うはずだ。引っ張りすぎては却って危険だ。左右で引く量を加減しながら少しずつ引くのだ。よーし、引けいー」


 ギシギシと建物が音を立てて直っていく。突っ張り役は、順次つっかい棒を噛ましてゆく。


「やめいー」

と一旦止めた俺は、左右の傾きを確認する。


「奥、木村どの方だけ、一寸ほど引いてくれ」

それで柱の傾きを下げ振りで見る。下げ振りの糸・一間で一分(3mm)は大きいが、その半分・五厘(1.5mm)なら可とした。

これは皆に伝えている。つっかえ棒を入れたなら手は余る。皆で手分けして分担する手筈だ。


 早速、手の空いた山本どのと村井どのが下げ振りを止めて見ている。


「もうちょい、引いてだーこ」

「ちょい戻しだ。ほんのちょいだぞ」


彼らは伊賀言葉を交えながら、引き役・止め役に聞こえるように指示する。俺はそれを確認する。


「よし、ここだ。親方どうですか?」

村井どのの下げ振りを確認すると、三厘ほどの幅で動いている。

「 OK・・いや良し。上等だ!」


次には、仮の筋交いを打つ。

これがなかなかに難しい。基本は四隅。そして間が長い場合は中間辺りで良いが、いずれも人の通行に邪魔にならないように考慮しなければならない。


「ここに、こう言う形に仮筋交いを打ちたいのだが・・」

と、付き添いの前田差配に確認する。


「ううむ、そこに必要なのか・・」

「はい。ここか、その隣あたりに必要です」


「隣か、ならばいっそ端の方が良いな。これは取り外さぬのが良いのだな?」

「そうです。もう揺れが来ないと思えるまでは・・」


「ううむ、・・・ならば端で頼む」

この了解を得ることが重要なのだ。そのための付き添いだ。


 池田家の作業は上手くいった。

それが証拠に前田差配は、約束の手間賃に酒代まで付けて貰ったのだ。皆がてきぱきと動いてくれたお陰で、予定時間より少し早めの一刻半ほどで終了したのだ。

これは幸先が良い。



「おれたち、屋起し、夢の木屋」

「大阪から、駆け付けた」

「転ばぬ先の、屋起しだ」

「余震の前に、屋起しを」


移動中、俺の掛け声のあとに、皆が声を揃える。

勿論ヒントは、兵隊映画のあれだ。これが昨夜考えた俺の必殺の宣伝手段だ。

どうせ夢の中だ。やるのなら楽しくやろうと思ったのだ。


「おれたち、屋起し、夢の木屋」

「大阪から、駆け付けた」

「転ばぬ先の、屋起しだ」

「余震の前に、屋起しを」


と、声を出しながら旗を立てた大八車をゴロゴロと押して町内をわざと大回りして、加藤家に向かった。

皆も初戦が上手くゆき、酒代もゲット、気分上々、つまりノリノリだ。声が段々と大きくなる。


通行人や門前、塀の上にも何事かと見ている顔がある。隣町を回って筒井家の前を通ると、門前に皆が出て手を振っていた。


「いや、何事かと驚きまいた」

加藤家の門前では、山田差配が笑っていた。


「この度の仕事のために、道具と材料を揃えて散財したのです。少しは仕事を取らなければなりませぬので失礼しました」


「いやいや、それは当然の事。当家の門を開けておきますので、賑やかにやられては如何か」

「それはかたじけない。では、お言葉に甘えます」


山田差配は、屋敷内で声を上げて作業しても良いと言うのだ。願っても無いこと。


「それでは、皆の衆、声を合わせて掛ろうぞ、綱ーー引けーーー」

「おおーーー、よいさー、よいさー」


「突っ張り良いかーーーー」

「おおおーーー、突っ張りよーーし」


「下げ振りー、掛れ-」

と言う具合で、皆大袈裟に声を上げて張り切っている。


 差配に仮筋かいを打つ場所を確認して、

「そこだー、仮筋、打てーーぃ」

「カンカンカン」「カンカンカン」「カンカンカン」


 なんか、軍扇を振りたくなってきたぞ・・作るか・・って誰でも使ったら駄目だろうな・・・身分ってものがあるのだ。


屋起し、建物の一方向が賑やかに終わった。


ふと視線を感じて、振り返ると門前から大勢の人が覗いていた。門内では屋敷の者が立ち並んで見ている。


(よしっ!)と俺は心の中でガッツポーズを取った。宣伝効果上々だ。


「妻行(つまゆき)方向掛れ---」

と、俺は想像上の軍扇を振った。


「おおおーーー」

と、何故か一旦俺の所に戻っていた皆が、再び母屋に取り付いた。つまり再び攻撃に移ったのだ。戦だ。屋起しの陣だ。


 ちなみに、一般的に切妻(きりづま)という構成の建物は、屋根の掛っている棟木の方向が桁行(けたゆき)で、その直行する側が妻行方向だ。その壁を妻壁という。


 妻行方向も無事屋起しして仮筋交いを入れ、作業を終えた。


「これにて、一軒落着!!」

 (^_^;)\(・_・) オイオイ遠山の金さんかいって、って自分で突っ込みをいれた。


「夢の木屋どの、屋起し誠に見事であった!!」

って山田差配もなんだかノッテいるし・・・・、下男がうやうやしく代金を差し出してくる。


「約定の代金に酒代を付け申した。お受け取り下されー」


「やあやあ、それは真にかたじけなーーし」

と、歌舞伎役者の大見得を切った気分で言った。やったぁ、又しても酒代ゲットだ。幸先良いぞー-


「ではこれにてご免つかまつるぅ!」


木村と垂井が先駆け、下男四人が大八車の前後について、俺と山本が後詰めの隊型で堂々と門を出て、すぐ隣の筒井屋敷に向かった。


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