第8話・仕事キター。


「お城では、六百名余の死者が出たようです。町場では二千を越えるとか・・」

甚衛門さんが聞き込んで来た情報を話してくれる。

「それは、大変な人数で・・」

この狭いエリアで三千もの人が亡くなったのだ。周辺の町でも相当数の被害が出ているようだ。まさに歴史に残る甚大な災害だ。


 今日は地震から三日目だ。時間が経つにつれ多く人々が、埋もれた人々の救出作業に出て来ていた。それで今朝までに、倒壊した建物の下にいる人の救出作業はほぼ終わったようなのだ。



「英蔵親方は某を使ってくれるだろうか・・・」

と、先の事を考えた俺は、思わず独り言が出てしまった。

救出作業が一段落すると、次には人夫でもして収入を得なければならない。異邦人の俺でも、日々の収入さえあれば何とかなるだろう。


「秋山さんの食い扶持と住む家ぐらいは、用意できます。心配ご無用ですぞ」

「某は、こちらのお殿様とは何ら関係も御座らぬで、そういう訳には行くまい・・」


「いえいえ、そうでは御座らぬ。秋山さんは某と志乃の命の恩人で、傾いた屋敷を無償で直して頂いたのじゃ。勿論、殿にはご了承を貰いますぞ。既にこちらの現状報告と共に秋山さんの事は、書状に認めて国元に送っております」


「しかし私も、自分で出来る仕事を探して自立せねば・・・」

「ならばお尋ねする。侍としてご当家に仕えませぬか?」


甚衛門さんの顔は真剣そのものだった。勿論それなりの地位にある者として、冗談では言える事では無い。

俺は甚衛門さんのその気持ちが嬉しかった。嬉しかったがそれだけにはっきりと返事をしなければならない。


「誠に有難い申し出だと思います。ですが某、どうも我が儘気ままに出来ておるようです。これでは主に仕えるなど無理であろうと思えます」

「はっはっは。やはりそうでしたか。秋山さんはそう言われるだろうと某も思っておった」

と、甚衛門さんは志乃さんを見た。志乃さんは悲しそうな顔をしていた。


「面目ない」

俺は二人に謝った。筒井家奉公のことは志乃さんの希望もあったのだろう。

それにしても、甚衛門さんは鋭い読みをしている。


この弱肉強食とも言える侍の時代に生き抜くためには、表情や言動で相手の真意を見抜く鋭い目が必要なのであろう。

もしそれを怠れば、簡単に罠に嵌められる、或いは攻め滅ばされるのだ。それは現代に生きる人々が無くしてしまっている真剣さだろう。


 歴史小説が好きな俺は、武士になるのも悪くないと思う。だがそれも時代による。この先の時代は、まさに武家に取っては暗黒の時代だ。そういう時代に大名家などに仕えたくないというのが俺の本音だ。


群雄割拠の時代が終わったのだ。これからは、天下分け目の関ヶ原と二度に渡る大阪の役のあと徳川政権になる。

そこまで読みを間違えずに生き残った大名家も、外様譜代問わずに数十年に渡るいわれ無き大改易ラッシュが待っているのだ。

黄金ラッシュならいいが、理不尽な首切りラッシュだ。浪人とその家族数百万人が路頭に迷う。


だが、そう言う先の事は言えない・・・。

筒井氏はこの先、どうしたのかな?俺の記憶には無い。

関ヶ原のあと、伊賀と伊勢はあの藤堂高虎の領地になったのは知っている。

筒井氏どこに行った?ともかく・・・そんなこと、とても言えない。


「いや、親方の下で迷惑掛けるよりは只の人夫のほうが良い。その方が気楽だ。それで資金を貯めて、何かを作ってみたいのです」


この時代、家具類はあまり使われていない。勿論ライフスタイルというのがあるけれど、現代でしていたような仕事をしたい、面白そうなのだ。

それには場所と材料と工具が必要だ。その為には、労働して資金を得ることが不可欠だ。

ここには地震からの復興のために、異邦人の俺でも体一つで出来る仕事は無限にあるはずだ。


「うむ、人夫も悪くは無いだろが、秋山さんには沢山の嘆願が来ておりますぞ」

甚衛門さんが笑いながら言った。


「た・嘆願?」

「そうです。我が屋敷も屋起しをして欲しいと両隣の屋敷から言われての。それを受ければ、他の屋敷からもっと依頼が来ると思われます。これを仕事として受けられてはどうかの」


「・・それは願っても無い事。ですが一人では出来ぬ、私には手伝ってくれる者がおりませぬ」

「あの者たちを使えば良い。門の土固めもほぼ終えたし、あの者たちは、伏見の復興のための応援なのじゃ。使えば良い」


 大阪屋敷からの応援組を使えと甚衛門さんは言っているのだ。

彼らならばここで一度屋起しをした経験がある。その時の様子を思えば、きっと旨く行くだろう。それは願っても無い事だった。


「分り申した、その様にお願い致します。だが肝心の費用の事が分らぬのです。それをご教授願いたい」

 仕事を受けようにも、俺にはこの時代の材料代や道具代、適当な手間賃が分らない。そもそも貨幣の価値・物価というものが分らないのだ。その点は俺の事情を知る甚衛門さんに相談するしか無い。


「そういうことは英蔵親方に聞いた方が良い。使いを出して来てもらおうか?」

「あ・いや、多忙な親方に来て貰うのは気が引けます。それならば私が出向いて聞いて参ります」


 英蔵親方のところには、家の修理や立替えの依頼がとんでもない事になっているという。その多忙な英蔵を、教えを請うのに呼び出すなんて出来ない。


「それが良かろう。ならば芳造に案内させる」

 と言う訳で、下男の芳造の案内で栄蔵親方の土場(どば:職人が仕事をする場所)に向かった。



芳造は大和出身で若い時から小倉家に仕えている老爺だ。


「芳造の在所は、大和のどこか?」

「わしの在所は、大和の山あいで曽爾という村だよ」


「そうか、近くに倶留尊山があるところだな」

「へえ、よくご存じだ。驚いただ」


「何、それがし山に興味がある。あれは良い山だ」

「そうだすなあ。まあ良いも悪いも廻りは山だらけの土地だあ」


倶留尊山は、現代には曽爾高原に観光と一緒に登る山だ。ススキの風景が綺麗で秋にはかなりポピュラーな山なのだ。


「甚衛門さんも大和と聞いた。志乃さんも大和なのか?」

「へえ、甚衛門さんは名張だ。志乃さんは宇陀ですだ」

「そうか・・」

同じ大和でも皆それぞれに在所が違うのだ。



「此処いら一帯が伏見湊だよ。各地からの品物がそれこそ山のように集まって来るだ。この川は高瀬川と言い、京の都から流れて来て伏見城の外濠となっているだ」

伏見の南には宇治川から引き込んだ湊があった。湊には沢山の川舟が浮かび、大きな区画の敷地には立派な蔵が建ち並んでいる。


「ここらが材木町だ。大工町はすぐ近くで、まわりには道具屋町や金物町などがあるだよ」


前面の濠川に丸太を浮かべている材木商が並んでいる。いずれも広い敷地に丸太を山積みで保管している。

その横では斜めにした丸太に、褌一つに手拭鉢巻きをした男達が乗っている。木挽きの作業風景が辺り一面で行なわれて、杉や檜の匂いが濃く漂っている。


英蔵親方の土場は、そこからあまり離れていない一画にあった。折しも材木屋の運んで来た材木を受け入れているところだった。


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