第5話・刀ゲット!
炊き出しを貰ったあとも英蔵親方らと協力しあって作業をした。
英蔵親方のチームに、俺が組み込まれている感じだな。とにかく瓦礫を除去しての救出作業は一人では効率が悪いのだ。
季節は初秋だと言うが、まだ充分に暑い夏だ。
強い太陽は真上からなかなか動かない。風が土埃を巻き上げ、汗にまみれた体にはそれが張り付いて、着ている服も汚れが酷くなった。
そんなで俺も、現地人の英蔵親方らとなんら変わりは無くなった。
もう異邦人には見えないだろう。ごめんな、早紀ちゃん・・・。
夕方いっぱいまで救出作業にあたった。
ヘトヘトに疲れてはいたが、まだ瓦礫の下敷きになって助けを待つ人がいるのだ。だがさすがに暗くなり始めると瓦礫の下を覗けなくなった。今日はこれまでにしよう。
薄暗くなる中、通りの要所には篝火が焚かれた。指示役の町役人が救助に当たり帰る者たちに声を掛けている。
俺も丁重に礼を言われた。救護所周辺で横になる者たちがいた。俺もそこで休めるようだが、甚衛門老人と志乃さんらがいる屋敷に向かった。
足が棒のようになり体も擦り傷だらけ、とにかく疲れた。
おかげでタイムスリップして別の時代に飛ばされたことを考える余裕も無かった一日だ。
良い顔はされないかもしれないがこうして帰る所があるのは僥倖だ。とにかく今夜はあそこで世話になろう。唯一の持ち物の毛布も預けてあるのだ。もし断られても暖かい季節なのであの毛布さえ有れば何処でも寝られる。
などという俺の心配をよそに、筒井屋敷の門前には志乃さんと娘が立って待って居てくれた。
「秋山様、お帰りなさいませ、遅くまでご苦労様です」
「秋山ちゃま、おかえりなさいませ」
母子が明るい声を掛けてくれた。
嬉しかった。この時代で俺の帰りを待って居てくれる人が居るなんて、思わず泣きそうになった・・・。
「ありがとうござる。疲れ果て申した」
って、自然に武家言葉が出た。やはり時代小説で慣れているからか、武家言葉が言いやすい。
志乃さんに井戸端に連れられて、これに着替えるようにと替えの着物を渡された。夏用の薄手の着物と下着=フンドシだ。
俺は一瞬戸惑ったが、フンドシは腰紐を巻いて布を通すだけだ。簡単だ。
ううむ・・・・・・。
なかなかに涼しくて、さらさらした布地が気持ち良い?・・好きかも。
とにかく井戸水で体を洗ってさっぱりとした。気持ちいい。
甚衛門さんは夕食を用意してくれていた。
普通は一日二食で夕食は無いらしい。もっとも、今日のように遅くまで働いた時には、お茶漬けなど簡単なものを食べるらしい。と言う事を後で聞いた。そのために普段は午後の仕事を早めに終えると言うことだ。
用意してくれた夕食は、めしとみそ汁、漬け物に焼き魚が漆塗りの箱膳の上に乗せられている。
夕食の無いこの時代にしては、たぶん豪華なのだろう。
米は現代のように精米していなくて、白い米ではない、胚芽とか入っていてこちらの方が栄養満点だ。
箱膳の前に正座して、甚衛門さんを見習いながらの夕食だ。甚衛門さんは、この時代の先生なのだ。
給仕には志乃さんが付いていてくれた。
志乃さんの名前は土屋志乃で娘は千代、志乃さんの夫は、五十石取りの足軽頭・土屋新蔵と言う名前だったが、戦で亡くなったという。
朝方は下屋敷を見に行っていた山本真二郎という侍も一緒だった。
西の方角・山の手にある筒井氏下屋敷は建物・人ともに無事だと言うことだ。
山本どのは痩身で甚衛門さんよりやや背が高い。武張った雰囲気は無いが勘定方というので算数に明るい人だろう。鬢に白いのが混じり五十がらみに見えるが、この時代の人は総じて老けて見えるのでもっと若いのかも知れない。
「差配と志乃どのをお救い下されて、誠に忝い」
と、山本どのは深く頭を下げた。
「当然の事をしたまでです」
食事と泊めて貰えるだけでお礼なら十二分なのだ。それに志乃さんにはあれも見せて貰えたし・・・・。
若布の入った味噌汁は少し塩気が多いが、大汗をかいた体には旨かった。めしを二杯もおかわりして、最後はみそ汁をかけてかっ込んだ。
それも甚衛門さんの真似だ。
現代では猫マンマといってあまり褒められた食べ方とは言えないが、ここの時代では大名屋敷の差配がするぐらいだから、そういう食べ方は普通なのだろう。
まあ、飯とオカズの割合が悪いのだ。現代に比べて、飯が異常に多いのにオカズが少ない。最後は猫マンマになるのは仕方がない。
「新蔵は体も大きく、武勇に優れていた男であったが、残念な事であった・・」
夕食の後で、酒を酌み交わしながら甚衛門さんは色々なことを話してくれた。
秀吉の小田原攻めの緒戦で筒井勢は、韮山城攻撃に加わった。
それは凄まじい激戦であったようだ。守る側より攻める側の兵力の損失が遥かに多いのは当然だ。その際に多くの兵と共に土屋新蔵も討死したという。
「その折には、まだ千代は生まれていなかった。それ故、千代は父親の顔を知らぬのじゃ。それが不憫である。土屋の家も頼りになる親類がいなくての、それで儂の手伝いをしてもらっているのじゃ」
「さようでしたか・・」
「志乃もまだ若い、世の中が落ち着いたら良い男を探して土屋の後を継がせたい。だが、世の中の動きが激しくてなかなか収まらぬのよ」
小田原攻めから奥州征伐、各大名は新領地の経営もあるなかでの朝鮮の役、この伏見城もそうだが壮大な名護屋城と城下の建設。天下普請が相次ぐ。
この時代を生きる侍は、まさしく息も付かせぬぐらい目まぐるしい毎日だろう。
筒井の殿様も兵を伴い帰国されたらしい。これでやっと領国の経営に身を入れようと言う矢先、訪れた明国の使節団の謁見で束の間の和議が破却された。
朝鮮の役は朝鮮国を舞台にした日の本と明との戦いでもあったのだ。
領国の交渉担当者が戦いを収めるために、双方共に嘘の報告をしたのだ。それが使節団との謁見によって秀吉の知るところになった。
これにより、朝鮮への再出兵が決まった。
そこにこの地震が起きた。しばらくは復興に全力を注ぐしかない。だがその後は、再び出兵だ。
この時代の世の中の動きは、激し過ぎるほど激しい。
「大阪城下に屋敷がある。ゆえに元々伏見の屋敷には殿が住むことも、大勢の者が住むことも想定していないのじゃ」
ここ伏見屋敷にいる者は、武家身分の者は、差配の甚衛門さんと山本どのと志乃さん母子だけ。それに下男二人、下女二人、小女一人の九人で、下屋敷には夫婦者二人だけと言う。
「ところで秋山どのは、武家のような気がするのに刀を持たれておらぬ。そのことで何か覚えておられぬか?」
その問いに俺はただ首を捻って応えた。そう聞かれてもどう言ったら良いのか解らなかった。
「ふうむ、そうか。・・・ならばちょいと持ってみぬか」
甚衛門は床の間から刀を取って、俺に差し出した。
「・・・拝見いたす」
俺は両手で受け取ると、抜いても良いかと甚衛門に目で聞いた。頷いた甚衛門を見て鯉口を切ると、ゆっくりと抜刀して目の前に立てた。
手入れはされている。白く光る刀身は使い込まれた本物の迫力がある。刀身は二尺一寸五分ほどか、短めの刀だ。どこの刀匠の作なんてのは解らないが、ゆったりとした刃紋が実に美しい。
「・・やはり刀の扱いになれているな」
作法どおりに刀を返すと甚衛門が呟いた。
俺は池波小説の無外流の剣客・秋山親子に憧れて居合術を学んだのだ。
勿論、稽古に必要な二尺五寸の居合刀も持っている。居合刀は刃が付いていないだけで本物の刀と変わらない。
刀を扱う作法は、居合道で最初に覚えることだ。
「それは、殿に拝領したもので譲るわけにはいかんが、もっともお主には短いようだ・・」
俺の身長は170cmだ。現代では普通だがこの時代では背が高い方だろう。甚衛門さんは五尺二寸(155cm)ほどで、ごく標準的な身長だろう。
木工職の俺は、尺寸の単位もごく慣れ親しんでいる。木工や大工は現代でも尺寸の単位も使っているのだ。五寸釘とか六尺の柱、一寸三寸の間柱とかいう呼び方は普通だ。
「旦那様の刀があります」
と、志乃さんが言い出した。
「新蔵の刀はもう少し長かったな。だが良いのか」
「構いません、秋山さんはわたくしの命の恩人です」
「ふむ、それは儂も同じ。・・秋山さんも無腰だと、まさかの事があるやもしれぬ。常に刀は差しておくべきだ」
と、本人を差し置いて二人が勝手に話を進めているぅ・・(^_^;)\(・_・) オイオイ。
「あ、いや、私は・・」
と、進行を止めようと手を出したが、志乃さんはさっさと出て言った。そしてすぐに大事そうに胸に刀を抱えて戻って来た。
「秋山さま、これを使って下さい」
志乃さんは刀を両手に捧げて出した。
「いや、私はこのままで良いのです」
「駄目です。この刀はそれ程良い物ではありません、お持ち下さい」
志乃さん受け付けてくれないぅぅ・・。甚衛門さんも真面目な顔で頷いている。だめだコリャ・・
「こんな高価な物を頂くわけにはいきません」
俺の正直な気持ちだ。刀はめっちゃめっちゃ高いのだ。
戦で臨時に召集する足軽用の数打ち物ならそうでも無いかも知れないが、亡き新蔵さんは二十人を指揮する足軽頭だ。所有している刀は、数打ちのなまくらでは無いだろう。
この時代の武家の家は拝領屋敷で、自分の持ち物では無い。着る物は高価かも知れないが、家具や道具などはあまりない。
と言う事は、武家の屋敷で一番高価なのが刀だろう。それこそ給料の年収を超えるかもだ。この時代、それほど棒給は高くない筈だ。現代で言えば自動車のような価値観だろうか、そう簡単に貰えられる物ではない事は確かだろう。
「ならば、お貸しします。お使い下さい」
志乃さんの目が怖い。さすがに武家の奥方の覚悟を感じる。身を守る為には自決さえ選択出来るのだ。これ以上辞退出来ない雰囲気だ。
「お預かりします」と、俺は折れた。志乃さんには敵わない。
あそこを見せて貰ったし・・・・
俺が案内されたのは、志乃親子の隣の長屋だった。
ふと見上げた夜空に、俺はあんぐりと口を開けたまま固まった。
(なんという!!)
まるで宝石箱をぶちまけたみたいだった。とんでもない数の夜空いっぱいの星が、明るく大きくキラキラと輝いている。単純に美しいなんてものじゃない。圧倒される煌びやかさだ。
(そうか、明かりか・・・)
この時代には、夜空を照らす電気の明かりが無いのだ。それで本来の星空の美しさが見られるのだ。電気は実に便利だが、この美しさを見られないのは考えものだ。
長屋は九尺二間の間取りで、入り口の障子を開けると三尺の土間があり、残りは一段上がった三畳ほどの座敷が有るのみだ。台所・便所・井戸は屋敷内で共用だ。
風呂はどうだろうか?屋敷内に有るのか無いのかまだ解らない。
座敷の上には、二つに折れる衝立、竹で作った行季と板で組んだ箱、それに小さな行灯だ。
家具類はそれだけ、実にシンプルである。
行灯には明かり入れられていた、その仄かな明かりが狭い部屋を浮かび上がらせていた。
ここは、伏見城を訪れた藩の者などがたまに泊る臨時の宿泊所という扱いだと言っていた。それを甚衛門さんが下男・女中・小者を使って管理しているのだ。
案内された長屋の座敷には、俺の毛布も置かれていた。取りあえずそれを敷いて横になった俺は、昼間の疲れもあって、これからの事を考えるまでも無く爆睡してしまった。
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