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「おーい」
そんな呼び掛けをされてから、現実世界に戻された感覚がして、今自分がどこにいるのかも思い出すことが出来た。
「話聞いてたか?」
「すまん。なんだっけ?」
浅いため息を吐いてから、ショータが話を続けた。
そのまましばらく話してから、ショータは病室から出ていく。
一人になると、この空間がとても孤独に感じた。病院に充満する消毒液の臭いは、少し嗅いだだけで、ここが清潔な場所であることを教えてくれる。
孤独感を紛らわせるために、スマホの電源を入れて、曲を流す。
今日の昼にも言ったが、俺は曲を聴くのが大好きだ。
アイドルユニットや、歌手が歌っている曲を聞くのも好きだが、ピアノや、サックスだけの音を聴くのも好きだ。
ショータの話を聞き流していたのは、昼の出来事を思い出していたからだろう。
「りんどうあかね」
そう口にすると同時にスマホからは、ピアノの音が聴こえてくる。
この曲は、ドビュッシーの月の光だったと思う。
正直に言うと、俺自身はあまり曲の知識がある訳では無い。父も母も、音楽を生業にしている訳では無いが、どちらも曲を聴くのが好きなため、その影響を受けて曲を聴くようになり、自然と好きになっていった。
曲が何曲か流れてから、ドアを叩く音が聞こえて、スマホの電源を切った。
「俺だ」
少し潰れたような低い声は、父の声だ。
「いいよー」
適当に応えると、ドアが開き、ベッドの横の椅子に父が腰をかけた。
「すっかり元気そうだな」
「これが元気そうに見えるなら、あんたの目はイカれてるよ」
俺の姿を見た父親に冗談混じりでそう返すと、ここが病院であるということを忘れたかのように、大声で笑いだした。
この部屋は個室で俺しかいないため、周りの人に迷惑にはならなかったとは思うが、声のボリュームは抑えて欲しかった。
ショータの時と同じように、しばらく話してから父が部屋を出て行った。
「大会も近いししっかり治せよ」
「はーい」
父が言うように大会は一ヶ月後にまで迫っていた。
その焦りもあったからなのかは知らないが、最近走ることが多くなったため、このような事故にあってしまったのではないかとも思う。
最近走ることでしか、自分の価値が測れないような気がして、時間があるとすぐに走りに行ってしまうようになっている。
小さい頃は違っていたはずだった。
小学生低学年の頃の俺は、外で遊ぶのがとにかく好きで、家に帰ったら直ぐに友達と集まって遊んでいた。
その頃の俺は、特別運動が得意なわけではなかったが、友達と一緒に遊んでいるという状況が好きで、宿題もしないで遊んでいたため、先生に叱られることも多かった。
小学生高学年の頃になると、身体に変化が起こってしまった。
今までは、周りの人と大差のなかった俺の身体能力は、急に人が変わってしまったのではないかとも思えるくらいに成長し、気づいた時には、周りの人を置いていっていた。
低学年の頃から入ったスポーツクラブでは、球技においては周りよりも劣っていることがあり、ベンチに座っているだけのことが多かったが、陸上の走るという競技においては、周りから一目置かれる存在になっていった。
小四では三位、小五では二位、小六ては一位というように、同じ大会でも歳を重ねる事に成績が良くなっていった。
練習のときでは、周りに人がいないことが増え、走るというのは自分との戦いであることを知った。
同じ学年の人でも周回遅れにしてしまうようになってからは、クラブ内での絶対的地位を獲得してしまった。
そんなある日に気づいてしまったのだ。
自分が独りであるということに。
今までは走っている時だけが、独りの時間だったはずだったのに、学校にいるときも、学校から家に帰った時も、クラブに参加している時も、独りになってしまっていたのだ。
幸いだったのは、家にいる時は、独りではなかったというとこだろう。
三人家族で、共働きのため、父も母も家にいないことが多かったが、そんな時は自分の部屋で曲を聴くことで、気を紛らわしていた。
クラブのことを両親に相談すると、すぐに手続きをしてくれて、無事に辞めることができた。
中学校になってからは、少しだけ環境が変化した。
部活では、陸上部に入部したのだが、今までに見たことのない人達とも会うことができ、自分よりも強い存在に出会ったことにより、独りでいる時間が少しだけ少なくなった。
大会でも、市、県、全国へといくにつれて、独りでいることが難しくなり、より陸上に専念するとともに、友だちと呼べる存在とも出会うことができた。
高校生になってからも陸上部に入部することができたのは、中学生の頃にできた友達のおかげだと思う。
高校生になって初めての大会が約一ヶ月後にまで迫っているのだから、気持ちがはやるのは仕方がないような気もする。
いろんなことが頭の中で漂っている今の現状では、きっと良い結果など出るはずもない。そんなことは、今までの経験から十分すぎるくらい分かっているはずなのに、考えることを止めることができない。
トントントン
ドアを叩く音が聞こえて、独りの時間が終わりを迎えた。どうやら、夕飯の時間らしい。入院初日の夕飯にわくわくする気持ちと一緒に、昼食と同じように薄味だったらと思うと、少しだけ食欲がそがれた。
自分の前に置かれた食事を看護師が出てってから手をつけると、予想していたように薄味だったが、一週間の辛抱だと思うと、普段と変わらない速さで食べ進めることができた。
明日も今日と同じように、外に出ることを考えながら食べていると、いつの間にかおかずがなくなっていて、残ったご飯を味噌汁で流し込み、ナースコールのボタンを押した。
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