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「検査の結果、異常は見られませんでした」

「良かった」

医者と母がそんなことを話している間、長い検査のせいで、眠くなっていた俺は、話を聞き流していた。

「お母さんの方は、書いていただきたい書類があるので、こっちに来てください」

「分かりました」

看護師がそう言うと、医者も一緒に部屋を出ていこうとするので、俺はここに待っていないといけないのかと思ったが、熊谷さんが部屋を出る時に、部屋に戻っていいよと、言ってくれたことにより、先程受け取った松葉杖をぎこちなく動かして、自分の病室まで歩いた。


しばらく待っていると、母が病室まで来て、いろいろ話してから、また来ると言って部屋を出ていった。

話を要約すると、異常は見られなかったが、軽い打撲などがあるのと、頭を打っているということから、検査入院で一週間ほどここに居続けなくてはいけないらしく、これでもかと大きく息を吸って、今までにないくらいの大きな溜息を吐いてみた。

部屋から出ていく母の顔は、少しやつれていて、心配をかけてしまったのだあらためて実感したのと同時に、心配性をどうにかしてほしいとも思った。

スマホを開くと、友達からのメッセージがたくさん届いていて、少し驚いてしまったが、救急車で運ばれたと連絡したら心配になるのも分かる気がするので、面倒だと思いながらも返信をした。

「今、授業中じゃん」

そんなことを言いながらボーッと窓の外を見ていると、なるはずが無いスマホの着信音が、部屋中に響き渡った。

「もしもし」

「なんだ元気そうじゃないか」

スマホの画面にも映っていたが、父親からだ。

「少し体が痛むけど、今は大丈夫だよ」

「そうか。病院に運ばれたって聞いた時は、びっくりしたぞ」

母と似て、心配性の父は、母から連絡を受けて、電話をかけてくれたらしい。

「仕事中だろ。仕事しろ」

「うるさいな。分かったよ」

その声を最後に、スマホからは音がなることはなく、電源を切り、もう一度窓の外を見る。

朝見た時よりも、青く眩しい空は、雲なんてなくて、澄んでいるとはこのことだと思い知らされた。


いつもよりも、だいぶ薄い味の昼飯を食べ終わり、昼寝をしようかと思っていると、スマホが鳴る。

「もしもし。ショータどうした?」

「おお。思ったより元気そうじゃん」

俺がショータと読んでいるのは、同じクラスの、木村翔太(きむらしょうた)だ。

俺と同じく、陸上部の長距離を走るグループに所属していて、一年生の時も同じクラスだったこもとあり、部活内では、一番と言っていいほど仲がいい。

「体はどうなんだ?」

「昼飯を食べる前までは痛かったけど、食ったら治った」

「なんだそれ」

ショータと冗談交じりの会話をしていると、部屋の扉が叩かれ、看護師さんの声が聞こえた。

「すまん。検査の時間だわ」

「了解。部活終わったら見舞い行くわ」

ショータの言葉に返事をしてからスマホを置き、松葉杖で病室の外に出る。


軽い検査の後は、リハビリをして、自由時間になった。

リハビリの動きが良かったからか、松葉杖を使っての移動を許可され、外のベンチに座ることにした。

「眠たくなってきた」

独り言を言って周りを見ると、広場らしきところに、大勢の人が集まっているのが見える。

「なんかあるんかな」

「この後、演奏会があるんです」

静かなその声は、俺の独り言に応えると、風にのってどこかへ飛んで行った。

「私、霞ヶ丘高校の凛堂茜(りんどうあかね)です」

俺が黙っていると、慌てた様子で、自己紹介をする彼女の姿に、思わず笑みがこぼれた。

「俺は、立花第一高校の東村奏多。よろしく」

「こちらこそよろしく」

笑いながらそう口にすると、少し怒ったような顔をしながら、お辞儀をしてきた。

「皆、同じような服来てるけど、吹奏楽なの?」

「うん。今日は演奏会で、病院で披露するの」

見た目からは、とっても大人しそうで、人見知りしそうな人だと思ったが、案外、気さくに話してくれる。

「人は見た目によらないんだなぁ」

「なんの事?」

「なんも」

俺の癖は、独り言が多い事だが、声は小さい方だと思っていたが、そうじゃないのだろうか。

「独り言大きかった?」

「そんなことないと思うけど、私、耳がいいから」

「なるほど」

しばしの沈黙が、周りを支配するが、その沈黙すらも心地よく感じる。

まるで音楽の間奏のようだ。

「音楽。好き?」

「え?」

まるで心を見透かされたみたいで、びっくりしたが、マヌケ顔をもとに戻して、返事をする。

「それなりに」

「人は見かけによらないね」

「誰だって音楽は好きでしょ」

そう俺が言うと、少し笑ってから立ち上がり、いたずらっ子のような笑みを浮かべて口を開く君。

「明らかにスポーツマンで、運動馬鹿そうじゃん」

楽しそうにそう口にしてから、足早に広場にかけていく君の背中を見ながら、時が止まったような感覚に陥る。

「恋か……」

その声は、先程の彼女の声と同じように、風に運ばれて飛んで行った。

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