第7話
そして一年が過ぎ、卒業式まであと僅かとなった。
いや、色々あったのである。ありはしたのだ。だが格別ここに記すほどのことでもないので、ダイジェストでお送りしようと思う。
それは例えば、真夏の頃。反国組織ナンヤネンが、初めてハチリアーヌに接触を図った時のことである。
「ククク……ハチリアーヌ嬢。今の国に疑問は抱いていないか?」
「なんでぇ、オメェさん!? ギモンだかカモンだか知らねぇが、面倒ごとはゴメンだぜ!!」
(ハッ! コイツは確か“トキメカル☆オズミカル2”に出てくる反国組織……! いけねぇアニキ!)
「……ん? どうしたよ、クマ」
「あ、アニキ! このお方の肩に蚊が止まっていやす! 刺されっちまう前に叩いてやってくだせぇ!」
「お、おう。そんじゃじっとしてて……」
「アイアンバルク!!!!」
「ぎゃーっ!!!!」
ナンヤネンの幹部は吹っ飛ばされた。グマニスは少し怒られかけたが、クシャミがたまたま呪文になってしまったと釈明し許されたのである。
それは例えば、秋の頃。セブイレ校長をデートに誘いたいから影で応援してくれと、ミラーノに頼まれた時のことである。
「こここここ校長先生に! 恋の魔法にかけてきてやるんだから!!」
「落ち着けミラ公! オメェさん結構粗忽モンなんだからよぉ!」
「やるわ、やる、やるのよ私! 大丈夫、簡単よ大丈夫、ただ花壇にお水をやりに行きませんかと誘うだけで……!」
「アネキィ! アネキなら大丈夫です!」
「行ってこい、ミラ公!」
「あたぼうよ!!」
ジョウロ片手に、ミラーノはカサカサカサカサと小走りで駆けて行った。彼女の勇姿を見守るたおやかな乙女は、胸に白魚のような指をあててホッとため息をつく。
「まったく、首ったけになるのはいいがどうもアイツはそそっかしくていけねぇなぁ」
「そこがアネキの可愛い所でさぁ、アニキ!」
「おう、そん通りだ! ……ん? おいクマ、あそこにいるのは……」
ハチリアーヌの指差した先にいたのは、いつか見たナンヤネンの幹部。しかし、普段から楽しいことしか考えていないハチリアーヌが彼を覚えているはずもなかった。
「んー……どっかで見たことがあるような気が……」
「!! アニキ! あっしはアイツを知ってます!」
「へぇ、誰でぃ」
「ミラーノのアネキの恋敵です! しかも校長を手篭めにする為には、敵を火責め水責めにすることすら厭わねぇド外道なんです!!」
「ふぅん、そりゃ見過ごせねぇな。そんじゃちょいと声でもかけ……」
「アイアンバルク!!!!」
「ぎゃーっ!!!!」
ナンヤネンの幹部は、迫りくる筋肉の風圧によって吹き飛ばされた。グマニスは注意されたが、「アニキガンバレ」を言い間違えたのだと釈明したら許されたのである。
それは例えば、冬の頃。トノラ王子が、どうにも目が離せない麗しき婚約者ハチリアーヌとクリスマスを共にしようとしていた時のことである。
「アイアンバルク!!!!」
「ぎゃーっ!!!!」
トノラ王子は、腕立て伏せをするハチリアーヌの上腕二頭筋が放つ波動によって吹き飛ばされた。流石に自分の身に起きた出来事に理解ができなかった王子が、ハチリアーヌに釈明を求めようとした所……。
「あー、クソッ……いててて」
「おや、大丈夫ですか」
「あ、これはこれは親切にどうも……」
「いえ、吹き飛ばされた者同士助け合うのは当然……む!? その胸に彫られた入れ墨……貴様、反国組織ナンヤネンの幹部だな!?」
「な、何!? クソッ! なんでこんな所に王子が!」
なんと、たまたまナンヤネンの幹部が一緒に吹き飛んでいたのである。惜しくも男は取り逃した王子だったが、ハチリアーヌが反国組織に狙われていると確信するには十分だった。
しかし、何故ハチリアーヌは自分もろともナンヤネン幹部を吹き飛ばしたのか。実は王子は、既にその真意を察していた。
「ハチリアーヌ……君は秘密裏に、私にナンヤネンの存在を伝えようとしたのだね。表沙汰にすれば、他の生徒達を混乱と恐怖に陥れると思って……。だからこそ、婚約者である私を信頼してあのようなことをしたのだ。ああ、なんと気高くて慈愛に満ちた、聡明で愛らしき女性なのだろう!!」
王子はもう殆どハチリアーヌのストーカーになっているので、自分に都合の良い妄想はお手の物なのである。
こうして一年が過ぎ、あとは卒業を残すだけとなったのだ。ハチリアーヌは友と己の力で魔法が使えないことを隠し通すことができ、ミラーノはたゆまぬ努力と恋の力で首席になり、グマニスは何故か卒業証書がもらえることになった。まさに全てが大団円で終わろうとしていたのである。
しかし、反国組織ナンヤネンが、超魔法増幅体質であるハチリアーヌを諦めるわけがなかった。
「ハチリアーヌはジャスコ家の令嬢……! 卒業し家に帰れば、二度と近づくことはできん! 拐うならば……卒業式の一瞬の隙をつくしかない!」
大波乱の卒業式が、今始まろうとしていた。
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