第6話

「アニキィィィ!!!!」


 だが、一早く異変に気付いたグマニスがハチリアーヌに“アイアンバルク”を唱えていた。鋼鉄の筋肉で全学生の防壁となり衝撃を受け切ったハチリアーヌは、ゆっくりと顔を上げる。


「チクショウ……! なんだってんだ!?」


 ハチリアーヌの目の前にいたのは、毒々しい色合いの花弁の中に牙のある口を覗かせ、巨大なツタをうねらせた凶暴植物ゴッツェエ。通常であれば五センチ程度で収まるはずが、莫大な魔力を注がれたことにより突然変異を遂げてしまっていたのである。

 ゴッツェエは「シャアア」と植物にあるまじき雄叫びをあげると、近くにいた女生徒にツタを伸ばした。


「きゃああああ!」

「危ねぇ!」


 女生徒に届く前に、ハチリアーヌは己の胸筋でツタを弾き飛ばす。奇しくも彼女が守った女生徒は、ハチリアーヌにゴッツェエを仕掛けた張本人であった。


「ハチリアーヌ様……どうして私なんかを……!」

「危なかったからに決まってんだろ! ミラーノ、コイツ連れて逃げてくれ!」

「合点承知!!」

「さぁ、悪ぃ奴には仕置きをしてやらにゃなるめぇよ!」


 両拳をかちあわせ、ゴッツェエに向かって一歩踏み出す。次の瞬間、ハチリアーヌは大腿四頭筋を唸らせ跳躍していた。


「どうしてこうなったかはわかりゃしねぇが、植物なんだ! 千切りゃ済む話だろ!」

「キシャアアア!!」

「! こ、コイツァ驚いた……!」


 二本のツタを雄々しき血管の浮かぶ両腕で防いだハチリアーヌは、目を見開いた。……しなやかに滑らかに稼働するツタ。そのような動きができるとは、すなわちツタ全体が柔らかく強靭な筋肉の塊であると同義なのである。

 互角の力。互角の筋肉。互角の肉体。

 強くなり過ぎたハチリアーヌの体は、やっと出会えた筋肉質好敵手(マッスルライバル)に歓喜の声を上げていたのだ。

 ハチリアーヌはニヤリと笑うと、ツタを掴む手に力を込めた。


「なかなか強ぇじゃねぇか、オメェさん! こりゃあ楽しめそうだぜ!」

「シャアアア! キシャアアア!!」

「……ッ!? そんな……いや、まさか!」


 軋む筋肉は共鳴し、波動となって周りの植物をなぎ倒す。

 そんな組み合ったまま一歩も譲れぬ極限の中、ハチリアーヌはとある事実に気付いてしまった。


「オメェさん……泣いているのか?」


 筋肉で語らうことができる者同士において、言葉の壁など無きに等しい。ハチリアーヌは、思わぬ事故によって生み出された悲しきマッスルモンスターの戸惑いを筋肉の鼓動で知ってしまったのである。

 知ってしまえば、無視などできない。ハチリアーヌは深呼吸をして丹田に気を送ると、力を抜いた。


「キシャッ……!?」

「ああ、そうだ……。オレァ、もうオメェさんをどうこうする気はねぇよ」

「キシャ……」

「そうだな。オメェさんは何も悪くねぇ。ただ……びっくりしちまっただけなんだ」


 ハチリアーヌは、グローブのような大きな手でゴッツェエの花弁を撫でる。驚くべきことに、ゴッツェエはシュンとしてされるがままになっていた。

 割れた窓から陽が差し込み、黒光りするハチリアーヌの体を照らす。神々しいその光景に、その場にいた全員が息を呑んだ。

 やがてハチリアーヌは、率先して生徒を守っていた教授に目を向ける。


「なぁ先生、コイツが暮らせるだけの場所は植物室にあるかい? コイツはもう大丈夫だよ」

「あ、ああ……。スペース的には問題無いが……」

「良かった。オメェさん、今日からあそこにいる人がご主人だ。時々会いに来てやっから、いい子で暮らすんだぞ」

「キシャッ」

「ん? おお。よしよし。オメェさんは元からいい子だったな!」


 完全に突然変異の凶暴植物ゴッツェエと戯れるハチリアーヌに、一同は呆然としていた。だが、じわじわと感動は広がっていき……。


「さっ……すがアニキだぜぇ!! あんな恐ろしい花を一発で手下にしやがった!!!!」

「すごい! すごいわ、ハチさん!!」

「私が間違っていたわ……! ハチリアーヌ様、あなたは本当に素晴らしい方よ!!」

「やれやれ……人で無き者とすら心を通わせてしまうとはな」

「うおおおおおお!! ハチリアーヌ様!!」

「ハチリアーヌ様!!」

「ハチリアーヌ様ァ!!!!」


 謎の転校生クマリンの声を皮切りに、一斉に歓声が沸き起こった。拍手と賞賛は止まず、ハチリアーヌはゴッツェエの隣で美しい眉尻を困ったように下げて笑っている。

 しかし、喜ばしいことばかりでもなかった。


「あの力は……まさか、魔力増幅体質?」


 学生として潜伏していた反国組織ナンヤネンの男が、部屋の隅で身を隠し呟く。


「しかもあれは次期国王の婚約者、ハチリアーヌ・ジャスコではないか! ……ククク、色々と利用価値がありそうだ……」


 ハチリアーヌに忍び寄る不審な影。だがそんなことなど知る由もない彼女は、仲間に囲まれただ笑っていたのだった。

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