第5話
あの後、セブイレ校長からじっくりと“魔力増幅体質”たる自分の能力の希少性と、それにまつわる危険性を説かれたハチリアーヌである。
無論身の安全を考えれば家に帰るのが一番だが、両親の期待や今後の自分の立場を鑑みるのであればこの学園を卒業するべきだろう。しかし魔力ゼロだとバレれば、余計な詮索を受けることになるやもしれぬ。
「……と、そういうわけでね。私としては、ハチリアーヌ君は卒業するまでの一年間、“魔法が使えるフリをして”過ごしてもらうのが一番だと思うのだが」
「ううん、結局こうなっちまったか。仕方ねぇ、こうなりゃうまいことごまかさねぇとな」
「ああ、それがいいだろう。……そしてミラーノ君」
「ほほほほほほい!?」
「君は彼女の事情を知る数少ない友人だ。申し訳ないのだが、魔力の無いハチリアーヌ君をサポートしてやって欲しい。頼めるかな」
「ははははい! わかりました!」
「ありがとう。で、君も……」
「おぅよ、合点承知でぃ! ミラーノのアネキ、そう構えなくて大丈夫ですぜ! あっしも力の限りアニキをお支えしやすから!」
「というか君は一体何者なんだね?」
こうして、陰ながらハチリアーヌを援助する組織が結成されたのである。
そして迎えた最初の魔法の授業。ミラーノは校長から言われた通り、いざとなれば自分がハチリアーヌに代わって魔法を使うつもりであった。
だが、ここでもハチリアーヌは強かったのである。
「あ? 椅子が壊れたから直せだぁ? てやんでぃ! こういうのは釘とトンカチさえありゃあすぐに直せるってんでぃ!」カンカンカンカン
「なんということでしょう! 無惨にも打ち捨てられていたボロボロの木の椅子が、匠の手によりあっという間に元通りに!」
「このぐれぇ朝飯前よ! 手間賃はまけとくぜ!」
「さっすがアニキ! アニキこそお江戸の華でごぜぇやす!!」
「すごいわ……! オズミカルでは設計図さえあればすぐに魔法で物が作れてしまうから、“修理”は最も難しい魔法とされているのに! ハチリアーヌ様は素晴らしい魔力をお持ちですのね!」
「いや、そもそもあれは魔法なのか……?」
「た、確かに。あんな魔法見たことも聞いたこともないけど……」
「魔法さ」
疑問を抱き始めた学生に割り込んだのは、トノラ王子である。
「見てごらん。ハチリアーヌの持つあの杖(※金槌)自体は何の魔力も持っていない。だというのに、みるみるうちに椅子は直った……。これをハチリアーヌの魔法と言わずして何と言うのだろうか」
「ハッ、言われてみれば! すごいですわ、ハチリアーヌ様!」
「しかも魔力の気配が一切外に漏れておりません!」
「憧れるぜ!」
「ハチリアーヌ様はこの学園始まって以来の天才だわ!」
「ふふ、まったく……ハチリアーヌ、君はどこまで爪を隠す鷹になるというのだ」
オズミカルの次期国王であり、しかしそれに驕ることなく学業面でも努力するトノラの言葉は絶大であった。加えてハチリアーヌの謎の説得力も加味され、全員彼女が魔力ゼロだと気づくことは無かったのである。
他には、魔法を補助に用いた体を動かす武技の授業などもあった。
「がっはっはっは! オメェさん達、止まって見えるぜ!」
「なっ……走ることでこの俺が負けるなんて!」
「私の魔法脚力が後れを取ったというの!?」
「なんなんだ、ハチリアーヌ様は……! ハッ、まさか素の身体能力であの速度を叩き出せるのではあるまいな!?」
「確かに、ハチリアーヌ様ならありえ……」
「魔法さ」
核心を突きそうになった学生に口を挟んだのは、トノラ王子であった。
「ハチリアーヌの履いている靴をごらん。あの複雑で規則的な編み方……あれだけで高度な魔法術が編みこまれてることがすぐ分かる」
「ハッ! まさかその魔法を編み込んだのが……」
「ああそうさ。ハチリアーヌだよ」
「なるほど! 一見粗末な靴に見えるが、まさかそんなカラクリが仕込んであったとは……!」
「いいえ、粗末だなんてとんでもない! よく見ればなんてトラディショナルでエキゾチックな履物なのかしら……! 爺や! 私もあれが欲しくてよ!」
「俺も!」
「私もよ! 今すぐメイドを呼びつけなさい!」
「ふふ、まったく……ハチリアーヌ、君はどこまで皆を魅了するというのだ」
そうしてハチリアーヌの知らぬ所で草履ブームが巻き起こり、後日たまたま学園を訪れたカリスマファッションデザイナー・マームラシによって見出され“ZOZORITOWN”ブランドとして世界的に売り出されることになるのだが、それはまた別のお話。
何はともあれ、ハチリアーヌ達はそうやって学園でつつがなく過ごしていたのだ。しかし、そんな彼女がどうしても避けては通れない難しい授業があった。
魔法植物学である。
「このターズドリフは、持ち主の魔力を受けて育つ植物……。故に、どんな花が咲くかは咲いてみるまで分からないのです」
ボディビルダーのような美しい肉体をさらけ出した魔法植物学の教授は、ポージングをキメながら言う。
「さあ、皆さんの前にターズドリフを置きました。これに魔力を注ぎ、あなただけの花を咲かせるのです!」
「む、こいつぁオレの力だけじゃ凌げねぇな。頼むぜ、クマ、ミラーノ!」
「「合点承知!!」」
だが、そんな仲睦まじいハチリアーヌ達に怪しげな目を向ける女がいた。
「ふふふ……ハチリアーヌ! 少しばかり魔法が人よりできるからって、チヤホヤされて! アンタさえいなけりゃ、このレンチン伯爵の娘である私があの場にいたのに……」
女の目は、ハチリアーヌの前に置かれた植物に向けられる。
「でもそれも今日で終わりよ。アンタの花はターズドリフではなくゴッツェエにすり替えておいた……。魔力を注げば最後、体長十センチぐらいのモンスターになってしまうのよ! せいぜい小指の先でも怪我をして、唯一花を咲かせられなかった学生として恥をかいておしまい!」
しかしそんな悪巧みなど知らないハチリアーヌ。何の疑いも無く植物に手を掲げた。
「そんじゃミラーノ。魔力くれ」
「わかったわ」
教授に見えない位置で、ミラーノはハチリアーヌの背中に手を当てる。これは、元々悪役令嬢ハチリアーヌがミラーノに取らせていた手法である。ミラーノの魔力をハチリアーヌの体を通じて放出させ、あたかも彼女自身が魔法を使ったかのように見せるのだ。
――だが、ミラーノは知らなかった。
実はゲーム内のミラーノは、いじめてくるハチリアーヌに立腹しほんの少ししか魔力を送ってなかったことを……。
(うーん……ゲームで見た時は全然問題無かったし、ハチさんにはいい成績を残して欲しいし、ちょっとだけサービスして魔力を送ろうかな)
そしてそんな思いやりが量に現れたミラーノの魔力が、「えいやっ」とハチリアーヌに送り込まれた瞬間。
――魔法植物室で、未だかつてない規模の爆発が起きたのである。
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