恋の五

”こうして二人はめでたく結ばれて・・・・・”と、ありきたりな恋愛小説や映画、或いは漫画なら、かくの如き結末になるところだろうが、現実ってのはそんなに甘くは出来ていない。

 実はここから先、ちょっとした波乱があったのだ。


 椿隆一君は葛城佐和子さんと知り合って友達、いや、それ以上の関係になれた。

 つまりは”恋人同士”になったのである。(誤解なきように申し添えておくが”それ以上の”といっても、あの二人のことだ。必ずしも肉体関係は意味しない。読者の期待を裏切って申し訳ないがね。もっとも、キスも性行為じゃないか、と言われればそれまでだが)


”アブノーマル?”

 言いたい奴には言わせておくさ。

 光源氏は四十過ぎで五歳の少女に求愛していたし、ハンバート・ハンバート氏は、三十代後半で十二歳のロリータに性的な恋情を抱いた。俺からすればそっちの方が余程アブノーマルだと思うがねぇ。

 ま、それはともかく・・・・

 隆一君は俺に『有難うございました』と電話で何度も礼を言い、分割払いだったが、探偵料ギャラを数回に分けて振り込んでくれた。


 そこまではいい。

 

 問題はそこから後だ。


 一か月ほどして、隆一君が再び俺の事務所オフィスにやってきたのである。

『実はまたちょっとご相談がありまして』と、ソファに腰を下ろすなり切り出した。

『どうした?彼女と喧嘩でもしたのか。』

『実は・・・・僕、彼女・・・・いえ、佐和子さんにプロポーズしたんです』

 彼は来年大学を卒業する。

 ホームヘルパー二級と、介護福祉士も取得した。社会福祉指導主事の資格に必要な単位も取ってある。

 在宅介護サービス会社への就職も内定が決まっている。

 そこで『結婚してください』と切り出したのだという。

『君にしちゃ、随分思い切ったことをしたな。で、彼女は何と言った?まさか断られたとか?』

 隆一君は俺が出してやったコーラを一気飲みし、

『そうじゃありません。承知はしてくれました。確かにすぐにじゃありませんでしたけど。』

 佐和子さんは最初のうち、随分悩み、何度も問うたという。

わたくし、もうおばあちゃんよ。だから隆一さんより早く天に召されてしまうわ。”

”介護が必要になってしまうかもしれない。そうなったら貴方の手をわずらわわせる事になってよ。きっと。”

”もう赤ちゃんだって産んであげられない。それでもよろしいの?

 しかし隆一君はそう言われるたびに辛抱強く、

”その時は僕が佐和子さんを看取ってあげます。心配しないでください。絶対先に死んだりはしませんから”

”僕は介護のプロを目指しています。もし必要になったら、その知識が役に立つと思っています。”

”子供は好きだけれど、佐和子さんといられれば、他には何も望みません。”

”まだ何もかも半人前だけど、努力します。佐和子さん、きっと大切にしますから”

彼女の手を握りしめて繰り返した。

 そして、何度目かに、佐和子さんが彼の手を握り返し”有難う。お受けしますわ”と、涙を流したそうだ。

『良かったじゃないか。だったらもう俺に相談することなんかあるまい』

『でも・・・・家族が猛反対なんです』

『家族?君の家族かね?』

『いえ、僕の方は特に何も。最初は驚いていましたけど、今は賛成してくれています。問題は彼女の家族なんです』

 それだけ言って、しばらく黙った。


 葛城家が先祖代々高級官僚だというのは、以前記した通りで、実子はおらず、養子縁組をした息子がいるというのも、また前述した通りだ。


 養子というのは佐和子さんの弟の子、つまり係累的にいえば、彼女の”甥”にあたる人物だ。

 

 その”息子”は、今年45歳になる。

 東大の法学部を優秀な成績で卒業し、その後国家公務員第一種試験に合格、さる省庁において、課長として勤務している。

 他の親族の大半も一流大学を卒業し、一流企業か官庁に勤めている。

 まあ、どこかの小説にあった”華麗なる一族”って訳だ。

 息子は結婚し、子供もいる。(佐和子さんにとっては”孫”に当たる)他にも甥や姪などが何人かいるが、そのことごとくが隆一君との交際に大反対なのだという。


 普段は意思強固な彼女だが、

”そんなどこの馬の骨とも分からない若い男と結婚なんかしたら、親子の縁を切り、財産の分与も行わない。孫たちとも会わせない”だの、嫁からは”義母が孫ほどの年の差がある男と結婚なんて外聞が悪い”と、こうきた。

 

 流石の彼女もこれにはすっかり困り果てているのだという。

 そして、今週の日曜日、親族全員が集まり、彼女に対して最後の説得を行うため

の”家族会議”を開くのだそうだ。



『で?君はどうする?』

 俺は二杯目のコーラを飲み干し、シナモンスティックを咥えた。

『僕の決意は変わりません』隆一君ははっきりした口調で述べた。

『彼女は僕にとってかけがえのない人です。そんな女性を失いたくはありませんし、生涯賭けて守り通したいと思っています。だから僕もその会議に同席して、はっきりと自分の考えを述べるつもりです。しかし、僕はお世辞にも口が上手くありません。そこで』

『俺に用心棒でもしてくれっていうのか?』

『いえ、オブザーバーとして来てくれるだけでいいんです。貴方がいてくれれば僕も勇気が出ます。ダメでしょうか?』

『また金がかかるぜ。それに俺は本当に何もせんよ。それでいいなら』

『それで構いません。お金も何としてでも払います』


 彼はまっすぐ俺を見つめた。

 シナモンスティックを噛み砕き、コーラで飲み下した。

『よかろう』

『え?』

『よかろう。っていったのさ。』

『でも、貴方はそういう類の依頼は?』

『俺は元来、へそ曲がりに出来てるんだ。気が変わらんうちに契約書にサインしてくれ』


 彼はまた俺に頭を下げる。

 やれやれ、一本独鈷の信念が聞いて呆れるよ。俺は自分で自分を嘲笑あざわらいたくなった。

 

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