第26話
まどろみに身を任せて惰眠を貪った僕は、寝過ぎによる頭痛で目を覚ました。
「痛ってて……」
一杯の水を飲みつつ、コーヒーの為のお湯を沸かす。ついでにトーストを焼こうと思ったけど…………
「……あちゃー。朝ご飯を買うの忘れてた」
野菜だとか肉だとか調理すれば食べられる物はある。炊けばお米もあるんだけど、寝起きで色々作るのは面倒だ。最低限下準備してあれば別なんだけど……。
仕方ないけど、買い物に行かないとダメだな。顔を洗っている間にお湯を沸かす。戻ってきた所で沸騰していたので火を止めて、お湯を落ち着かせる。あらかじめ挽いておいた豆をネルフィルターにセットして、ゆっくりお湯を注いだ。インスタントも良いけど、挽きたてはやっぱり香りが飛んでなくて美味しいんだよね。豆の種類に拘ったらキリが無いから、お店で売られているブレンドか、インスピレーションで豆を買ってるんだけど。まあ、美味しいコーヒーに出会えた時は、朝の占いで1位をとったみたいな嬉しさがある。
「うん。なかなか美味しい」
少し得した気分だ。
何となく目が覚めてきたから、僕は頭に手を当てて頭痛を治す。いつもの通り、光が癒してくれる。
手当て。この力を超能力と呼ぶべきか、魔法と呼ぶべきか、はたまた気功と呼ぶべきか。何にしても僕は、何度もこの光に助けられている。
「よし。治った」
頭痛が治ったらお腹が減ってきたな。後でおにぎり三っつくらい買って食べよう。空腹が限界に達する前に、素早く服を着替えて支度を済ませた。とは言っても、財布の中にお金が入ってるかと、スマートフォンを確認しただけなんだけど。
「千五百円程か。足りなかったらカード使えば良いか」
引き出しからカードを取り出して財布に突っ込んだ。まだコーヒーが残ってるからそれで一息つく。ついでに何の気無しにスマートフォンでニュースを確認した。
『小学生の成りたい仕事。一位はなんと、ヒーロー!』
おっ、なかなか夢があるな。別に巨悪が侵攻してきたり、秘密結社の登場だとか、地の底から化け物が溢れてきたりしたわけじゃない。それでも成りたいと言うんだから、面白い世の中になってきたものだ。
日々学問や技術は進歩していて、色んな機械等が発明されている。だから、僕みたいな特殊能力を持っていなくても、文明の機器を使えばヒーローにも成れるのかもしれない。それこそ、この小学生達が大人になっている頃にはもっと発達しているわけなんだから。
僕の力も万能ではない。離れた所にいると相手を治す事はできないし、亡くなって暫く経った人や、一部の整形関係は治せない。だからって初めから諦める事はしないけどね。
「そろそろ行くか」
僕は空になったコップを洗って家を後にした。
「いい天気だ……!」
雲ひとつない快晴。少し日差しが目を刺激するし、肌寒い気もするけど、とても心地良い気分だ。
今までやってきた事は、間違いでは無いと思うし後悔もない。でも、もっと上手いやり方があったんじゃないかと、悩んで反省する事がある。決まった答えは出ないけど、落ち込んでいたら何もできない。だから僕は、次に活かせるように前を向き続けている。
「こんにちわー」
小学生くらいの男の子が、僕を見かけて挨拶をくれた。そうか、今日は日曜日だったな。
「こんにちは。遊びに行くの?」
「うん!」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとう! ばいばーい」
「ばいばい」
静かな住宅街を抜けて、たくさんのお店の並ぶ商店街に着いた。僕がいつもお世話になっている個人商店は、もう目の前だ。
この商店街は数年前まで閑散としてたんだけど、何だかんだと人が戻り、今では大賑わいだ。商店街の皆や、おじさんとおばさん、他の皆のおかげだな。僕も手伝わせてもらったんだ。
「いらっしゃいませ。あら△△ちゃん、シフトを確認しに来たの?」
「いえ。朝ご飯を買い忘れていたんで、ちょっと」
「ふふふ。そう。じゃあ新商品のおにぎりはどう? これ、なかなか美味しいのよ」
「おお、カラスミですか。渋いですね。丁度おにぎりの気分だったし買わせて貰います。他に、梅と昆布あたりありますか?」
「ありがとね。お父さん、梅と昆布ある?」
「ちょっと待っててな……。すまん△△君! 梅ねえな、昆布あるけどよ。明太子じゃダメか?」
「大丈夫です。明太子も好きですし」
「△△君は何でも食べるけど、嫌いなものはあるのか?」
「う〜ん……。嫌いな物って程の物は無いですけど、強いて言うなら、匂いがキツい物は比較的苦手に当たりますかね?」
「そうか。逆に難しいな」
僕がレジで会計を済ませていたら、奥から人が出てきた。
「ああ△△さん。いらしてたんですか」
難しい顔をして機械を操作する、++さんだった。
「どうも、++さん。発注ですか?」
「ええ。発注する物が多くて大変なんですよ」
「そうなんですか?」
「お父さんがね、また項目増やしちゃったのよ」
「いや、それは、++さんが頼りになるからよ〜。
「まったく、すぐに楽しようとするんだから……。それより、++ちゃんと△△ちゃん。ずっと敬語なのね」
「まあ、クセみたいなものですね」
「すみません。今まで敬語以外で話していた事が無かったので……」
「それが楽なら、いいんじゃねえか? な」
「まあ、そうね」
僕の電話が鳴る。
「あ、すみません。電話です」
「ああ、気にせずどうぞ」
おばさんが手で
「もしもし」
『もしもし△△、今大丈夫か?』
僕の父だ。
「大丈夫。何?」
「最近こっちに帰って来てないから、母さんが寂しがっていたぞ。忙しいのは分かるけどな、たまには帰って来い」
「ああ、ごめん」
「…………あ、△△? 久しぶり」
「あ、母さんに代わったの?」
「『代わったの?』じゃないてしょ。たまには帰ってきて顔くらい見せなさい」
「うん、ごめん。父さんにも言われたよ」
「好きな物作るから、また帰ってくるのよ?」
「ありがとう。近々帰る事にするよ」
「うん、そうしなさい。あ、そうじゃ無かった。○○さんとこの子が、△△に会いたいって言ってるみたい」
「分かった。今どこにいるか知ってる?」
「今大丈夫なの? 確か、──公園にいるはずよ」
「じゃあ、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい」
母さんはそう言うと電話を切った。
「ちょっと用事できたんで、行ってきます」
「そうですか。私は大丈夫ですから、気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
「そうか。気をつけてな」
「△△ちゃんは、いつも忙しいわね。あんまり無理しちゃダメよ。行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
三人に手を振った後、僕は商店を出て公園に向かった。
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