第25話

「どこにいますかー! 返事ができたらお願いします!」

 声をかけながら先に進んで行く。1階から階段にかけての道中では見当たらなかった。なので僕は2階に進み、同じように声をかけながら進んで行く。その間も皮膚をジリジリと焼いていく。よく見たら上の服は殆ど形をなしていない。下は何とか保っているのが不幸中の幸いか。

『たすけて……。たすけて……』

 炎の隙間からかすかに声が漏れて聞こえた。

「あっちか!」

 声の聞こえた方向に向かうと、瓦礫に挟まれた警察の人と、その場で倒れた教師がいた。警察官から反応は無い。教師も意識が朦朧とした様子で、怪我や火傷が酷い。時間が無さそうだ。

「すぐに助けます!」

 僕はまず教師の方に向かい治療した。次第に目の動きが定かになる。

「ごふっ、ごふっ、げひゅ、げひゅっ!」

 急に大きく息を吸ってしまい、教師は何度も咳をしてしまった。僕はもう一度光を当てて、咳を止めて注意する。

「体を低くして、あまり煙を吸わないようにして下さい」

 その言葉を聞くとニ、三度頷き袖で口元を覆ってくれた。

「あの、警察の方が私を庇って瓦礫に巻き込まれてしまったんです」

「はい」

 瓦礫はそこまで大きくは無いけど取り除くのにどれだけ時間がかかるか分からない。だから僕は、ひとまず脈を見て生きている事を確認した後、すぐに警察官に光を当てて怪我を治した。

「大丈夫ですか?」

「は、はい。……ぐっ!」

 挟まれている部分が、再度瓦礫に圧迫されてしまう。

「すぐに瓦礫を退けますので、我慢できますか?」

「はい。申し訳ない」

「ぐぅ……!」 

 ダメだ。動きはするけど、一人だと退けるまでには至らない。警察官の足に追い打ちをかけてしまっただけになってしまった。

「すみません!」

 一部分だけ持ち上げると、足への負担が酷くなる。無理やりやってしまったら、最悪瓦礫に当たっている部分が潰れるかもしれない。

「……先生、手伝って貰えますか?」

「はい!」 

「おまわりさん、瓦礫が浮いたら足を退けてください。いいですか?」

「分かりました……」

「せーのでいきますよ」

「お願いします」

「……せー、の!」

 今度は二人で瓦礫に挑む。劇的な変化は無かったけど、さっきよりは少しだけ高く持ち上がり、足と瓦礫に隙間ができた。

「足を移動させて下さい!」

「はい!」

 警察官が足を移動させたのを確認して僕達は瓦礫を下ろした。

 僕は再度警察官、教師、自分に光を当てて回復させたあと、

「ちょっと待ってて下さいね」

 二人に一言かけて、窓から顔を出して外を覗った。……消防車に、はしご車もいるな。さっきは見かけられなかったけど、救急車も見える。

「おーい! ここに二人います! はしご車お願いします!」

 確かどこかに避難器具があるはずだけど、探してる暇はないから、救助に来てもらうことにした。それに、設置に手間取る事を考えたら、こちらの方が確実だ。

 何を言ってるかはあんまりわからなかったけど、すぐに消防隊員の人がジェスチャーで来てくれると伝えてくれた。良かった。

「すぐに救助がくるはずなんで、出られるようにしてください」

「わ、分かりました」

「まだ、生徒が残ってるんですけど」

「それは今から僕が行きます。どこにいるか分かりますか?」

「二年一組で、この廊下をまっすぐ行った所です」

「分かりました、ありがとうございます」 

 窓の外を見ると、ハシゴを伸ばしているのを確認できた。

「僕はその生徒の所に向かいますけど、行って大丈夫ですか? 立ち上がれますか?」

「はい。問題ありません」

「お願いします……!」

「では、お互い気をつけて」

 僕はその場を後にした。

 所々瓦礫が道を塞いでいて、気持ちは急いても、なかなか思うようにに進めない。

「っ痛つつ……」

 何だかさっきから光を当ててもすぐに頭が朦朧とするし、吐き気は増すばかりで、頭痛も治っても次の瞬間には再発してくる。

 酸欠か……。さっき窓から顔を出した時に呼吸したけど、これだけ煙が凄いんじゃ、焼け石に水という事か。

 僕は空いている窓から顔を出して呼吸をして、なければ床に体を伏せて少しでも酸素を供給しつつ、ゆっくり進んでいった。

 自分が途中で倒れてしまうと、助けられる人も助からない。焦ればそれこそ失敗に繋がる。

 後ろで爆音が轟き、それと殆ど同時に廊下が瓦礫で通れなくなった。爆風が僕の背中を乱雑に押して、抵抗虚しく廊下に激突する。額から垂れる血が、目の前を赤く染める。きっと爆破し損なった爆弾が、今になって爆発したんだろう。でも、そんな事に構ってはいられない。

「着いた……」

 二年一組の札の付いた教室だ。

「どこにいますかー! 誰かいますかー!」

 返事がない。ここにはいないのか? いや、まだそう決まったわけじゃない。僕は注意深く周りを確認しながら、無造作に倒れる机と椅子を押しのけて進む。だけど、殆どに火が点いているし、全て今まで触れた事のない程高温だ。触れれば皮膚だけじゃ無く肉も焼け溶け、触れたものにへばり付く。

 無理やり引っ張れば肉が剥がれるが、ここまで来たら無理やりでも進むしかない。靴も焼けて既にどこかへいってしまった。

 幾らか進んだら、教室の後ろの方の床で倒れている生徒を見つけられた。

 反応が無かった事から、気絶しているのだろう。

 ──ピシピシ

 どこからか軋む音が聞こえる。

「近いな」

 ──ガラガラ

 嫌な音が続く。爆発によって弱くなっているんだ。

「早く行かないと……!」

 なりふり構ってられない。僕は残骸となった机や椅子を無理やり押し退けて突き進む。

「ぅぐう、あ゛あ゛!」

 一々治してられない。

 ──刹那。落雷のような轟音を伴って、洪水のように天井が落ちてきた。 

「死なせるかぁ!」

 僕は残骸を飛び越え、気絶している生徒と天井であった瓦礫の間に割って入る。そして僕は、生徒を覆うように庇った。

 一度自由を得たこの雪崩は、僕らを容赦なく背中を襲う。

「ぐふっ! ぐぐぐ…………」

 重く熱い瓦礫が、何度も僕を嘲笑うかのように降ってくる。

 倒れられない。こんな所で、諦められるか……。僕は、何の為にこんなを手に入れたんだ? ここでやられたら、この子も、この先助けられるはずの命が失われてしまうんだぞ!

 今この子には他のでもない。しかいないんだ。今までに色んな人から応援されてきた。皆の期待を裏切りたくない。だから、だから、ここで死ぬ運命だったとしても、僕は、僕は────

「負けるかー!」

 体に今までに無いほど力を込める。

「うぉおお……!」

 手だけを覆っていた光が、腕、肩と広がり、曇る事の無いその輝きは、僕の全身を包む。

 僕達を潰さんとする瓦礫を掴む。皮膚が破れ肉が裂ければそれを治して、筋肉と骨が千切れ折れれば、次の瞬間にはそれを治す。

 これが乗っていたら、やがて力尽きて同じことだ。

「ヒーローが存在しないなら、僕が成ってしまえばいい……。僕が、僕こそが世界で初めての──」

 深呼吸を二回。雪崩は止まっている。

 ──今だ!

「ヒーロー……、だー!!」

 歯を食いしばり、今までの全力を超える力を全身に込めて、瓦礫を投げ飛ばした。

「……はぁ、はぁ、はぁ。大丈夫!?」

「ぅ……」

 大きな怪我は見当たらないけど火傷が酷い。しかも、虫の息と呼べるほど息が浅い。後少しでも遅れていたら助からなかった。でも、良かった。これなら治せる。

「もう大丈夫。……助けに来たよ」

 生徒は目線だけこちらに向けた。他の反応が無いことを見ると、体を動かす気力も無いんだろう。

 手を肩に添えて光を当てる。すると徐々に顔色が良くなっていき、表情の変化が見られた。治療が終わって体が治ったのを確認したら、生徒は少し驚いた顔をした。

「──ありがと、う……」

 でも、体力までは戻らず、そのまま目を瞑って眠ってしまった。僕の体力も限界に近く、効き目が弱くなってしまったようだ。でも、これで最後の一人。間に合った。

「行かないと……」

 生徒を背負って、猛烈な眠気に襲われながらも、僕は廊下に出た。そして、待機していたさっきのはしご車に向かって助けを呼んだ。

「やばい……」

 早く来てくれ……。もう何度も意識が飛びそうになっている。生徒を落とさないようにするので手一杯だ。何度も足の力が抜け、膝を落としてしまう。冷や汗が流れ、何だか寒い。呼吸も定まらない。早く、早く……。

「大丈夫ですか!」

 消防隊員の人が到着して、窓の外から大きな声をかけてきた。

「……う、ああ、はい。お願いします!」

 そのおかげでひとまず眠気が去って、生徒を預ける事ができた。危なかった。

「さあ、あなたもこちらに!」

 僕は消防隊員の手をとった。

 僕はその手を借りて、はしご車のバスケット部分に乗った。

「降りますから、捕まって」

 言われるがままにバスケットにしがみつき、消防隊員がそれを支えてくれた。その手は力強かった。

 駆動音と共にハシゴが短くなり、地上に近づいていく。

 体を覆っていた光は、いつの間にか消えていた。

「……もう、取り残されている人はいないですよね?」

「そのはずです。確認しましたところ、こちらの生徒さんで最後です」

「良かった。……良かった」

 地上に着いて、消防隊員の人に手伝って貰って、僕は地面に降ろしてもらった。

「おかえりなさい。大丈夫ですか?」

「本当に怪我をしていないですね……。建物が崩れる音がした時は肝が冷えましたよ」

「はい。無事に戻りました」

 おまわりさんと++さんが出迎えてくれたので、僕は言葉を返した。

「ご苦労さまです……。もう任せて下さい。応援も到着しましたし、消火活動も始まっています。救助された人達は念の為に病院に運んでもらっています。後は我々の仕事です。お疲れ様でした」

「まだです。このまま放っておけば、☓☓教はまた別の場所に爆弾を仕掛けるかもしれません。だから、ファイルと事情調査をお願いします」

「ファイル?」

「こちらです。名簿や帳簿、あとやってきた事についての資料になっています。預けてもよろしいですか?」

 おまわりさんは無線で何かを言った後、ファイルを確認して預かってくれた。

「……わかりました。お預かりします。では、この場は仲間に任せますので、同行お願いします。いいですね?」

「はい。お願いします」

 僕は腕を差し出した。

「ああ、大丈夫です」

「なんでですか?」

「逃げる心配がなければ逮捕する必要ありません。少なくとも今は。それに、あれだけの活躍を見せた英雄を、皆のいるで、犯罪者として連れて行くなんて野暮な事はできませんよ」

「…………ははっ。ですね」

「義理と人情を大事にしていますからね。では、行きましょうか」

 おまわりさんが僕が歩くのを手伝ってくれた。

「はい。++さんも、行きましょうか」

「はい。今度は私がお役に立つ番ですから」

 僕達は、サイレンの鳴らないパトカーに乗った。僕は、できる事をやった。この先どうなっても後悔しない。……少なくとも今はそう思える。ほんの数日だったけど、なかなか濃厚な日々だった気がする。

 僕は助けた人達のヒーローになれただろうか?

 少しでも思っていてくれたら嬉しいとおもう。

 ああ、でも、何だか、今日はとても疲れた……。

「△△さん、お疲れですか?」

「署に着くまで眠っていて大丈夫ですよ。着いたら起こしますので」

 おまわりさんはバックミラーでこちらを確認しながら笑った。

「すみません」

 パラパラと雪が降っている。地面に落ちては溶けて、また地面に落ちたかと思ったら溶け、音もなくそんな風景を見たら、何だか少しだけ切なくなってしまう。

「お気になさらず」

「では、少しの間ですが、ゆっくりおやすみください」

 ++さんは僕の瞼が下りるのを邪魔しないように、静かに言って毛布をかけてくれた。

「おやすみなさい……」

 ゆっくり瞳を閉じて、重力とシートに体を預けて、僕は眠りについた。

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