第22話
僕は意を決してインターホンを鳴らした。
「は〜い。──です」
「え、おばさん?」
「あ、△△ちゃん! いらっしゃい、すぐに玄関開けるわね」
「あ、はい……。ん? どういう事ですか++さん?」
「はい。安心して眠れる場所が良いと思いまして……。一枚岩ではないと言った事憶えていますか?」
「はい。それがどうしたんですか?」
「それが今回の事で付いていけないと離反した方が何人かいるんです。私はその方たちと話し合い、協力する事にしました。それで、△△さんが安全な場所を探した結果、こちらのご夫婦が快く受け入れてくれました」
「いらっしゃい、△△ちゃん。それと……、貴女が++さんですか?」
おばさんが玄関を開けて出てきてくれた。
「はい。そうです」
「さあ、どうぞ入ってください」
「何玄関で喋ってるんだ? さ、早く入ってくれ、せっかくの料理がダメになっちまうぞ」
おじさんまで出てきて、迎え入れてくれた。
「入りましょうか」
「あの、私までお世話になる訳には……。連絡を取っていないので、本部にも怪しまれますし」
「ん? よくわからねえけど、飯食う暇もねえのか? それに、△△君はキョトンとしてたけど、詳しく話せてないんじゃねえか?」
「……わかりました」
「おう」
僕と++さんは、おじさんとおばさんの家にお邪魔することになった。
「あ、すき焼きですか? いいですね」
「でしょ? せっかく△△ちゃんが来てくれるんだから、奮発しちゃったわ」
「あんまり脂っこいのは食えねえから、殆ど赤身肉だけどな。ま、下手な脂身より良い赤身なんだけどよ」
「脂身の方が良かったかしら?」
「いえ、僕は赤身の方が好きですね」
「…………」
「ねーちゃんの方は?」
さっきから黙っている++さんに、おじさんは話を振った。
「……え、私ですか? 私は何でも食べます」
「それは良かったわ。じゃあ、いただきましょう」
「そうだな。ほら、ぼさっとしてねえで、そこに座れ。良い座布団の所だ」
「ありがとうございます。いただきます」
「すみません。では、いただきます」
おじさんは遠慮している僕達に気さくに話しかけてくれ、おばさんはおじさんのフォローを入れつつ空いた器にすき焼きの具を追加してくれた。一時でも心が休まるように気を遣ってくれているたのか、僕達が話すのを待ってくれていたのか、食事中は指名手配だとか☓☓教だとか今まで何をしていたかだとかを一切口に出さず、楽しい話だけに留めていてくれた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「それは良かったわ」
「ごちそうさまでした……」
「二人ともいい食べっぷりで、足りないかとヒヤヒヤしたぜ」
「もう、お腹いっぱいですよ」
「いいじゃねえか。……じゃあ、腹も膨れた所で、話を聞かせてくれるか?」
「はい。……元々☓☓教は過激な事をするような所ではありませんでした。人に寄り添い、自然と寄り添い、互いに助け合う優しい場所だったんです。でも、いつの頃からか、現在では過激派と呼ばれる人達が力を持ち始め、元々の思想に近い穏健派と、教えを自分の扱いやすいように解釈して道具として使う過激派に別れました。今ではもう立場が逆転し、☓☓教は過激派の人達が仕切っているんです。そして、今回の警察署爆破には穏健派も黙っていられませんでした。しかし数で負ける穏健派が過激派に正面からぶつかっても勝ち目は無く、やむを得ず組織解体という方向で意見をまとめたんです」
「……何だか壮大ですね。それで、協力してくれているのが穏健派って事ですか?」
「そうなりますね。元々過激派でも流石に今回はやりすぎだと離反した者もいますが……」
「++さんは元々穏健派ですか? でも、
「私は過激派でした。△△さんが来てから考えを改めたんです。いえ、"自分の考えを持つようにした"と言う方が適切ですね。それまでは自分で考えずに代表の意見を鵜呑みにしていましたから……」
「そういや、警察署爆破って言ってたけどよ、爆弾なんて簡単に仕掛けられるもんなのか?」
「ああ、それは組織には警察関係の者もいますので、その人が仕掛けたのだと思います」
「へぇ。どこにでもいるんだな」
「そうね。今日だって、常連さんが急に△△ちゃんを家に泊めてあげられるか聞いてきた時はびっくりしちゃったもの」
「そうなんですか?」
「おう」
「その方も穏健派の方ですね。ちなみにですが、△△さんのご実家や〇〇さんの所も検討したんですが、過激派が睨みを効かせていたり、警察の方も重点的に見回りをしていたりしたので宿の候補からはずさせて頂きました」
「……皆大丈夫なんですかね?」
「今のところ被害が出たとの報告はありません」
「それは良かった。そうだ、さっき帰らないといけないみたいな事言ってませんでした?」
「はい。私が穏健派と△△さんと繋がっているのは知られていませんし、まだ知られたくありません。ですから、一応過激派の方や代表と連絡をとったり居場所を明確にしておかないといけないんです」
「スパイって事ね。少し格好良いわ。うふふ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると気が楽になります」
「じゃあ、今日は帰っちまうのか? 途中でバレて寝てる間に……ってならねえか?」
「それでも怪しまれて計画が変更されるよりは良いでしょう」
「そういえば、もしファイルを今の時点で警察に渡したらどうなんですかね?」
「主要の人物は捕まえる事ができるかもしれませんけど、実行班がまだ犯罪歴や捕まえられるような証拠が無い場合、結局学校の爆破が行われますし、トップが急に不在になった事で混乱し、最悪無差別に爆弾を仕掛ける可能性があります」
「やっぱり明日避難させるしかないんですね」
「そうなりますね」
++さんは軽くため息を吐いたあと、時計を見て立ち上がった。
「そろそろ私は行きます。ごちそうさまでした」
「気をつけてな」
「怪我しないようにね」
「では、また明日ですね」
「はい。十時までに迎えに来ますので、準備をしていて下さい。万が一十時を越えても来ない場合は、お手数ですがご自身で向かってください」
「そうならないと良いですね」
「はい、気を付けます。ではさようなら」
「さようなら」
++さんは一度頷いた後、急ぎ足で車に戻り、早々に去っていった。
「あっという間に行っちまったな」
「定時連絡とかあるんですかね?」
「かもな。……△△君、明日爆弾が仕掛けられる中学校に行くんだってな」
「はい」
「行かずに済ますのはできないのか?」
「それは無理ですかね。まあ、爆破直前に皆避難完了したら、怪我もなく済みますよ」
「そうだといいがな。……△△君、いくら怪我を治せるったって、死んだらどうにもならんからな」
「……はい。わかってます」
「無茶はするなよ」
「そうよ。あたしとお父さんは△△ちゃんの事待ってるから、無事で帰ってきてね」
「ありがとうございます」
「少し前までは普通の日常だったのにな、人生分からんもんだな」
「そうですね」
「どうせこの先ほそぼそと生きていけねえってんなら、いっその事ヒーローにでもなっちまうか?」
「僕はスーパーヒーローって柄じゃないですよ」
「優しいヒーローがいてもいいじゃねえか。それにな、この世にはまだ、スーパーヒーローなんて一人もいねえんだ。だから、ヒーロー像なんて好き勝手作っちまえばいいんだよ」
「そういうものですかね?」
「そうね。あたしは映画とかに出てくるような完全無欠のヒーローより、△△ちゃんがヒーローの方が安心するわ」
「じゃあ……、ヒーローを目指してみましょうか」
「……楽しみにしてるぜ」
「頑張ってね」
「はい。楽しみにしていて下さい」
人として人に寄り添う。そんなヒーローがいても良いかもしれない。いや、現実に誰もヒーローがいないのなら、僕のやり方こそがヒーローの在り方になるのか。
この先どうなるかは分からない。だから、それが全てでは無いかもしれないけど、僕は未来に希望が見えた気がする。
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