第14話

 僕は近くにあるリハビリ施設に、自転車で向かっていた。風が刺すように冷たくて、寒いと言うより痛い。だけど、我慢できない程でもないし、構わず進んで行く。

「この信号を渡ったら……、右に曲がって? 突き当りを左か。コンビニが目印になりそうだな」

 僕は赤信号になったので、これ好機と地図を確認する。歩きなら確認しながら進むけど、今は自転車に乗っている。しかも歩きだと時間がかかり過ぎてあんまり現実的じゃない。

「……ぅう。寒っ!」

 冷たい風が吹いて、鳥肌が立ってしまう。コンビニに着いたら、温かい飲み物でも買った方が良いかもしれない。そうこうする内に信号が変わり、僕は道路を渡る。

「すみませーん!」

 渡った先で、三十代くらいの男性が僕に声をかけてきた。

「……なんですか?」

 男性はスマートフォンを片手にしている。カメラを使っているなら、できればすぐにでも立ち去りたいけど、ただ道に迷っていたり、何かを探していたりするなら無視するのはかわいそうだし失礼だ。あと、スマートフォンはただ何かのアプリをしているだけで、困っているのは全く別の可能性もあるな。

「△△……さん、ですよねー?」

「そうですけど?」

 思わず身構えてしまう。

「あーやっぱり!? そうじゃないかと思ったんです! ははっ。いやー、幸運だなー。ああ、申し遅れましたけど、オレ、──っていう動画サイトでチャンネル開いてるんですけど、しってますぅ?」

「いえ、すみません。僕、そういうのに疎くて……」

「かー! やっぱり? そうじゃないかと思ったんですよ、オレの顔見ても反応無いし。でも大丈夫、です! これから知ってもらえれば。まあ、オレまだ駆け出しだから、知らなくてもおかしくないし。でさ、頼みあるんだけど、聞いて貰っていいかな?」

「急に敬語やめましたね……」

「いいでしょ。オレ固いの嫌だし、敬語だと距離感じるっしょ。まあ、オレって結構グイグイ行くから、最初は引くかも知んないけど、そのうち慣れるって。……で? 聞いてくれるの?」

「内容によりますよね。それを聞かないと、答えられないです」

「……はぁ。ノリわるっ。そこは二つ返事でOK出す所だよね? 普通に考えて、動画出るに決まってんじゃん。常識ねーのかよ」

「失礼じゃないですか? あと、別に動画には出たくありません。これ以上悪い噂が立っても困りますから」

「は? 何? オレが悪いって事? 意味わかんね。……まあ、いいや。あんた、詐欺師だとかテロリストだとか言われてるけど、マジなの? あーっと、何か手を光らせて怪我治すとか、オカルトなのも聞いたけど、あれは嘘っしょ?」

「いや、テロリストなんてしてないし、詐欺もしてないです。光は出せますけど……」

「ぷっ、ふふくく。頭おかしんじゃねーの。普通ありえないだろ、そんなの。常識考えろよ、子どもかよ。……あ、何か☓☓教だっけ? あんなの信じてるから頭イカれちまったんじゃね? かわいそー」

 この人は別に困っているわけでは無さそうだし、僕はたまたま見つけたなんだろう。相手する必要は無いな。僕にもやりたい事があるし。

「じゃ、もう行きます。さようなら」

「ちょいちょいちょいちょい! 待てって、悪かったからさ〜!」

 僕がペダルを踏もうとした瞬間、男性は前に出て止めてきた。

「危ないんで、どいて貰えますか?」

「悪かった。って言ってんじゃん。その耳は飾りかよ。つうか、さっきから喧嘩売ってんの? 買うよ? オレ、結構自信あるしさ〜」

 男性は軽くシャドーボクシングを始めた。

「いや、売ってないですよ。で、何が目的なんですか?」

 さっきから馬鹿にしてきてるのはそっちなのに、喧嘩を売ってるなんて濡れ衣は、流石に酷いとしか言いようがないな。

「ん? オレさ、やっぱチャンネル開設したわけだし、有名になりたいわけよ。わかる? 流石にわかるか。でさ、動画何本も出してんのに、視聴回数伸びなくてさー。んで、悩んでたらさ、テロリスト発見したわけよ。撮るに決まってるでしょ!」

 やっぱり、自分が有名になりたいのか。さっき駆け出しって言ってたもんな。

「初めてからどれくらいなんですか?」

「ん〜。二週間かな」

「どんな動画出してるんですか?」

「質問多くね? まあいいや。ポストに死んだ虫入れたり、おっさんに生卵ぶつけたり、万引きしたりかな? やっぱオレ、ノリ悪いの嫌いだから、過激路線でいきたいんだよね。わかる? やっぱ、おもしろい方がいいでしょ」

「それは過激と言うより犯罪です。警察に捕まりますよ」

「はぁ〜? テメー何言ってんの? テメーこそ犯罪者だろうがよ。何自分を棚に上げて、説教くれちゃってんの?」

 怒らせてしまったようだ。まあ、放っておいてもそのチャンネルとやらは閉鎖されるだろうし、このままいけば警察にも捕まるだろうから、おせっかいなのは間違いないかもしれない。

「もう一回言いますけど、僕は詐欺も警察署の爆破もしてません」

「あー、光だっけ? 出せるんだよね〜? 怪我、治せるんだよね〜?」

 男性はニヤリと笑い、周りを見回した。

「じゃ、やってみろや!」

 走り出したかと思うと、懐からナイフを取り出して、近くにいた通行人の腹を突き刺した。

「やめろ!」

 僕の声は届いてない。男性は何度も何度も、何度も何度も腹を刺し続ける。通行人は為す術なく、急な事で抵抗もできずに、悲鳴もあげられずにいた。

「すみません! 通り魔です。警察呼んでください!」

 僕は他の通行人を見つけて、警察を呼ぶように叫んだ。

「は、はい!」

 近くに交番があるのか、その人は走って行った。

 僕は自転車を止めて、今尚刺し続ける男性に向かって走り出した。

「ほら、ほららほらほら! やってみろよ、できるんだろ? 言ったことは責任とらないとなー! ガキじゃねんだからよ〜。ははっ! つうか、これバズるんじゃね? なかなか過激っしょ、これ」

 手が一瞬止まった隙に、僕は男性にタックルした。勢いで男性は転び、派手に尻もちをついた。

「ってぇなあ! 何すんだ、ボケが!」

 倒れた通行人のお腹の血が止まらない。口からも血が出ている。内臓がやられたんだろう。こう何度も刺されたんじゃ、内臓に当たらない方が難しいだろうか。

「がふっ! だずげで……。なんで、なんで……?」

「あなたは何も悪くないです。巻き込まれただけです」

 僕はすかさずその人のお腹に手を当てる。

「聞いてんのか! テメーも刺されたいのか、あぁ?」

 男性はゆっくり立ち上がる。少しずつ近づいてくる。急がないと。

「すぐに治します!」

 僕は通行人のお腹に光を当てた。徐々に傷口が塞がっていく。

「おるぁっ!」

「ぐぅ!?」

 僕は背中を刺された。衝撃で息ができない。集中が途切れる。

「ひひっ。もういっちょ」

 男性は刺さっているナイフを引き抜いて、また僕の背中に振り下ろした。

「ぅぐっ!」

 ナイフが抜かれた瞬間に辛うじて息ができたけど、ナイフはすぐに僕の呼吸を止めにかかる。

 痛い。それ以外の言葉で形容できない。今までで一番長い時間に感じる。あと少しで完治だ。集中しろ……。

「ライブにしてよかったー! 皆めっちゃ見てんじゃん。はははっ。悪い事したら、罰が下るのが当たり前だよな〜。叩かれて当然。嫌なら初めっからすんなよなぁ!」

「治った!」

「どうして……?」

 通行人は何が何やら理解できない様子だ。仕方ないけど、でも今はそれどころじゃない。怪我が治せるにしても、治す前に死んだんじゃ意味がない。

「早く、逃げて!」

「え?」

「また刺されたいんですか!?」

 頭はまだ追い付いていないみたいだけど、通行人は血まみれの僕と血まみれのナイフを持った男性を見て、一目散に逃げていった。

「逃がすかよ!」

 男性が追おうとする。が、僕がそれを阻む。もみ合いになり、バランスを崩して、二人とも倒れ込んでしまう。男性は僕に目もくれず逃げた通行人をまた追いかけ始めるが、僕は足を掴んで阻止、男性はそれによって転んでしまった。

 男性は僕の腕を何度も蹴って離そうとするけど、無理だと判断するとナイフを僕の肩に突き刺した。

 僕は思わず手を離してしまう。男性は一度僕の頭を蹴った後、ナイフを回収して走りだす。

「行かせない……!」

 アドレナリンが出てるっていうのは、こんな感じだろうか? 痛みが存在するのはわかるけど、それを無視できた。無いものとして扱う事ができた。僕は力を振り絞って走る男性に向かってタックルを仕掛けた。

「痛ってぇ……」

 僕は男性諸共倒れてしまうが、すぐに起き上がって、覆いかぶさるようにして腕を掴み、跨がった。

「放せ、放せ、よ……!」

 男性はもがいて振り解こうとするが、僕はそれを許さない。

「あそこです!」

 離れた所から声が聞こえる。さっき警察を呼ぶように頼んだ方の通行人の声だ。

「何やってるんだ!」

 警察の人が走ってこちらに向かってくる。

「この人を、捕まえて、ぐださい!」

 僕は思うように声が出せないながらも、必死に訴えた。

「君が止めてくれたんだね?」

「……はい」

「そうです。それで下の方の男の人がナイフで人を刺してて……」

 通行人が補足してくれた。

「傷害、殺人未遂もだね。現行犯で逮捕します」

「ちくしょうっ!」

 警察の人が、男性を逮捕する。それを見届けて、僕は男性から離れた。

「君、凄い怪我だね。すぐに救急車呼ぶから、待ってて」

「いや、大丈夫です」

 警察は無線で救急車を要請した。

「大丈夫って、そうは見えないよ。ん? 君、どこかで見た顔だね……?」

 僕はゆっくり立ち上がる。そして、できるだけ見えないように背中に手を当てて治療する。

「とりあえず、治療終えたら事情聞くから、一応先に、身分証明書だけ出してもらえる?」

「事情なら、その男性のスマートフォンに録画されてると思います。ライブしてるとか何とか言ってたんで」

「そう。ありがとう。でも、無理して立たなくて良いから、座ってて。すぐに救急車来るはずだから」

「ありがとうございます。でも、僕はまだ捕まるわけにはいかないんです」

 よし、傷は全部塞がった。

「……ん? 捕まるって、何かしたの?」

「どうせすぐにわかると思いますので、先に言いますけど、僕は△△です。では!」

 警察も無能じゃない。僕を確実に逮捕するだろう。警察は無能じゃない。きっと、僕が無実だと気づいてくれるはずだ。

 僕は警察の人の脇をすり抜けて、自転車を確保する。

「待ちなさい!」

「いずれ捕まるでしょうけど、今はまだダメなんです!」

 ペダルに足をかける。警察は走ってくる。

「どういう事か話して!」

「──中学校、そこが次のターゲットになるから、警戒してて下さい!」

 僕はそれを告げて、全力でペダルを漕いだ。あと一秒でも遅かったら捕まっていたかもしれない。緊張と焦りで、心拍数と血圧が激増した。でも、僕にできる最善は尽くせたと思う。

 思わぬ事態に巻き込まれたけど、被害は最小限で済んだ。

 あの逮捕された男性はもしかしたら、僕に出会わなければ逮捕されなかったかもしれない。でも、あそこで捕まらなければ人が亡くなっていたかもしれない。刺された通行人も、僕があそこにいなければさされなかったかもしれない。でも、

「きっと、これで良かったんだ……」

 そう、僕は思う事にした。

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