第15話

「ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 あの後僕は警察や他の人に見付からないように、遠回りになるけど人通りの少ない道を選んでリハビリ施設に向かった。

 どうやら、あのお医者さんが事前に連絡してくれていたみたいで、施設内の人は殆ど皆歓迎してくれた。歓迎は言い過ぎかもしれないけど。

 それだけじゃなく、治すか否か、アンケートをとって結果も出してくれていたので、事はスムーズに済んだ。やっぱり、自力で治したい人や、得体の知れないものに頼りたくない人は居るもので、実際僕が光を使って治したのは施設全体の三分の一に届かない程の人数だった。

 アンケートで治さないと言った人も、実際治る瞬間を目の当たりにして、自分も治したいと意見を変えた人もいた。逆に、光を怖がって取り止める人もいた。悪態をついてくる人もいた。

 口は悪かったけど、言っている事は的を射ていた。

 怪しいものに恐怖したり、警戒するのは当たり前だから、僕は態度含めてその意見をしっかり受け止める事にした。

 確かに、僕の放つこの光が年月を経て、何らかの悪影響を及ぼす可能性は否定できないんだ。それに、医療等に関わる仕事をしている人の仕事を奪う事にも成り得る。これは忘れちゃいけない。

「服も、ありがとうございます」

「いやー。あんなに破れてて、最近のファッションは分からないな〜、なんて思ってたら、まさか破れてるだけとは、驚いてしまいました。はははっ」

 施設長は到着した僕の服が、片方の肩と背中がパッカリ開いていているのを見て、しばらく考えた後『楽器でもしてらっしゃるんですか?』なんて聞いてきた。初めは何の事か分からなかったけど、どうやらロックバンドがしてるようなファッションだと思ったらしく、周りの人も含めて皆で笑ってしまった。

 施設の人が服を渡してくれて、お金を払おうとしたけど、元々以前入居していた人の忘れ物で処分に困っていたからと、無料で頂いた。

「初めにこの話を聞いた時は、根こそぎ治して、この施設を畳まなくてはいけないかと思いまして、ヒヤヒヤしましてな。断ろうか迷ったんです。でも、──病院の先生が、△△さんは相手の意思を無視して治すような事はしないと、教えてくれましてね」

「そうでしたか……」

 良いように伝えてくれてたんだな。

 自分だけの力じゃ進まない。やっぱり周りの人の協力が有ってこそだな……。

「では、お気をつけて」

「はい、さようなら」

 この力は、良くも悪くもにするのが良いのかもしれない。治療が間にあわない時、医療でどうしようもない病気や怪我を負っている時、お金が無い、もしくは医者がいない場所で、が必要な時。

 いずれは検査や実験をして僕の力を解き明かさないとな。今後救える人が増えるかもしれない。そうなれば僕の出番は減るだろうけど、悲しむ人が減る方がずっと良い。それまでは、やり続けたい。

 ああ、でも、捕まってしまったら、どうなるか分からないな……。でも……、弱気になっても何も変わらないな。どうなるかは、その時分かる。それまでは、できることをしよう。地味かもしれないけど、世界を股にかける事もない小さな世界だけど、アニメや映画でスーパーヒーローがすんなり受け入れられるみたいに、上手くはいかないけどさ。もしかしたらスーパーヒーローも陰で頑張ってるかもしれないな。しかも登場時の自分より強い巨悪と戦うんだ。違う方向かもしれないけど、きっと凄まじい苦労があるばすだ。

 そうだ、弱気じゃダメだ。僕も頑張らないと。……絵本に出てきた良い魔法使いができなかった友達作りを、僕は成し遂げる。

 少ないけど、期待を寄せてくれている人がいるんだから。


 父さんからメールが届いていた。宗教の人は帰ったけど、警察を家の周りで何人も見かけているから、帰ってこない方がいいようだ。

 母さんは家に帰る途中で警察に声をかけられ、僕の居場所を『知らない』と言ってもなかなか信じてもらえず苦労したとか。

 〇〇さんとは連絡先を交換してない。けど、そもそも僕と面識のない人の家だし、友達だったとはいえ、つい今日まで交流が全く無かった相手に宿の世話までしてもらうわけにはいかない。

「近くにホテルか何かあるかな?」

 スマートフォンの地図アプリで探すと、近くにホテルが有ったので自転車でそこを目指した。今日は特別寒いから、野宿なんて事は避けたい。 


「マジか……」

 着いてみると、警察が入り口で見張っていた。これじゃ、ここでは泊まれない。

 気を取り直して、別の宿を目指す。が、そこでも警察が見張っていて、しかも開けた場所だったので、危うく見つかるところだった。

 少し離れた場所にある、古い小さな旅館に向かった。幸い、暗くなっていることもあって、道中警察にも、他の人にも僕だとバレたり追われたりする事は無かった。

「ここは……。大丈夫そうかな」

 入り口や駐車場をぐるっと回ってみても、警察が見張っている事は無かった。

「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」

「遅いですけど……、まだ泊まれますか?」

「お食事はもうお出しできませんので、素泊まりになりますがよろしいでしょうか?」

「はい」

「一名様でお間違いないでしょうか?」

 その時、ガラガラと扉が開く。

「夜分恐れ入ります。警察ですが、今少しお時間よろしいですか?」

「ご苦労様です。ですが、今お客様のご案内をしておりますので、少々お待ち下さい」

 僕は、顔を見られないように極力振り向かないように心がけた。

「あー、すみませんね」

 警察の一人が僕に声をかける。

「いえ……。大丈夫です。少し疲れているので、早く眠りたいですけど」

 でも、振り向くわけにはいかない。指名手配されてる以上、下手に顔を見られれば即刻逮捕もあり得る。

「一応こちらも急いでおりますので、早めに対応して頂けるとたすかります」

 二人か。入り口に立っているから押しのけるのも無理だ。一人だけなら、まだ不意をつけば行けないこともなさそうなんだけど……。こうなると正面切って逃げるのは難しいな。

「ではお客様、靴はそちらに置いてこちらのスリッパにお履き替え下さい」

 靴箱は右後ろか……。それに入り口以外から逃げるなら、靴は確保しておきたい。

「ああ、いえ。……靴の底が少し剥がれちゃって、接着剤で引っ付けたいので、一旦部屋に持っていきます」

「接着剤はお持ちですか?」

「はい。カバンに入ってます。すみません、汚さないように気をつけますので……」

 怪しまれては、無いかな?

「わかりました、ではお部屋にご案内します。こちらへどうぞ」

「はい」

「そこまで靴を履き潰すまで使い続けるなんて関心するよ。家の息子なんて、服とか靴とか買うのは良いけど、買って満足なのか殆どまともに使ってなくてね。かと言って捨てもしないから、もう家が衣類だらけですよ」

「そうですか、大変ですね」

 少しだけ顔を向ける。全く頭を動かさないんじゃ、流石に怪しすぎる。それでも違和感はあるかもしれないけど。

「お疲れでしたね、すみません。ごゆっくり」

「はい。ありがとうございます」

 ふぅ。何とか怪しまれずに済んだかな?

「こちらです。すぐに布団を敷きに参りますのでお待ち下さい。大浴場はまだ開いておりますので宜しかったらどうぞ」

「はい、ありがとうございます」

 良かった。一階の部屋だ。二階以上だったら、場合によっては袋のネズミになっちゃうからな。

 僕が部屋に入ると、女将さんはうやうやしく一礼して扉を締めた。僕はそれを確認した後、カバンも靴も下ろさずに、扉に耳を当てた。

 女将さんと警察の人が何か話をしているのは分かるけど、内容までは分からない。何分間か話した後会話が途切れた。

 僕は思わず生唾を飲む。かすかな音だけど、こちらに足音が向かって来る。

 僕も音をたてないように窓を開けておく。

『お客様ー。お布団を敷きに参りました。入ってもよろしいでしょうか?』

 判っている。足音は複数あった。一人分の布団を敷くのに、何人も必要だろうか? 無いとは言い切れないけど、逃げた方が良い。

「今ちょっと着替えてるんで、少し待ってて下さい」

 僕はカバンから宿泊代分のお金を出してテーブルに置いた。

 窓の外を確認する。少し高さがあるけど、一階という事もあって、飛び降りるに問題なさそうだ。

『少しお話もあるのですが、まだお時間かかりますでしょうか?』

 すみません。声に出せば無駄に怪しまれるから、心の中で謝っておく。相手からしたら違いは無いだろうけど。

 そして僕は窓に腰掛けて靴を履き、外に飛び降りた。

 間もなく部屋が開けられる音がした。

『逃げられた! お前は車の準備をしてくれ、俺はこのまま追いかける!』

『わかりました!』

 僕は足を止めず駐輪場に向かい、その間に自転車の鍵をすぐに挿せるように準備する。

「待てー!」

 警察が追いかけてくる。今は離れているけど僕より速くて、急がないと捕まってしまう。

 自転車に辿り着いた。鍵を挿そうとするけど、焦ってなかなか挿さらない。

「あー、もう! 落ち着け……、落ち着け……!」

 何度か試して、やっと鍵を開けられた。

「よし!」

 僕は自転車を立ち漕ぎでスピードを上げる。

「待て! 待ちなさい!」

 警察がすぐそこまで迫り、僕の進行方向を塞ぐ。が、横を間一髪ですり抜ける。腕が触れた瞬間は心臓が飛び出るかと思った。

 僕は道路に出て全力で漕いだけど、間もなくパトカーが追ってきて見る見るうちに追い上げてきた。このままじゃ追い抜かれて進路を塞がれてしまう。自転車を置いたとしても、走るのは得意じゃないから、すぐに捕まるだろう。

 一か八か、僕は道路から外れて、ガードレールの隙間から山の斜面に向かって突っ込んだ。そこは高低差があって、ガタンと大きな音を立てて約一メートル落下、その衝撃は足と腰を容赦なく虐めた。一瞬息が止まってバランスを崩しかけるけど、ここは坂道で自転車は健在。休む間もなく車輪が回る。暗くて自転車がどうなってるのか判らないけど、どうやらコンディションが悪いみたいだ。"ギィギィ"という音が鳴り止まない。

 木の根っこや石に引っかかっているだけなのか、ホイールが変形しているのか分からないけど、始終車体と僕は跳ねていて、口を開けようものなら瞬く間に舌を噛んでしまう。

 木の枝と葉っぱが手や顔を鞭打つ度に、ひとりでに涙と血が溢れてくる。

 こうなったら贅沢は言えない。操縦できないながらも、最低限木に正面からぶつからないように舵をとった。

 暫く下山していたら、少し先に月明かりが見えてきた。

 やっと開放される。そう思った。

 けど、そんな優しいものじゃない。山を越えた先には狭い車道が通っていた。僕はそこに投げ出された。でも、急に出たとしても止まれるわけない。そのままの勢いでまっすぐ進み、ガードレールに直撃して一回転。自転車は体と離されて大破し川に飛び込んで、かく言う僕は石や岩だらけの地面に背中から思い切り叩きつけられた。

 僕は痛みのあまり気絶した。だけど、間もなく痛みで目が覚める。これ程最悪な目覚めはなかなかないはずだ。痛みが酷すぎて声もまともに出ない。歯を食いしばって唾液が垂れる。足が変な方向に向いていて何だか現実味がない。体の感覚が無い。いや、正確には痛みのせいで他の感覚が追いやられてしまって、自分がどんな状況か全く判らない。息をするのさえも苦しくて、何度も意識が飛びかける。腕がどこにあるのかわからないけど懸命に探す。勿論、腕がぷっつり切れているわけじゃない。ただ、何が何やら分からなくて、腕や手がどこにあるかの感覚を失ってしまっているだけ。

 月明かりが僕を照らす。でも、目の前は白や黄色なんて優しい色出はなくて、暗い赤が無情にも染めていく。

 何メートル落ちただろうか? 打ちどころが悪ければ即死だったかもしれない。カバンがクッションになって、頭を守っていたみたいだ。僕は運が良かった。良かったのか? こんな目に遭って? 無駄に思考する。じゃないと、さっきから睡魔が溢れてよくわからなくなる。

 痛みに少し慣れて腕の感覚が戻ってくる。右腕が逆の方向に向いている。思い出してみると、さっき肘を石でぶつけていた。

 左手は切り傷擦り傷があったけど、大した怪我も無く無事だった。 

 僕は不格好に深呼吸をして、左手を自分のお腹辺りに当てた。そして、もうひと呼吸して光を放つ。

 足がくるり、くるりと回って元の位置に戻る。右手も、離れた骨がパズルをはめ込むみたいに引っ付いた。次第に呼吸ができるようになり、痛みも和らいでいく。視界が白んでいく。月が大きい。もうそろそろ満月かもしれない。

 気づけば、怪我は完治していた。サイレンの音が聞こえるけど遠い。どうやらこちらには向かっていないみたいだ。

「自転車……」

 そうだ。自転車はどこだ? 

 僕は周りを見回して探す。川に落ちた気がしたけど……。

「……あった」

 けど、もう自転車と呼べる状態じゃなかった。今は無理だけど、新しいのを買って返そう。お詫びとお礼も兼ねて、良い自転車にしよう。……それが良い。

 自転車を川に放置するわけにもいかない。貸してもらったものだし、申し訳無い。

 僕ははまっていたのを川から引きずり出して端に寄せた。流石に壊れた自転車を運びながら逃げるなんて芸当は僕には無理なので、置いて行くことにした。

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