第13話

「じゃあ、治しますね?」

 僕は女性の患者さんに確認した。

「……はい」

 不安はあれど、藁にも縋る面持ちで返事をする。

 とある病室にて、僕はこの女性の患者さんを治療しようとしていた。お医者さんや看護師さん、歩ける患者さんまで集まり、何人もが固唾を飲んで見守っている。

 僕の目の前にいるのは糖尿病で片足が壊疽してしまった女性の患者さんで、明日には手術が控えている。もう、切断するしか無いところまできているらしい。

 医者と看護師の監視付きで、万が一の事態のためすぐに手術に入れる準備が整った状態で、患者の意思が最優先で、もし止めたいと言った場合は直ちに取り止める事。そして、悪化させた場合、病院側は一切の責任を取らず、賠償含めて全ての責任を僕が取る事。

 これが僕が治療するに当たって課せられた条件だ。大丈夫、コンディションは悪くない。光が出るか事前に確認もしたし、失敗は無い筈だ。

「よし……!」

 僕は女性の足に手を当てた────────。


 ──────少し前の話、僕は少し苛ついてしまい、病院の受付の台を叩いた。

「本当にできるんです。信じてください!」

「そう言われましても……」

 僕の友達になってくれた男の子が、以前入院していた病院に僕は来ていた。そして、僕が捕まってしまうまでに一人でも多く救いたいと思って、手始めに重病患者の多いこの病院を選んだ。

 僕が女性を治している例の動画を見せたり、植物状態の男の子を治したのは自分だと教えたり、名前を明かして素性を知ってもらった後、『もう手が付けられない患者さんを治したいから、診させて下さい』と言ったんだけど、得体の知れない医療行為をして、万が一の事があっては困ると断られた。確かに、逆の立場なら不審者を大事な患者さんに近づけたりしない。

 だけど、僕もここで引き下がってしまっては先が思いやられると、『ひとまず、かすり傷でも治してみます』って言ったんだけどやらせてもらえず。

 何分間か粘っていたら、僕が大きな声を出してしまったからか、人が集まって来てしまった。できれば、治す直前まで知られるのは少人数で済ませたかったけど、見られてしまったからには仕方ない。

「どうかしましたか?」

 騒ぎを聞きつけたお医者さんが、事情を確認する為にこちらにやって来た。騒ぎと言っても、"変な事を言う人が帰ってくれない"みたいな事だろう。お医者さんも他の仕事があるのに、面倒事に巻き込まれたからか、あまり声に覇気がない。

「ああ、お医者さんですよね? 聞いた事あるかも知れないですけど、僕、△△という者でして、単刀直入に言いますと、手がつけられないとか、もう最悪の手段を取るしかないとか、まあ、長く生きられないというような病気、怪我を持ってる人を治したいんです」

 お医者さんの方が話が通りやすいはず……。

「はあ……。ん? あ、君、よく見たらあの商店で働いてる人だよね? 元気してる?」

「はい。今は休み貰ってますけど……」

 そうだ、商店で何度も見た事あるな。

「そうかー。良かった良かった。いつも入ってる日に休みだったから、少し心配しちゃってね。君、いつも元気そうだもんね」

「そうですね。それで、えっと……。病気の人とか治したいんですけど……」

「ああ、うん。ごめんね。それは難しいんじゃないかな?」

「何でか聞いても良いですか?」

「あれ、テレビとかで詐欺だとか宗教団体使って、テロみたいな事してるって言う人、その人も確か△△って言ってたよね? 同姓同名のそっくりさん、ってわけじゃないんでしょ?」

「まあ、やったかはともかく、△△は僕です」

「にわかには信じられないし、あの商店ではよくお世話になってるし、もしやったんならこちらとしては通報はしません。通報されるより、自首の方がいいんでょ? こちらとしては、犯罪をやってるにしてもやってないにしても、君の"病気とか怪我を治せます"って言う方が言えば信じられないけど」

「そう……ですね。普通に考えれば」

「えっと、あの男の子治したのも君だって言ってたっけ?」

「はい」

「確かに、少し前まで包帯巻いて、ギプスはめて、目も覚まさず、人工呼吸器まで付けてた子が、急に、完治するまで治るなんて、それこそ奇跡でもないと起きない事だと思う」

「それじゃ……」

「でも、実際見たわけでもないし、大事な患者をそう簡単には任せられない。皆ね、どうしようもなくなって、困って困って、病院に来てるんだよ。私達を信じて、助けを求めて来てるんだよ。その信用を、言っちゃなんだけど、得体の知れないものに任せるのは、医者としてはやっちゃいけない事じゃないかな?」

「言いたい事、わかります」

「じゃあ、すまないけどさ、帰って貰えるかな? 私達もやらなきゃならない事いっぱいあるし」

「患者さんの意見も聞けないですか? 体から離れた部分を新たに生やすのはできないかもしれないですけど、病気が進行し過ぎて治せない所まできてる人とか、複雑骨折してたり、神経が切れちゃった人とかは治せます。お医者さんの意見は正しいと思いますけど、崖に立たされた人で、藁にでも縋りたい人、いると思うんです! 失礼かもしれないですけど、医療は万能では無いですよね? 僕のこの力も万能では無いんです。お互いに協力しあえれば、足りない部分を補えるはずです。えっと、例えば、医療だと色んな所に転移した癌、取り除くのは困難ですよね?」

「うん……。そうだね。で?」

 お医者さんは何か言いたそうだったけど、とりあえず聞いてくれるみたいだ。

「僕の力は体にある異物を取り除けるんです。だから、まあ、試してみないと確実とは言えないですけど、性質を考えたらその癌も取り除けて、悲しむ人が大幅に減るんです」

「ふむ。もしそれが本当なら、私達医療従事者も嬉しいけどね。それで、君は何ができないの?」

「まず輸血とか、さっきも言ったんてすけど、離れた部位を生やすのはできないです。傷が塞がった後に移植するのもできるかは分かりません。あと、整形外科ですかね? あんまり重症の人をやった事無いんで、何とも言えないですけど……」

「判らない事だらけ……。やってみないととか、わからないとか、思うとか、それじゃプレゼンテーションにならないでしょ?」

「すみません……」

「どうしようかな? 個人としては気になるけど、医者としては今も任せる事はできない」

「じゃあ、今見せても良いですか?」

「何を?」

「怪我を治すところをです」

「だから、患者さんはダメだって言ってるでしょ」

 僕はカバンからおもむろにボールペンペンを取り出した。

「僕をです……!」

 そしてそれを自分の手に勢いよく突き刺した。

「え?」

「……っくぅ!」

 貫通しているボールペンを引き抜くと、刺しどころが悪かったのか血がドクドクと溢れてきた。白っぽいのは脂肪だろうか? 実際の痛みは見た目程ではないにしても、グロテスクである事に間違いないし、やっぱり痛い。凄く痛い。まあ、今の状況としては、刺しどころが良かったと言うべきかもしれない。

 ちなみに引き抜く時に、ボールペンのシリコングリップが骨を摩擦して引っかかる感じは、なかなか鳥肌ものだった。

「何してるの!? 止血するから手を出して! ごめん、縫合の準備しておいて」

 お医者さんは僕の手を見てみて、看護師さんに指示を出した。でも、それは必要ない。

「ま……、待って!」

 その一言で皆が一瞬動きを止める。好都合だ。

「もし、僕がこれを治せなかったら、諦めて帰ります。でも、治せたなら、僕を信じてくれますか?」

「そりゃ、治せたらね。もう、良いから、手を出して。化膿するといけないし、そのままじゃ血も止まらないよ」

「よし。じゃあ、皆も見ててください! 血が出てるのはちゃんと確認しましたね?」

「見たから、何かするなら早くした方がいいよ。神経傷つけてたらどうするの?」

 周りの人達の視線が集中した。

「やりますよ……!」

 僕は見えやすい様に手を高くして傷口を向け、反対の手で光を出して、それを患部に当てた。

「何で、光ってるの……?」

 床に落ちてしまった血は戻らなかったけど、滴り手や服にまとわりついた血は元の場所に帰り、傷口は何事も無かったかのように閉じられた。

「これは……。み、診てもいいかな?」

 お医者さん含めて、皆が目を丸くしている。

「はい。どうぞ」

 お医者さんは僕の手を触診した。

「……中は詳しい検査しないと判らないけど、少なくとも今見られる範囲は治っているとしか言いようがないね」

「でしょ」

 周りの人がざわつく。

「ちょっと、手の精密検査受けてもらっていいかな?」

「はい。それで納得してもらえるなら。あ、床を汚してしまってすみません」

「ああ、掃除するから置いといていいよ」

「ありがとうございます」

 お医者さんは検査の準備を指示した後、顎に手を添えて考え事をしていた。

「すみません……!」

 女性の声が響く。

「ん?」

 振り向くとそこには足に包帯を巻かれ、車椅子に乗った女性がいた。

「今の、見てました。私なら大丈夫です。何かあっても、文句、言いません! だから、お願いします!」

 言葉につまりながらも、女性は必死に訴えた。疑う余地も無い程にその気持ちは皆に伝わった。

 そして僕は検査の後、その糖尿病の女性を治すことになった。────


 ────僕の手から光の粒子が溢れ出す。その粒子は足から全身に広がり、全体を包む。赤黒い足が、少しずつ、斑点が増えて広がるように、元の肌の色に変わっていく。

「もう少し……!」

 足の色が元通りになり、次はえぐれている傷口を修復し、目には見えないけど、糖尿病自体も治るように気持ちを込めて、入念に光を当てた。長い間光を当ててた感覚だったけど、実際は一分とかかっていなかった。

「よし……。終わりました」

 僕は女性に治療が終わった事を告げた。

「………………」

 女性は無言で、何度も、何度も足を触る。

「いや、……驚いた。これは、嘘でも何でもない。流石に糖尿病は検査してみないと判らないけど、壊疽した部分は完全に治ってる」

「あの……、足を切断しなくても良いんですか?」

「詳しい検査をこれからしますので、その結果次第ではありますが、期待しても良いかもしれません」

「そう、そうですか」

 女性はその言葉を聞いて、僕の方を向いた。

「あの、ありがとうございます」

「はい。ああ、でも、検査してみないと、糖尿病も治ってるかみてみないと、まだ完全に安心する事はできないですよね? お礼はその検査した後までとっておいてください」

「わかりました」

「じゃあ、検査結果でるまで待っててくれるかな?」

「はい、わかりました」

「できるだけ急ぐけど、時間かかるからその間、漫画でも読んでも良いし、やるならあの光当てる治療? をしてても良いよ」

「良いんですか?」

「うん。あ、でも看護師さんと同伴ね。何かあったらすぐに教える事、患者さんの意思を尊重する事。これを守ってくれるなら、ある程度自由にしてて構わない。後は、自力で治りそうな人は無理して治さなくてもいいよ。本当に必要な人に手が回らなくなってもね、君は一人しかいないし」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「じゃ、また後で」

「はい」

 僕は女性の検査結果が出るまでの間、病室を巡って患者さんを治していった。僕の事を聞いていない人は、初めは驚いたり、怖がっていたけど、光を見た人患者さんや看護師さんが補足してくれたり、さっきの治療の顛末を説明してくれて、比較的スムーズに事が運んだ。中には僕が治す事を嫌がった人もいた。無理に長生きしたくはない、やっぱり良くわからない力に頼りたくない、もう人生に満足している等の理由で。

 重症患者全員、とまではいかなかったけど、では治せそうにない、もしくは治すのが難しい、そして僕が治す事を受け入れてくれた人達は治し終えた。

 その後自動販売機で桃ジュースを飲んでいたら、検査結果が出たと知らされた。異例の事態だから、今後も経過観察しないとダメみたいだけど、少なくとも現時点では"糖尿病は治っている"と、判断して良いようだ。足も異常無しと言うことで、誰かの付き添いありで、無理をしない程度でならすぐにでも歩いて良いことになった。

 ちなみに僕の手の骨も神経も異常は発見されなくて、一応『何かあれば連絡するように』と言われた。

「本当にありがとうございます。私、足を切断するしかないと言われて、本当に不安で、不安で……。考えないようにしていても、ふとした瞬間に思い出して……。今となっては恥ずかしんですけど、死ぬのと足を無くして生活するの、どっちが辛いんだろう? って考えたりしてたんです。ああ、たかが片足って笑われるかもしれないんですけど、私はそうは思えなくて」

 ぎこちないながらも、女性は笑った。

「そうでしたか。力になれてよかったです」

「病院だから病人や怪我人がいないと困るんだけど、やっぱり、どうしようもないと私としても辛いし、健康であるのが一番だよね。そうだ、これで終わりじゃないんでしょ?」

「え?」

「そんな力があるんだから、この病院の人達治して、はい、終わり。って、わけじゃないんでしょ? この先別の所でも治すつもりだよね?」

「はい。そのつもりです」

「じゃあ、これ」

 僕はお医者さんから何か紙が入った封筒を貰った。

「これは何ですか?」

「君の説明だけじゃ、やっぱり他の病院とかでも受け入れるのは難しい。だからさ、君がした治療の特徴とか、患者さんの元の症状と光が及ぼした影響、結果等をまとめたものだよ。私と病院の署名を入れてるから役に立つとおもう。一応だけど、近くの病院とか、施設の場所も記しておいた地図も入れてるから参考にして」

「え、ありがとうございます!」

「まあ、大変だろうけど頑張って。世の中には悪い人間が沢山いるけど、君は違うと私は信じてる。多分皆もね」

「はい……!」

「ああ、言い忘れてたけどあの光、欠損した部位の再生はできないとの事だったけとさ、必ずしもそうなるわけではない可能性があるね」

「そうなんですか?」

「君がまだ力を発揮できていないのか、何らかの条件があるのかは判断できないけど、例えばー、傷口ができたときに、それを修復するでしょ? それが欠損した部位の再生ではないと、言い切れる?」

「どうでしょう……?」

「コンディションもあるかもしれないし、条件が分からない以上、手放しに信用するのは危ないかもしれないけど、いざという時に早々に諦めるんじゃなくて、治せる可能性に賭けるのも、一つの選択肢としては有りかもしれないね」

「憶えておきます」

「うん、いってらっしゃい」

 僕は深く頭を下げた。

「本当に、ありがとうございました」

 女性が再度、お礼を言ってくれた。

「ああ、はい。……でも、貴女がいてくれたからこそ、僕も信じてもらえたんですよ。こちらこそ、ありがとうございます」

「いえいえ、そんな……。気を付けてください」

「はい」

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