第10話

 母は車のエンジンをかけると、間もなくアクセルを踏んだ。

 いくら玄関側から死角になっているとはいえ、エンジンの音は聞こえる。もしあの人が車の前に乗り出してきたら、車を出せなくなってしまうだろう。だから、安全確認はしつつも母は車をを即座にガレージから出した。

 父が引き止めてくれていたみたいで、あの人が出てくることはなかった。

「ふう……」

「緊張したね」

「うん。あ、荷物」

「後ろに積んである」

「ありがとう」

「うん。…………もし、疑いが晴れたら、何がしたい?」

「急にどうしたの? …………まあ、いいか。疑いが晴れたら? 今度こそヒーローしてもいいかな。どうせ力の事はバレるだろうし」

「聞きたくないだろうけど多分、母さんは逃げきるのは難しいと思う。でも、夢を叶えたいなら、それまでにできる事はやってしまいなさい。きっとそれがあなたの為になるから」

 運転中だから、僕の方には殆ど目線を向けなかったけど、母の言葉は力強かった。

「できる事か……。母さん、警察に電話し終えたら〇〇さんの所に行ってもらっていい? 話をしておきたい」

「わかった。……着いたよ」

「うん」

 車は公衆電話の前に停められて、周りからは見えにくくなっている。母の配慮だろう。電話中に見られたら逃げにくいし。

 僕は公衆電話にお金を幾らか入れて、早速警察に電話をかけた。

『――――警です。ご要件は何でしょうか?』

「……あー。……今朝ニュースでも言ってた爆発の事件のことなんですけど、えっと、△△を指名手配してましたよね?」

『はい、目撃情報ですか?』

「いえ、多分指名手配して追ってるとなると、また別の所を襲うと思うんです」

『はあ……?』

「そこの場所について心当たりがあるんです」

『では、一応聞かせて貰っても良いですか?』

 いたずら電話が多いのか、気怠そうな声色での対応だけど、無視はできないのか聞いてくれるようだ。

「――――中学校。△△が通っていた学校です。そこで夢を諦めさせられたと聞いた☓☓教の人が怒っていたんで、可能性は高いです」

『そうですか。それだけですか?』

「あ、いえ。爆弾処理できる人がいるかもしれません。ガスとかの可能性は低いと思うんで、今回も多分爆弾を使うはずです」

 確か、異物が混入した時はどうなるか聞かれたからな、だからこその爆弾なんだろう。

『証拠や根拠はありますか?』

「証明はできません。推測です」

『そうですか……。では参考にさせていただきます』

 ため息をつかれた。いたずら電話だと思っているんだろう。でも、動いて貰わないと沢山被害が出る。

「えっと、警察署のやつは犯行声明からどれくらいで爆破されたんですか? 次もきっと犯行声明は出されると思うんです。だいたいの時間が分かれば犠牲も無くせるかもしれないですし」

 何も言わずに爆破すればそれはただの殺人であり、自身の正当性や力を示す事ができない。だからあちらも正義を持って行動してるなら、また犯行声明を出した後に爆破する。

『それについてお応えできません』

「そうですか……」

『以上ですか? 切りますよ?』

 何ですぐに切ろうとするんだ。

「あ、待って!」

『まだ何かあるんですか?』

「爆弾処理班の出動が難しくても、せめて避難はさせて下さい! お願いします! 僕は△△です、嘘じゃありま――――」

『はい、参考にさせていただきます。では切ります』

 僕の言葉を遮るように返事をして、そのまま電話は切れてしまった。きっと信じて貰えていない。いたずらだと思われているはずだ。

 僕は憤りを感じながら車に戻った。

「どうだった?」

 母が聞いた。

「ダメ。名前も言ったんだけど、まともに聞いて貰えなかった」

「じゃあ、中学校の人達はどうするの?」

「多分、全く警察を送らないか、送られたとしてもニ、三人かな?」

「そう……」

「母さん、やれる事って言ったよね?」

「言った」

「次も犯行声明が出されてから爆破されると思う。だからそれまで逃げてさ、途中怪我人とか病人を治して行こうと思う。それでさ、きっと行けば捕まるだろうけど中学校に行って、もし本当に爆破されたら、人を避難させたり、巻き込まれたりした人を助ける事にした」

「良いんじゃない?」

「……良かった。そう言って貰えて」

「あんまり無理はしないでね」

「うん。……うん」

 母の心配はもっともで、僕も無理はしたくない。でも、爆破されると分かってる所に向かうんだから、無理はせざるを得ないだろう。多分、それは母にも分かっていて、でも言わないわけにはいかないんだ。

 そして母は無言で車を発車させた。勿論道中会話がなされる事は無かった。

 

 走らせていた車は、とある民家の前に停まった。

「……ここ。母さん、ついて行こうか?」

 どうやら目的の場所に着いたようだ。

「いや、一人で行く」

 何を話すか? あまり緊張は無かったけど、なかなか一歩が踏み出せない。でも、深呼吸をして、少しずつ玄関まで近づいていく。どんな顔をすれば良いんだろう? この騒動の種を撒いたのは僕だ。喜んでいたと聞いていても、実は恨まれているんじゃないか? そう思ってしまう。

 逃げ出したい気持ちはあったけど、会っておかないと後悔する気がした。

 だから僕は意を決して、インターホンを鳴らした。

 一秒、二秒、三秒、まだ応答は無い。四秒、五秒、僕は生唾を飲んだ。六秒、七秒、八秒、物音が聞こえない。九秒、十秒、留守だろうか? それとも無視されたか? 

 手汗を握る。時間があまりに長く感じて、目眩がしそうだ。友人としてまともに話すのは何年ぶりだろうか? 他人としては最近話したけど、それとはわけが違う。ここで僕はようやく緊張し始めた。そして何秒かもう分からないけど、飲み込める生唾が枯れた時ようやく、開かずとおもわれた扉が開かれた。

「△△くん……ですよね? 〇〇です」

「は、はい。ごほん! △△です。お久しぶりです」

 痰が絡んでしまった。お互い距離を掴めていないのが丸わかりで、笑顔を浮かべるがどこか引きつっていた。

「えっと、中に入りますか?」

「あー、母が待ってますし」

「じゃ、おばさんも一緒に……。外にいて目立ってしまったら困りますし……」

「あ、えっと、じゃあそうします」

 言葉が思うように出てこない。でも、言っておきたい事がある。

「〇〇さん、僕はまた君の笑顔が見たいからずっと、ヒーロー……人助けをしてきました。まあ、に過ぎないかもしれないけど。それで……、そのせいで……、君に悲しい思いをさせてしまったのを凄く後悔しています。ごめんなさい! 許してくれとは言いません。でも、生きて欲しいと思ったのは本当です。だから、勝手かもしれませんけど、どう力になれるか分からないけど力になりますから、どうかこの先辛くても生きて欲しい。もう、死は選ばないで下さい!」

 途中から僕は自分が何を言ってるか分からなかった。頭を深く下げて、ずっと上げられなかった。上げるのが恐かった。

 僕は凄く自分勝手な願いを押し付けている気がしたけど、助けた人を死に追いやってしまうなんて嫌だった。知らずにとはいえ、を、あやうく自分自身の手で消す所だったんだ。そんなの最悪だ。

「よく分からないけど、私はもう自殺しようなんて思ってないですよ。さ、頭を上げてください。血が登ってしまいますよ」

 僕はまだ頭を上げられなかった。

「私、△△くんの怪我を治す光に助けられましたけど、それ以上にあなたの必死な姿に救われたんです。ええっと、言いそびれていましたので、今言わせて下さい。ああ、後で息子も言うとおもいますけど……」

「何を、ですか……?」


「――――――――〇〇くん、ありがとう」

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