第9話

 朝起きて僕は、母の入れてくれたコーヒーと共に、残していたサンドウィッチをこたつで食べていた。

「……△△。お帰り」

「ただいま……」

 少し遅れて父さんが起きてきた。昨日は僕が寝るまでに顔を会わせる事はなかったから、深夜に帰ってきたんだろう。何時かは知らないけど、目の下に大きなができている。

「起きて大丈夫なの? 昨日遅かったんでしょ」

「ん? ……まあ。でもな、息子が帰って来てるのに、無視できないだろ。最後が喧嘩での別れだって、それは変わらん」

「……そうか」

 お互いが相手の出方を伺って、スムーズに会話が進まない。

「警察に色々聞かれたぞ」

「何を?」

「お前の素行についてが主だな。まあ、ここ数年は知らないから、子どもの頃の行動パターンだとか性格とかを答えたけどな」

 父はソファに座って話を続ける。

「単刀直入に言うと、俺はお前を悪いように言ってないし、犯罪を犯していないと信じてる。万が一犯したとしても、何かやむを得ない事情がある時だけだと思ってる。警察にもそう話した。昔から正義の味方が好きなお前が詐欺師なんて、天地がひっくり返っても有り得ない。そうだろ?」

 父はまっすぐ僕を見つめる。僕は少し圧倒されながらも、それに応える。

「うん。詐欺なんてしてない。人を助けただけ」

「良かった」

 父は安堵の気持ちは出さなかった。というより、安堵する必要も無かったんだろう。初めから確信してる様子だったから、確認したに過ぎないんだろう。

「あ、お父さん。おはよう。コーヒー飲む?」

 洗濯物を干しに少し離れてた母が、起きている父を見つけて声をかけた。

「ありがとう。濃い目でお願いするよ」

「はい」

「△△。知っているかもしれないが、既にお前に対しても被害届が出ててる。それで警察は今にもお前を逮捕しようとしてるんだ。多分、お前がまだあっちの家に居たとしたら、今頃逮捕されていただろうな」

「何となくだけど、それは判ってた。でも、あの親子はどうなったか知らないんだけど、警察から何か聞いてる?」

「ああ、〇〇ちゃん達は知り合いの所で匿って貰ってる。息子さんの診断書はあるし、医者も証言してるみたいだが、どうも雲行きが怪しくてな、出頭すると言っていたが一応少し身を隠させる事にした。それはそれとして、〇〇ちゃん達を"あの親子"って、長い間付き合いが無かったからって、余所余所し過ぎないか?」

「え? ……そうなの?」

 あの親子は〇〇……。いつか会えれば良いと思ってたけど、まさか既に会っていたとは。長らく顔を見てなかったから判らなかったとは言え、何も言わなかったのは失礼だっただろうか? そもそも相手は気付いていたのか?

「知らなかったのか。あの娘が助けて貰ったって聞いた時は、てっきり知ってて助けたのかと思ったけどな。そうか、知らずにか」

「うん。連絡もしてなかったから、気付かなかった」

「今まで優しかったご近所さんですら、たかだかワイドショーなんかで詐欺師としてあの娘を取り上げた途端、親の敵でも見るかのように態度を豹変させてな、張り紙を貼ったり、暴言を吐いたり、ゴミを投げ入れたり、これはご近所さんかは知らんが窓ガラスを割ったり家に侵入したりな、それが毎日の様に続くもんだからあの娘も限界だった。それで自殺を選んだんだろうな。悲しい事だ」

「〇〇さん、今はどうなの……?」

 何となく呼び捨てにはしにくかった。

「今は考えて無いみたいだ。この先どうなるかは分からんけどな。久しぶりにお前に会えて喜んでいたぞ」

「……そう」

 〇〇は結婚して、子どももできて、家庭を築いていたんだな。僕はまだ何も成し遂げていないのに再会してしまって、嬉しさはあるけど、何だか申し訳ない気持ちが勝る。

「はい、コーヒーできたよ」

 母ができたてのコーヒーを、父の前にあるテーブルに置く。

「ああ、ありがとう」

礼を言うと父はコーヒーを一口啜った。

「お前は確かに人を救った。これは間違い無い。でもな、それによって悲しみを生んでるのも事実だ。だから善とか悪とか一括りにはできないのは覚えておけよ」

「はい」

「実際どう考えても良い事をしたとしても、酷い事を言われたりされたりする時はある。だからな、今後状況と行動に伴う結果を考えて、後悔しない選択をするんだ。分かったな?」

「うん」

 父はまた一口コーヒーを飲んだ後、何かを思い出したようにまた口を開いた。

「家の近所で怪しいやつを見かけたんだが、心当たりあるか?」

「いたずら目的の人とかじゃなくて?」

「あー、さっき洗濯物を干してる時にもいたよ。いたずらしたり文句を言ってくるわけでもなく、ただこっちを観察してるみたいな」

 母も見かけたようだ。

「ああ。俺も一言言ってやろうと近づいたんだけどな、『迷惑はかけません』って言った後に謝って逃げていったんだ」

「どんな人?」

「若めの女の人だったかな。身なりが良かったから、泥棒でもないだろうと追いかけなかったんだけどな」

「あれ? 私の時は男の人だったけどね。笑顔なんだけど、どうも取ってつけたような、怖さがあったわ」

「何か知ってるか?」

「それかどうかはわからないけど……。☓☓教知ってる?」

「ん? ああ、話には聞くな」

「僕の力を信じてるみたいなんだけど、逃げてる途中で話しかけてきてさ、皆に受け入れて貰えるように、あといたずらについても手を打つって。やり方は教えて貰えなかったけど」

「そうか。得体の知れない団体に力を借りるのは落ち着かないが、今は様子を見るしかないな。上手く行けばいいけどな」

「悪い事が起きなければいいけど……」

「……うん」

 両親が心配するので、自分自身も少し自信を無くし、歯切れの悪い返事しかできなかった。確かに、初対面の相手に手放しで信用を寄せるのは危険だったかもしれない。でも、犯罪者にされて、非難されて、おもしろがられて、気持ちが疲れてたんだ。

 ああ、でも、それを狙っていたのかもしれない。いや、まだ悪人と決まったわけじゃない。もし奇跡みたいな力を持っている人間が現実にいたら、奇跡を信じる人達であれば見返りを求めずに相手を助けるかもしれない。そう、何も起きていないのに責めるのは、面白がって僕や〇〇親子を責める人と一緒だ。

 話が一段落して、父はテレビを付けた。朝という事もあって探さずともニュース番組で溢れてて、見たいけど見たくない情報が入ってきた。

 それは、勿論僕の事だ。

「――――え? …………どういう事?」

 頭が追いつかなかった。

「何で? どうなって? いや、そんな、僕は何もしてないのに……?」

 ――――僕が指名手配されていた。放火、殺人及び殺人未遂、詐欺、暴行、公務執行妨害等、色々な罪を課せられていた。テロの可能性を含めて捜査されているらしい。懸賞金もかかっている。なかなか行動が早い気がする。

「△△! 何をしたの? 何が起きてるの?」

「しっ! テレビが聞こえん」

 父は狼狽える僕と母に、静かにするように言った。

 明け方に犯行声明が出された後とある警察署が爆発され、死者三人、重軽傷者もニ十人以上出たらしい。そして、犯行声明の一文が発表された。内容は、『△△様は神が遣わした天使であり、犯罪者と見做すのは不敬である。それだけに留まらず、事実無根の罪で捕まえようとする警察に罰を下さなければならない』それに加えて、『これ以上不敬を重ねるつもりなら、△△様に仇為した他の人や場所にも天罰が下される』とあった。

「☓☓教か……?」

「僕、聞いてみる!」

 あの男性に聞いて、確かめないと。何かの間違いかもしれない。

「やめておけ! もし☓☓教がやったんなら、今連絡を取れば確実に自身を追い込むことになる」

「もしそうだとしても、いや、そうかもしれないなら尚更止めないと!」

「少なくとも今こいつらは、確実にお前の立場を危うくしている。これ以上は関わるな。逆上されて殺されでもしたら、どうするんだ?」

「……わかった」

「△△、気になったんだけど、仇為した人や場所って何処かわかる?」

「……う〜ん」

 僕は考えた。あの男性に話した人と場所……。話した内容を思い出しつつ、引っかかったキーワードを僕は口に出した。

「警察、母さんと父さん、中学校、社会、国……?」

 親とは仲直りした方が良いって言ってたから、考えたく無いけど現実的に考えるなら次に標的になりそうなのは……。

「中学校、かな? 僕のって夢を諦めさせられたって言ったら、"罪深い"って怒ってたし」

「そんな所爆破させられたら、沢山の人が巻き込まれてしまうわ」

「じゃあ、警察に知らせた方が良いかな?」

 そう言うと父は少し考えて口を開いた。

「携帯は止めとけ、探知されるかもしれん。指名手配されてる以上、証拠がない限り、捕まれば最悪、有りもしない罪で裁かれるぞ。とりあえず、近くの公衆電話で知らせるだけ知らせろ。その後のことはそれから考えるしかない」

「わかった」

 出る準備をしようと立ち上がった時だった。

 ――――ピンポーン。インターホンがなり、誰かがドアを叩いた。

「誰だろう?」

 こんな時の来客なんて、まともじゃないに決まっている。警察か、宗教の人か、嫌がらせ目的の人か、懸賞金目当ての人か?

 僕が二人に目をやると、このままじゃ家を出られないと踏んだのか父が、

「俺は客の相手をするから、母さん、△△をとりあえず公衆電話まで送ってくれ」

「わかった」

「その後は、俺が良いって言うまで帰ってくるな。良いな?」

「……うん」

「二人とも、気をつけて行ってこい」

「父さんも気をつけて」

『△△さま〜、いらっしゃるんでしょう? ここは危険かもしれませんしー。――――さんも、お呼びですよー。さあ、参りましょう! 大丈夫、我らと一緒であれば救われますー』

 誰かが玄関前で声を高くして僕を呼んでいる。☓☓教の人に違いない。しかし、穏やかで優しそうな声色とは裏腹に、抑揚が全く無いので感情が読めず不気味だった。

「どちら様でしょうか?」

 父が応答する。

「△△様のお父様ですね! お初にお目にかかります☓☓教の―――です。不敬なる者が△△様にさらなる無礼を働こうとしていますので、直ちに安全な場所へお連れしようとお迎えに上がりました」

 ☓☓教の人はテンションをさらに上げるが、声はまたも一本調子で、こうなると恐ろしさまである。

「そうですか。ですが△△は今外出中ですから、また今度じゃいけませんか?」

「おや、おや? 外出が危険なのはご理解なされていると思いましたが? 恐れながら、本当に外出をなされているのですか? もし嘘なら、神がそれを暴き、罰を下します。もう一度お尋ねします。今は何処にいらっしゃいますか? 先程の言葉は真実でしょうか?」

 この間に僕と母はガレージにある車に乗り込む。幸い、ガレージは玄関側から死角になっているんだ。

「行くよ」

「うん」

 母は車のエンジンをかけると、間もなくアクセルを踏んだ。

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