第3話

 僕は昼過ぎのお客さんが空いてきた頃、新商品のサンドウィッチ片手に休憩を挟んでいた。

「このカツサンドおいしいな」

 今までにもカツサンドはあったけど、所謂普通のソースを使ったカツサンドだった。けど、今回はチーズカツのピリ辛トマトソース。これはなかなかの出来で、オススメするのも分かる。

 売り場に山ほど有るみたいだけど、廃棄にならないか心配だ。美味しいからって、流石にあれは多過ぎる。

 おじさん曰く「うちはコンビニに負けんくらい儲かっちょる」って強気に発注するんだけど、廃棄が出ると毎回悲しそうな顔するんだよな。後でもう一個買っておくかな?

ふと気になってスマートフォンをつけ、ニュースを見た。まだ変わらずあの女性をマスコミ等が追っているようだ。

 “あの時何と答えるのが正解だったのか?”

 あの女性と話をしてから一週間以上経つけど、毎日のように考えてしまう。今まで治してきた人やその関係者とは話さなかったし、話さないようにしていたから余計に。出会ったのは偶然だけど、出会ったのは事実。

 もしかすると、僕が治さなくてもあの男の子は半年後か何年後かに、完治まで行くかはわからないけど自分の力で治ったんじゃないか? 余計なお世話だったんじゃないか? あんな悲しそうな顔させるなんて、僕のしたことは間違っていたんじゃないか? そう考えてしまって、最近はに行けてない。

 スクロールして記事を見ていくと、新しい動画が上がっていた。

「見てみるか」

 他人事ではない。だから、見なければならない。自分の行動に対する結果なんだから。

 動画はモザイクにかけられた民家の前で始まっていた。

「まさか…………」

 そのまさかだった。一度会ったからモザイク越しでも判る。民家から出てきたのは先日の女性だ。一度実物を見れば場所も人物も判るような薄いモザイクで、この動画を制作した人達の悪意が感じられた。モザイクは問題が起きたいざという時に、言い逃れできるようにかけているに過ぎない。

 女性の髪は乱れて、枯れた声で叫んでいた。ん? 音声は変えられていないのか。もう、個人を守るより、スクープの方が大事なのか。

「…………」

 ネットでは既に場所も人物も特定されて、悪戯や心無い誹謗中傷をかけている動画がいくつもアップされている。

 事故について軽く調べてみたけど、悲惨なものだった。あの女性の夫と子ども含め計五人が事故に巻き込まれ、子ども以外の四人は即死か重体の後死亡。運転手も事故の時の怪我がもとで翌日死亡。運転手は高齢で以前から認知症の症状が出ていて免許証を返納したけど、それすらも忘れて家族が目を離した隙に車で外出し、事故を起こしてしまった。子どもは全身数十か所もの骨折に、それにともなう一部内臓の破裂。大手術の後に辛うじて命を取り留めるも植物状態となり、生命維持装置無しでは生きられなくなった。少年は事故以来目を覚ましていない。

 母親は加害者遺族から賠償金等を受け取るも、莫大にかかる医療費に底を尽きかけていた。

 そこで母親は駅前などの路上や、テレビやSNS等で募金を呼び掛ける。ニュースで大々的に取り上げられた事故であったために募金する人も多く、ひとまずは事無きを得た。

 その時に僕が偶然現れ少年を治したために、母親に詐欺の疑いが掛けられている。

 カルテや診断書等の証拠や執刀医や看護師等の証人もいるけど、急に治るはずはないと病院関係者までだと思われているのか。ただ目を覚ましただけなら問題は無かったんだろうけど、怪我の全ても治っているから余計に怪しく見えたんだな。募金に協力した人達も、仲間だと思われたくないのか、恐ろしいくらいに叩いていた。

 軽い気持ちで治したのは認めるけど、かと言って見過ごすこともできなかった。

 ────────僕はどうすればよかったんだ?

 僕は頭をくしゃくしゃにしてため息をつく。

「ああ、そろそろ戻らないと」

 時計が休憩時間の終わりを告げていた。重い腰を上げて仕事に戻る。

 罪悪感はある。でも正直に言うと、最近人助けから離れて開放感を感じている。それと共に、決まった職に就いている人に少し劣等感の様なものも感じている。今まで以外は考えられなかった。だからしてこなかったけど、たった一人に対してこんなに思い悩むなら、辞めてしまった方がいいんじゃないか? 人とは違う能力があっても僕自身にヒーローは向いてないんじゃないか?

 そうだ、二十五歳は人生の岐路というし、別の道に進むのもいいじゃないか。まだ遅くはない。そうしよう。今日帰ったら、ゆっくりお風呂に浸かって、早めに寝て、いつもより早めに起きて、ゆっくりとした朝を過ごそう。落ち着いたら、冷静になるだろうし、そしたらゆっくりこれからの事について考えるとするか。

「△△君、何か困った事があるんなら言ってくれよ!」

 夕方、品出しをしていたらオーナーのおじさんが唐突にこんな事を言ってきた。

「え? ああ、はい」

 驚いてしまって、そっけない返事をしてしまう。

「俺だってそれなりに色んな経験してんだ。頼ってくれたっていいんだぜ?」

「おとうさん、急にどうしたの?」

 レジが空いて手が空いたおばさんが話に入ってきた。少しからかうようで楽しそうな表情は、二人の仲の良さが窺える。

「ああ、かあさん。△△君がよ、元気はあるし顔色も悪くねえんだけど、何だか覇気が感じられなくてな」

「そうなの? △△ちゃん」

 このご夫婦は、お互いを『おとうさん』『かあさん』と呼び合っている。子育てをしている時から長い間使っていたもので、クセはなかなか直らないらしい。それに今では他の呼び方じゃ変に恥ずかしくなってしまうとか。

「え、いえ。そんなことは……」

 否定はしたが、あながち間違いではない。

「そう。もしかしたら、疲れてるんじゃないの? おとうさんが、△△ちゃんを働かせすぎたんじゃないの?」

「けっ! 痛え所を突いてきやがった」

「ははっ」

 楽しそうなやり取りに気が緩んで思わず笑ってしまった。

「ま、俺の経験をそのまま使う事は難しいかもしれねえけどよ、ちょっとくらい未来を担う若者の役にたちたいんだよ」

「ふふふ、そうね。あたしたちにできる事があれば何でも言ってちょうだいね」

「はい。ありがとうございます」

「ああ。将来について困ってんならよ、相談に乗るし、何ならずっとここに居てもいいんだからな。なあ、かあさん」

「ええ。もしここに居たいなら、だけどね。簡単に決められるものじゃないと思うから、じっくりと考えなさい」

「おめえさんが望むなら、後継いでも良いんだからよ」

「△△ちゃん真面目に働いてるし、最近頼りがいもあるから、それも良いかもしれないわね」

「ありがとうございます。じっくり考えてみます」

「おっと。そろそろ△△君は上がりだな。お疲れ様」

「お疲れ様、△△ちゃん」

「おじさん、おばさん、お疲れ様です」


 良い方達だな。考えてもみなかったけど、確かにあの商店を継ぐのも良いかもしれないな。そうなれば経営についても勉強しないといけないし、ご近所付き合いにも力を入れないとダメだ。後はおじさんとおばさんが他にどんな仕事をしているか教えて貰わないとな。

 でも、まずはおばさんに言われた通り、他の選択肢もしっかり考えて答えを出そう。

 何にしようかな? 何だか最近は特に人の笑顔を見るのが好きになってきてるし、コミュニケーションがとれる職場がいいかな? そうなると、やっぱりまずは接客業でしょ。他には、営業職はどうだろう? 見知らぬ人に売り込むのは緊張するだろうけど、自身が満足のいくものを他の人も認めてくれるようプレゼンテーションをして成功したら、きっと凄い達成感があるだろうな。

 次は、宅配関係もいいかもしれないな。とったはいいけど使ってない免許証を活用するチャンスかもしれない。宅配といっても色々あるし、どうしようか? ピザとかお弁当のデリバリーもそうだし、郵便や宅配便もだな。初めの内はきついだろうけど、能力を活かせば何とかなるか?

 他にどんな職種があるだろうか? ちょっと興奮してるみたいだし、少し散歩でもしつつ外の空気を吸って頭を冷やしてから帰ろうかな。


『キャー!!』

 静かな町に似つかわしくない、悲鳴が響き渡る。

 僕は気付いたら走っていた。悲鳴のした方へ。理由なんて無かった。ただ、後付けしていいなら、それが僕の役目だと思ったのかもしれない。

「飛び降りだ!」「血があんなに……」「すげー!」「誰か救急車を呼べ!」「あの女か。自業自得だな」「血、顔にかかっちゃったんだけど。さいあく」「動画、動画撮らないと!」「誰か助けないのか?」

 そこには既に人だかりができていた。目的もなく叫ぶ人、ショックを受ける人、必死になる人、蔑む人、自分勝手な人、楽しんでいる人。様々な人が沢山集まっていて、それぞれが喋り、雑音となっていた。何を言っているのかも聞き取れず、後から来た僕には何がそこにあるのか分からなかった。ただ、緊急事態だという事だけは理解できた。

 僕は人を押しのけて、ぶつかった人に謝りながら、なんとかその中心にたどり着いた。

「あ…………? え…………?」

 言葉にならなかった。手は本来曲がるはずのない方向に曲がり、膝から折れた骨が突き出て、割れた頭からはが零れていた。辺りは血まみれなっていて、通行人の一部にも血が付着している。ここは五階建てのアパートの前で、どうやらここから飛び降り自殺を図ったようだ。この辺りは家も店も含めあまり高い建物がない。だから、五階建てといっても比較的高いと言える。それにこのアパートは古く、オートロックも無いため誰でも上ることができた。だから、この建物が選ばれたんだろう。

 髪の長さ、服装から女性だと思われる。が、顔が確認できない事と全身血で覆われていて確かな事は言えない。

 微々たるものだが肩が上下しているので、幸か不幸か、この状態でも生きているのだろう。

「お母さん!?」

 この絶え間なく声がごった返すこの空間で、一人の男の子の声が割って入るように響く。

「あ、あの子は……!」

 先日助けた、例の、植物状態だった、今巷を騒がせている、あの男の子だ。

 その子は倒れている女性らしき人に躊躇いも無く駆けていき、血で何度も滑りながらも母と呼ぶその人を抱き寄せる。

 と言う事はつまり、自殺を図り倒れているこの人は、女性という事だ。

 直接的でないにしても、僕はこの人をここまで追い詰めてしまったのか……。

 男の子は泣いて助けを呼び続けるが、凄惨な光景に誰もまともな行動がとれていない。当の母親もまさに虫の息で、呼吸するのがやっとだ。

 ふと疑問に思う。────誰か救急車は読んだのだろうか?

 呼べと言っていた人はいた気がするけど、それから電話をしている人がいたかの確認はできていない。もしかすると電話している人がいるのを見逃しただけで、もう一分とか二分もすれば来るかもしれない。でも、誰も呼んでいなかったら? いや、救急車が来たとしても、病院で手術が受けられたとしても、あの女性は助かるのか?

「救急車遅ぇな!」

 若い男の人が言う。

「誰が呼んだの? いつ来るの!」「誰だよ」「俺じゃねえ」「私もちがいます」「誰か応急処置しなくていいの?」「こわ~い」

 妙齢の女性が怒り気味に周りに尋ねる。が、皆周りの顔を覗うだけで、誰も反応を示さない。

 騒ぐだけで、誰も救急車を呼んでいない。皆人任せで、誰かが呼んだと思って、何もしていなかった。

 こんな状態で応急処置なんてどうすればいいか分からないし、救急車を呼んだところで助かるかもわからない。でも、何もしなくて良い理由にはならないはずだ。況してや、好奇心の赴くままに動画を撮ってSNSに投稿したり、騒いで場を混乱させたり、お祭りでも起きたかのようにこの空気を楽しんでいいなんて、

 僕は飛び出していた。男の子が助けを呼ぶ、その場所へ。一人の女性が、母親が横たわるその場所へ。頭は冷静だった。だから、人が見ている中で彼女を助けれ能力を使えば、この先普通の生活は送れなくなる事も、また女性や男の子に辛い思いをさせるかもしれない事も、分かっていた。毎日数え切れない程、どこかで人が亡くなっている。目の前にある光景も世界的に見れば、きっと珍しいものでは無いのかもしれない。だから、ここで出ればこの先助けられる命が助けられなくなるかもしれない。

 でも僕は、自分自身のの為に、目の前にいる助けが必要な人を、追い詰められて死を選ばざるを得なかった人を見過ごせる程、賢くは無いんだ!

なんて人はいない……。でも、誰かがその誰かにならなくちゃいけない。じゃあ、なってやる。僕が、その誰かに……。平穏なんてしるかー!」

「え!?」

 周りにいた人達は、急に叫んだ僕に怯んで距離を空けた。都合が良い。男の子も驚いてこちらを向く。

 僕は周りなんてお構い無しに、血まみれになりながら女性に手を当てる。そして、男の子に顔を向け、宣言する。

「僕が助ける!」

 僕の両の手はいつもより強く光を放った。その光は、目を刺すような西日にも負けず、でも朝日より優しい光だった。

「お母さんを助けて!」

「任せろ!」

 その女性はもう呼吸をしていなかった。だから、助けられるかは賭けだったけど、男の子の助けを無駄なものにしたくなかったから、この能力と自分にこの能力が与えられた運命を信じて、全力で光を放った。

 どれくらいの時間、をしたかはわからない。でも、凄く長く感じた。溢れた血と、肉と、内蔵と、もとに戻るのかは疑問だった。

「……私、生きて……? なんで?」

 でも、彼女を呼び戻す事ができた。体に吸い寄せられるように、は元ある場所に戻った。治った女性は先程までの状態が嘘だったかのように、傷の一つも無くなっていた。

「ごめんなさい。僕の勝手で助けてしまいました」

 彼女には自殺するだけ追い詰められていた。だから、僕のした事は決して彼女の為になるわけじゃない。

「…………」

 女性は無言のまま、周りを見まわした。まだ状況が掴めていないのかもしれない。

「お母さん!」

 男の子は泣きながら母親に抱きついた。それにつられて女性が涙を流し、男の子と熱い抱擁を交わす。

「今のなんだ?」「何かの撮影?」「魔法みたいだった」

 周りが再び騒がしくなる。今更ながら、マスクをしていない事に気が付いた。ま、気が付いてたとしても、持って来てないから一緒なんだけど。そう、ここ数日は人助けを休んでいたから、持って出る事もしなかったから。

「行かないと……」

 スマートフォンで動画を撮っている人が何人もいた。つまり、僕の顔と能力の事は確実に世間にバレる。理屈はわからずとも、もう事実として理解した人が出始めたから、撮影とかデマなんて嘘は通用しないだろう。

「生きてください。死んだ方が良い事が有るのかは分からないけど、でも、悲しむ人が居るのは忘れないで!」

 女性と男の子にそう言って踵を返した。

「待って!」

 女性の呼び止めには応じず、囲んでいた人の隙間を縫って脱出し、僕は夜の闇に向かって走り出した。

 

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