第25話 現実と妄想
まくりの提案により、俺は一度教室へと帰った。
事情を聞かれているクラスメイト以外、ほぼ全員から奇異な視線を向けられたが、すぐにまた沈んだ顔を、机の上に置かれただけの教科書やらノートやらに落としていく。ちょっと長めのトイレか何かだろうと、そんな結論に至ったのかもしれない。
そして俺もまた、同じように視線を落とした。
家に戻っていないのだから、思春期特有の家出に思えるかもしれないが、あんな事があった後だ。恐らく尋常ではない事情に絡まれている筈。勿論事件に巻き込まれたという可能性もゼロではないが、そちらの方がより考えたくない。
だから最も可能性の高い事情の方で考えることにする。事件の方については、本当に俺には何も出来ないが、もう一つなら手立てはなくとも、何か、出来る。
──化け物。
状況を鑑みるに、鳴子は恐らく、一人でずっと追われている。家に帰れないほどに、眠っていられないほどに、誰にも連絡を取ることも出来ないほど、切迫詰まって、追いかけ回されている。
本人しか認識出来ない、幻想、夢、幻の類だと、御伽ちゃんは言った。銃の方はまだ見えるが、化け物は見る事が出来ない。確かにこれでは本当に、御伽ちゃんの言う通りだとそう思えるが、やはり俺は違うと思う。確かに化け物は存在する。そうでなければ彼女との出会いはあり得ない事だったし、こんな状況も起こらない。
まくりの言う事を信じるのなら、彼女は街を彷徨っているという。問題は何故そんな事になっているのかだ。化け物とは一体何の目的があって、彼女を追い回している? それも多分、彼女が経験した事がない程に。
原因は環境の変化か、それとも何か突発的な現象か。
俺が持っている情報は、まず化け物など存在しないという事と、本人にしか見えないという事。余りにも材料が少ないが、原因の二つを比べるのなら、前者と考えるのが自然だ。というよりそうでないと、全く対処の仕様がない。
本人にしか、本人だけが、囚われている妄想。幻想、夢、幻。
だがそれは──誰にとってのだ?
誰の妄想なんだ? 鳴子や御伽ちゃんだ。
どこから来た?
分からないが、もし、仮に、妄想だと片付けるなら、それはつまり──。
辿り着いた、事実無根のただの仮説。しかしそれはかなりしっくりくるもので、同時に恐ろしくもある。本当に恐ろしく、奇妙で、吐き気を伴うような、現実。
彼女に話を聞かなければならない。
きっと、何の約束も無くとも昼休みに中庭にいる彼女に。
凡そまともに授業を聞いている人間は、このクラスに居ないだろう。まあそれはいつも変わらずそうなんだろうが、今日に限っては本当に聞いていないし、今日に限ってはいつもの何倍も長く感じている。団結や集団とは程遠い俺も、今日に限っては彼らに同調している。2時間目も3時間目も4時間目の担当教師もまた、生徒がまともに聞いていない事くらい分かっているだろう。しかしそれでも授業自体は行わなければならないのだから、同情してしまう。
黒板の上に貼り付けられた長針、短針、秒針を凝視していた。
楽しい時はあっという間のくせに、一分一秒過ぎる時間が、鈍い。流れは一定であると決めつけた奴が、本当に腹立たしいくらいには遅かった。
カチカチカチと、そんな幻聴さえ聞こえてくる。
カチカチカチと、秒針が流れていく。
チクタクチクタクとは全く聞こえない。
そして遂に、一番長い針が──動いた。
鳴り響く鐘の音を待たず、俺は席を立つ。
机の上に置いただけの教科書やノートを片付ける事もなく、駆け出した。
こんな時まで購買に急ぐのかと、そんな声が聞こえた気がしたが構わない。もうクラスメイトの評価もどうでも良い。友達なんていなくて良い。笑われても良い、蔑まれても良い。側に居て欲しい人が居ないのなら、そんな事はどうでもいい。
息を切らして、真っ先に辿り着いた中庭には──彼女の姿は無かった。
「早く来すぎた」
当然だ、何もかもを放棄して来てしまったのだから。購買に人気のパンを買いに行った奴ら以外は、まだ教室に居るのだろう。いや寧ろ、それすら追い越してしまったかもしれない。落ち着けと、さっきまくりに言われたばかりだったのに、本当に俺は馬鹿かもしれない。
そう思ったのだが、背後から声を掛けられた。
「おや、先輩。早いですね」
振り返ると──御伽ちゃんは両手一杯に、それこそ一瞬で売り切れてしまうような、教室が3階にある一年生では到底買えないような、そんなパンを幾つか抱えて後ろに立っていた。
「……お前もな」
「いやー、買えましたよ。この焼きそばパンと、メロンパンと、激殺ハバネロパン。一度食べたかったので、今日は授業が終わる瞬間にはクラウチングを構えてました」
結構食うなコイツ。
「そんな事はどうでもいい。聞きたい事がある」
「はい? 何でしょう?」
「御伽ちゃんは、化け物を呼び出せるのか?」
初めて会った時、彼女はこの場所で俺の覚醒やらチート能力やら訳の分からん事を言って、化け物を呼び出したように見える、そんな行動をしていた筈。あれは明らかに偶然では無く、故意だと、そんな感じだった。
「……ええ、まあ。呼び出すのとはちょっと違いますが、呼び寄せる事は出来ますよ」
「それだけ聞きたかった。ありがとう」
聞きたい事は聞けた。後は考えるだけでいい。
「は、はぁ……まあお役に立てたのなら光栄です。しかし、気をつけて下さいね。ここ最近良くない風が吹いています。磁場が乱れて、復活の兆しを感じさせている。もしかしたら魔王の再臨が、ってちょっと? 話聞いてますか? どこ行くんですか? 私の出番はもう終わりなんですか?」
何やらまた、何か始まる予感がしたのですぐにその場を去った。だって、今はちょっと彼女の相手をするのは面倒臭い。
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