第3話 ショットガンな彼女 3
「もう良いか……俺だって気にしてるんだ」
「あー、ごめんごめん……ぷッ……じゃ、じゃあこれで、おあいこって事で」
──あいこどころの騒ぎではないような気もするが、気が晴れたのならそれで良い。そう自分を納得させよう。そうでもしないと──俺はこの女を殴る。
「……はー、なんだか色々楽しかったね」
「俺は全然楽しくないけど」
「てかさっきから思ってたけど、アンタ表情筋ゼロ?」
「どういう意味」
「よく言われない?」
「……言われる」
「ぷッ……だ、だよね……それがもう余計ウケる……アーハハハッ!!」
彼女はこの短時間で、しかも今日初めて話したのにも関わらず、結構気にしていたコンプレックスをいとも容易く口に出し、いとも簡単に笑って見せた。なんという女だろうか、機微に疎いといっても程がある。
殴りたいこの笑顔。
それに肝心な事は何一つ僅かばかりも理解出来ていない。何やら訳の分からぬ事を並べられ煙に巻かれたが、結局あれはどういう事だったのか。
「お前は……本当に撃ったのか彼を」
「何、信じてなかったの?」
「どうやって信じろと」
化け物だの、消える銃だのをどうやって信じる事が出来るだろうか。
「目の前で起きた出来事でも、理由が無きゃ信じられないの?」
「程度による」
「例えばUFOが目の前に現れたら? 『これは本物です』って宇宙人が出て来きて、そう説明しないと信じられない?」
「驚愕するが、信じる」
「例えばクラスメイトが──『私は殺人鬼です』って言ったら、実際に目の前で殺されないと信じられない? 武器を持っていたとしてさ」
「……何が言いたい」
「気楽にやっていこーってコト」
──駄目だ。この女が何を言っているのか全然分からない。
それに俺は彼女の言う──化け物など見ていない。撃たれたのは間違い無くクラスメイトだったのだから。もし彼女にとっての化け物が、人間を指すのならばそれはお手上げだが。
「……屋平、だっけ? 歳平、だっけ?」
「屋平歳平だ」
「そ。じゃあ屋平君」
二つを問われ二つを与えた選択肢の中、彼女はより距離感の遠いものを選択した。ならばこちらもそうするべきだろう。
「なんだ──陽衣」
「知り合いにならない? アタシ達」
何の脈絡も無く告げられたのは、途轍も無く歪な言い回しだった。人をわざわざ苗字で呼んだ上──知り合いにならないかと誘うのは距離を縮めたいのか、そうでないのか。
友達になろうという誘い文句は良く耳にする。だが知り合いになろうという誘いは見た事も聞いた事も無い全くの未体験──というよりそれは破綻している。
「既に知り合いでは」
「わざわざ言葉にするから良いんじゃん。分かってないなー」
わざわざ言葉にしないのが友達なら、わざわざ言葉にするのが知り合いか。なるほど全然納得出来ない。
「……どうして」
「もー気楽にやろうって言ったじゃん」
「分かった」
「まー、化け物とか銃とか普通信じられないじゃん? でも屋平はその片方見てるっしょ?」
「おう」
「ほんとは片っぽだけだって、アタシにしか見えないってわけ」
「うんうん」
「それって色々とまあ苦労があるわけよ。親とか友達とかにも話せるわけないし? つーかこんなん話したらワンチャン病院行かされるじゃん?」
「だろうな」
「そこで屋平の出番! 愚痴とか聞いて欲しいってわけよ。オッケ?」
「オッケ、いや断る」
「えー何で?」
それは勿論何も理解出来ないから。彼女の言う通り、目の前で起きてしまったのだからもう信じるしかないかもしれない。だが信じるのと理解するのでは話が違う。
そもそも具体的な説明が何も無いのだから、愚痴を聞いてやる土台も無い。
「自分で言うのも何だけど、アタシ結構可愛いよ? 知り合いになれるチャンスだよ?」
「……」
──痛いところを的確に突かれた。確かに彼女の言う事には一理ある。顔立ちは整っているし、胸──いやおっぱいも大きい。この機会を棒に振るのは些か勿体無い気もする。
「分かった」
「え」
どうしてだろうか、条件を提示されそれを了承したというのに軽く引かれているのは。
「いや、まあ良いけど……」
「嫌なら良い」
「いやいや、全然。ただ欲望に忠実だなーってそう思っただけだから」
──そう思われるのは嫌なのだが。
ともかくこれでこの状況に区切りが付いた。
「……帰る」
であればもう帰宅しなければならない。最終下校時刻はとっくの昔に過ぎているのだから。見回りの教師と鉢合わせても──俺には説明も言い分も持ち合わせが無い。
「早速聞いてもらいたい愚痴があったんだけど」
「早すぎる。明日にして欲しい」
疎んでいた平凡が見事に打ち砕かれ、全身に疲労感が募っている。帰って晩飯を食べて風呂に入ってさっぱりしたい。ベッドに横になって寝るまで動物の動画でも見たい気分だ。
「じゃ」
「あ、ちょ」
口を尖らせる可愛らしい彼女の顔を横目に、ドアを開けるとさっさとその場から逃げ出した。
廊下へ出ると無意識に深く息を吐いた。溜息ではなく、溜まっていたのは重苦しい何か。全身が重圧から解き放たれた凄まじい開放感で包まれる。
自分が思っていたよりも緊張していたのだろう。それはそうだ、何故なら──殺されるかもしれないと本気で思ったのだから。
だが、どうやらまだ張り詰めていたものが完全に解けた訳では無いらしい。
「ちょ待てよ」
「うわッ」
背後から突然肩を掴まれ、吐き出した呼吸を一気に引き戻してしまう。振り向くとそこに居たのはやはり彼女。
「びっくりした」
「それほんと?」
「本当」
おっぱいを見ないよう、しっかりと目線を合わせての会話を心懸ける。とはいえこちらにもう用事は無いのだが──まだ何かあるのだろうか。
「まいっか。連絡先教えてよ」
なるほどそういう理由だったか。しかしその要望には応えられそうにない。
「今日はスマホを持ってない」
「……もしかして、本当は教えたくないだけじゃなくて?」
そんなつもりは一切無いのだが、何故信じてもらえないのだろう。
家に置いて来てしまったのだ。もっとも連絡を取るような相手も居ないので、今では目覚ましの機能が主だが──決して友達が居ないのではない。
「違う。陽衣は可愛いので是非連絡先は交換したい」
「そんな顔で言われてもねぇー」
──本当に失礼な女だ。挽肉にしてやりたいよまったく。
自分でもどうしようもなく、彼女の発言に苛立っていた。これだけ短い時間で一体、何度人のコンプレックスを弄れば気が済むのだろう。
「帰る」
「あ……ご、ごめん……もしかして怒らせちゃった……かな」
そんな機嫌が顔に出てしまっていただろうか、彼女はらしくもなく、珍しくしょげた顔をした。話したのは今日が初めてだが、らしくないと、そう思える。
まるで子供がはしゃぎすぎて親に叱られたような、そんな他人の顔色を伺うような、そんな表情を見て──心が痛む。
「帰る」
居た堪れないとはこういう事を言うのだろう。
多少の罪悪感を抱えさせられたので、今日のところは大人しく家路に着く事にしよう。何よりこのまま、この場にずるずると居残るのは気が進まなかったのだ。
踵を返し歩くと響く足音は一つのみ。──すっかり暗がりとなった廊下を進んでいくと、どうにも後ろ髪を引かれる思いだった。物寂しいと言い換えても良い。
──彼女は、まだ俺の背中でも見ているのだろうか。
思えば衝撃的な体験だった。少なくとも、それは衝撃的な体験などと月並みな言葉を使ってしまうくらいには──衝撃的な体験だったのだ。
俺は──超能力や幽霊の類を欠片も信じていなかった。それは存在しないと分かっているからだ。もし存在してしまうとするなら、それらが持ち合わせる神秘性などは何処かへと消え去ってしまうだろう。
そうなればそれはもう──きっと名前や意義も変化してしまう。思い焦がれて来た様々が、科学や定義と言った現実で塗り潰されてしまうのだ。
それは──堪らなく寂しい。
だとすれば俺は彼女の存在を──どう結論付ければ良いのだろう。
「あ」
彼女との出会いを思い起こし、延々と意味の無い妄想に耽っていた時。ある事に気が付いてしまった。それは先の出来事その発端となった、現在の自分を決定付けた事。
──教室に宿題忘れた。
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