ぼっちな俺は放課後、転校生ギャルのとんでもねえ秘密を知ってしまった

咲井ひろ

第1話 ショットガンな彼女

 管楽器の音色がどこからか聞こえる、汗を流し走り込む声が聞こえる。そんな青春の香りに居た堪れなくなりつつも、正門を抜け、敷地内を歩き、上履きに履き替えた。


 理由は単純──教室に宿題忘れた。

 

 夕焼けに染まる校内は、ノスタルジックでロマンチックで青春を感じさせるには充分だった。二人きりの教室。高揚した気分で最後には重なり合う二つの影。そんな想像がこうして一人歩いていると脳裏を刺す。


 リア充がいちゃついていませんように……家でやれ家で。


 と心中で愚痴と願いを溢し、教室のドアを開けたその時だった。俺はその時、この場所へ来た意味も、自分が今何をしているのかさえも見失ってしまった。


 確かにそこには、1組の男女が想像通り教室に。


 そして視界に飛び込んで来たのは衝撃的な光景だったが、衝撃的と思う暇も無い程に──唐突で突然過ぎていた。


「……え」


 簡単に説明するならば──少女が少年にを向けている。


 何が起きているかは分からないが、そう言う他無い。


 通常の生活ではまずお目に掛かれない場面。


 おっぱいの大きい、淡い桃色の髪の、ギャル。そんな少女は確か数週間前に転校して来た……ちょっと名前は覚えていないが転校生。


 そして少年の方は何度か話した事のある……クラスメイトだ。ちょっと名前は覚えて無いが。


 とこんな状況に対する感想は一つしか思い浮かばない。


 ……なにこれ。


 そう思うも言葉に出す事が出来なかった。


 加えて奇妙な点が一つある。何故銃を突きつけられているのにも関わらず、動揺の色が見て取れない。起こしている行動といえば──ゆっくりと彼女へ向けて歩いている。それだけだ。


 おもちゃの銃だ、絶対そうに違いない。


 淡い期待と自らを納得させる為だけの言葉。


 そんなものを打ち砕くように、撃ち抜くように──彼女は指先を動かし引き金を引いた。


 バァンッ!!


 表情を変える事なく、言葉を掛ける事なく、躊躇無く引き金を引いたのだ。


「ッ!!」


 心臓を直接バチで叩かれたような衝撃、耳元でシンバルが爆裂したような破裂音。目を背ける暇も無く彼は撃たれた。


 ホントに、ホントに、ホントに、ホントに、ホントに撃った。


 ──ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。逃げないとヤバイ、動け、動け動け。


 そんな瞬間を見開いた後のだったのでそれはもう──くっきりと見てしまっていた。人が人を撃ち殺す──その瞬間を。


 頭部を撃ち抜かれて仰け反り、彼の体はそのまま後ろへと倒れる──筈だった。


「……あれ? んー……ん?」


 しかしそうはならなかった。何がどうしてそうなったか分からないが、確かに発砲音が聞こえ、彼もまた直撃したような動きをした。だが間違いなく彼は──生きている。


 首を傾げて、自らの身に『何が起きたのか』を懸命に探る様子は間違いなく生きている証拠だった。


 やがて彼はそんな不可思議を保ったまま、ゆらりゆらりとこちらへと歩いて来る。理解が追いつかぬまま、彼との距離が縮まっていった。


 そんな姿は、もう何もかもを真っ白に染めてしまった。


「っ……」

「んー……?……えーっと……」


 何なんだこれは。


 見えているのかいないのか、このままでは衝突する。そう思えば体が自然に道を譲り、彼は通り過ぎて──教室を出て行った。


 何が起こって、何が起きたんだ。今目の前で。


 彼女は短く息を吐くと、やってやったぜ感を出して微笑んでいる。何故、どうしてそんな顔が出来る──だってお前は撃って、しかも──死んでいないのに。


 鼓動が弾ける。歯が音を立て流れ出した汗が引いていく。生涯体験した事の無い程に短い呼吸と震えが全身を冷やつかせ、網膜に焼け付いた光景が脳を加熱した。


 一仕事終え、彼女は当然気が付くだろう。今この現場を見ている自分に。その証拠にゆっくりとその視線は向きを変え──目が合った。


「……あれ、いつからそこに居たの?」


 物騒なものを肩に担ぎ、名前を思い出そうと首を傾げている。これは逃げるべきだとそう判断するも、肝心の足が全く動かない。


 だが何故だろうか、口先だけはちゃんと動いてしまった。


「……なに、これ」

「え? 何が?」

「何が……って言うか……あの……」


 考えろ、この場を切り抜ける方法を──どうすればここから逃げられる。


 出来るだけ優しく出来るだけ穏便に、意識を逸らせ。逆らわず、機嫌を取り、服従し、抵抗だけはしないよう。


「……お願いします、撃たないで下さい」

「は?」


 そう思っていた体は勝手に動き出し、気付けば上半身をきっかり90度に曲げていた。太腿へ掌を密着させ、視界には相手を入れる隙間は無い。


 垂れた頭は抵抗が無い事を示してくれているのだろうか。


 経験は無かったが、いざその時になるとこんなにも言葉と態度が顔を出すとは。お辞儀という文化は自分で考えるよりも体に染み付いているらしい。


「ふーん……」


 上履きが床を踏み付ける音が聞こえる。つまり近付いて来ているのだろう。このような体勢になってしまっては最早逃走も叶わない。


 ──死の足音とはこの事か、まさか16歳でそれを実感する日が来ようとは。


「……ッ」


 そして遂に、床のみを映していた視界に彼女の足先が現れた。


 こんな瞬間だったからだろうか、ふと──良い匂いがした。


「ねえ……顔上げて?」


 言われた通り顔を上げて、再確認する。自分がどういう状況に追い込まれているかを。


 全く重さを感じさせる事なく、彼女は散弾銃を振り上げる。伸ばされた銃口が向けられ、黒く深い穴が目の前に飛び込んでいた。


「ちょ」

「……やっぱり、見えてるんだ」


 ──見えてるというか、見させられてるのだが。突き付けられてるのだが。


 間近で確認するとやはりこれは──おもちゃなどでは無い。夕焼けを反射した金属部分がその重厚感をはっきりと認識させている。紛れも無く不純物も無い純粋な武器。


「これさー。普通は見えない銃なんだよ。見えてる奴はアタシの敵なの。意味分かる?」

「……全然、分からない」

「だよねー」


 彼女の指が──そっと引き金に掛けられた。数センチ動かせば間違い無く発射される。


「や、やめろ」

「だからさ。確かめさせてよ……」


 指先が動いていたが、俺は当然動けなかった。無限にも感じられる時間の中呼吸すら忘れ、ただ銃口と、その向こう側にある彼女の表情を──目に焼き付けていた。


 本当に、この女は俺を撃つつもりだ──そう、彼女の視線が訴えている。


「……っ」


 彼は死んでいないのだから、この銃は偽物であるか弾が入っていないかのどちらか。十中八九そうだ、99パーセントそうに違いない。


 だがもし一ミリでも、塵ほどの確率でも本物だったら。さっきのはたまたまで本当は弾が出るとしたら──俺は死ぬ。 


 駄目だ駄目だ駄目だ。撃たれる撃たれる撃たれる。これ、ホントの事かよ。俺、本当にこのまま撃たれるのかよ。いやだ、いやだ、いやだ……。


 すぐに走り出せば良い、走って走って助けを呼べば良い。それがどうしても出来ない。それだけだったのにどうしても。彼女の視線が地面に付いた足先を打ち止めているようだった。


「や、やめ……」


 ──そうして彼女はまた微笑んだ。可憐に儚く愛らしく微笑み、


「ばん」


 躊躇無く表情を変える事なく、引き金を引いたのだ。

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