第13話
「そこ、埃を落とすんじゃあない! お前たちが一生かかっても弁償できない剥製だぞ。」
一歩歩くたびに叱責を飛ばしながら、男は屋敷の奥へと私たちを案内した。
カリヒは彼と初対面だが、その横柄な態度からすでに彼のことが嫌いになりつつあることが手に取るように分かった。そして彼女は表情が顔に出やすい。三人が男の自室に着いた時には、カリヒの彼を見る目は誰が見ても明らかなほどの嫌悪に染まっていた。
「——さて、それで……。」
赤黒い色調のアンティークチェアに腰掛けながら、彼はふうと煙管の煙をくゆらせた。そのまま煙管の先をカリヒの方面へと振って彼女を指し、私に問う。
「誰だ? この野蛮人は。」
一拍。カリヒが指さし確認を行う。やばんじん……野蛮人?
「やば……? はああ? 野蛮人? ちょっと気障男、誰が——。」
「煩い、俺はクィナに聞いたんだ。お前は黙ってろ野蛮人。」
噛みつくカリヒを一蹴し、ウーノはそれを睨みつける。そして再度私に視線を送ると問うた。
「なあ、教えてくれクィナ。これがお前が作ってきた友人か?」
「……彼女は大切な学友です。相変わらず人を食ったような態度ですね、貴方は。」
「はん、あの女に買われて随分偉くなったようじゃないか。」
この男に対峙した今、私はどこか余裕が無い苛立ちを感じていた。彼の吐く煙の息苦しさに余計ストレスを抱く。
それを知ってか知らずか、ウーノはゆったりと煙管を吸い、リラックスそのものといったように長い息を吐く。にやりと笑う顔を見て、すでに彼のペースに乗せられていることを悟った。
咳ばらいを一つしてから、「単刀直入に言いましょう」と話を切り出す。
「私たちを富裕街の裏口へ案内してください。」
「いやだと言ったら?」
「力づくで。」
何のよどみもなく言い切ると、ウーノは少なからず驚いたようだった。ふーんと言いながらまた一つ二つと煙を吐き出し、「その話、俺に乗るメリットは?」と尋ねる。
「俺は商人だ。儲けが無ければ動かん。」
「あなたにメリットはありません。断れば死ぬだけです。」
瞬間音もなくウーノの背後へと回る。縄を首にかけるが彼はとっさに頭を下げ回避した。そのまま立ち上がり振り返ると、アンティークチェアごと私の上半身を蹴り飛ばす。受身を取りダメージを逃がすが、追い詰めるように距離を詰めるウーノ。眼前に迫る彼を認め、レッグストラップからナイフを引き抜き応戦する。
私がナイフを薙ぐのに合わせて、風を切る音が部屋に響く。四度目のそれでウーノは私の間合いに飛び込んだ。突き出されたナイフに、片耳とほほがぱっくりと割れ赤が噴き出すが、ウーノは構うことなく私の腹部に膝蹴りを入れる。小さなうめき声と共に口から透明な胃液が漏れ出た。ウーノはそのまま馬乗りになると、手を足で踏み抑え首に手を掛け——。
「動くな。」
カリヒが後ろからウーノの耳にささやきかけた。彼は椅子に腰かけたまま、一歩も動いてなどいない。
彼女がウーノの首にナイフを押し当てる。赤黒い血がつっとその喉元を伝った。
ウーノは少しだけ目を細めると、先ほどと変わらず正面に立つ私を見て言った。
「久々だな、術にかかったのは。俺も鈍ったか。」
そのままくくくと笑い声を漏らすと、握られたままだった煙管に再び口をつけ、長く煙を吐き出す。カリヒはその煙にもイライラしていたようで、簡単な文言を口に手で払う仕草をした。途端に煙は一瞬青く光り、すぐさま部屋の外へと消えていった。
ウーノは忌々しそうに眉根を寄せてその様子を見ていた。
しばらくの沈黙が続く。背中に汗が流れるのを感じた。
はっきり言って心理戦ではこの男の方が何枚も上手だ。「交渉」なんていう相手の得意分野に持ち込んだら、それこそ思うつぼだろう。とはいえ脅しもそんなに聞くような相手じゃない。これはかなりの賭けだった。
ウーノは火の消えた煙管を指で弄びながら、何かを思案しているようであったが、やがて静かに「乗った。」と答えた。
「良いだろう、案内してやる。……元商品と、野蛮人とをな。」
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