第12話
相変わらず風が砂を運んではいるが、石畳が敷かれているだけあって抜群に歩きやすい。辺りに目を走らせて、カリヒがひっそりと耳打ちをしてきた。
「なんで見てくるの?」
カリヒのいう通り、大通りから脇にそれる路地への入り口には必ずと言っていいほど人がいて、そのどれもが大通りを歩く私たちを穴が開くほど見ていた。ちらほらと男性もいるが、ほとんどは女子供だ。
時折仲間内で耳打ちをしては、二人にそそぐ視線をより一層鋭いものにする。はっきり言って居心地は最悪だった。
「放っておいて。彼ら盗みがしたいのよ。私たち、ここらにしては随分と良い身なりだもの。」
「あ~……スリ狙いってことね。なんで。」
驚いて思わず足を止める。
「なんで、って……。」
そのまま返事の言葉に詰まったが、カリヒは頭に疑問符を浮かべたような顔をしていた。その様子を見て、どこか腑に落ちる。
そうか、こんな暮らしをしていなければ個々の常識などわかるはずもないのか。
くるりと前に向き直ると再び歩を進める。
「……ここでは、それくらいしか生き残るすべがないのね。特に、子どもは。」
「……ふうん。」
どこか引っ掛かったような反応だったが、カリヒもそれ以上は質問を重ねず、私のあとに続いた。
しばらく無言が続く。
一切迷いなく、右、左、左右左と迷路のように続く路地裏を淡々と歩む。思ったよりも忘れていないものなんだなと、どこか他人ごとのように考える。
後ろに続くカリヒはとんでもない方向音痴だから、きっと彼女は初めに大通りを外れた時からすでにちんぷんかんぷんだろう。事実、恐らく私を見失わないよう、カリヒは必要以上にぴったりと後ろに付き添っていて、それが何だか面白く感じた。
かなり奥まったところまで歩いた時、ふと足が止まった。目の前にはそれは小さなボロ小屋が一つ。入り口のドア代わりに、汚らしい布がぶらりと下げられていた。
「……ここも変わらないわね。」
意図せず嫌悪がにじんでしまった声でそう吐くと、ためらいなく布を引きずり落とす。
「邪魔しますよ、ウーノ。」
宣言するかの如く言い放ち、ずかずかと小屋に踏み込むと、しわしわの老婆が一人中央にうずくまっていた。後ろのカリヒが慌てて私に続き小屋に踏み込む。
「お……クィナか……。久しい……。」
老婆が懸命に手を伸ばしてもごもごと喋るが、それには目もくれず小屋の壁に手を当てる。それをゆっくりとずらしていき、ある箇所でぴたりと止めた。その姿勢のまま老婆に視線を送る。自分でもわかるくらい、ひどく冷酷な目だった。
「はは、涙が出るほど寒い演技ですよ、ウーノ。」
そういうと壁の手を一気に引き下げる。その瞬間、ベールが柔らかにはだけたかのように、小屋の景色は一変した。傍らでカリヒが眉を顰める。
何もない小屋などではなかった。それはむしろ由緒正しき屋敷のようで、天井は高く床にはカーペット、壁には壁画、上にはシャンデリアが吊り下げられている。そしてそのあちこちを、その細い手足に不釣り合いな枷を伴いながら、数十人の子どもたちがせわしなく動いていた。
それ等に過去の自分が重なり、苦い思いが胸を支配する。
「……久しぶりだなあ、クィナ。」
声を掛けられ、ハッと老婆がいた場所へ視線を送る。そこに老婆はおらず、代わりにすらりと手足が伸びた美青年が、煙管を片手に立っていた。黒を落とした毒々しい口で弧を描くと、男はくっ、と喉奥で笑うような声を漏らす。
忘れもしない、この男こそ、この胸の影の原因。
腹を決めて息を一つ吐くと、男を正面から見据え、改めて言葉を放った。
「お久しぶりです。奴隷商人、ウーノ。」
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