第11話

 ゴーヴァンとは、かつてこの世を統べた皇国アスタの血脈を受け継いだ、超巨大国家である。国土の七割は貧民街が占め、城壁で囲まれた富裕街には皇族、貴族、王族とその使用人が暮らす。前時代的な国であると同時に実力主義思想が蔓延る国でもある。つまりは弱肉強食の世界だ。

 

 ぽちゃんと小さな水音が響く。ひどいめまいに思わずよろめいたら、すぐそばのレンガに手をしたたかにぶつけた。湿っている。ひどく暗い。

「カリヒ? いるかしら?」

うまく働かない目を細めて、周囲の状況をさぐる。いるよ、と頭上から声が響いた。

「井戸の底に飛んじゃったみたいなんだ。あたしもさっき上りきったとこなんだけど、今縄を下ろすよ、少し待ってて。」

 そういうと、覗き込んでいた影がすっと引っ込んだ。途端にギラギラとした太陽が顔をのぞかせ、そのまぶしさに思わず目を閉じる。目の奥がしんしんと痛んだ。ゴーヴァンは水源が豊かなはずだが、この井戸は踝くらいの水位しかない。どうやらここは郊外らしい。

しゅんという音と共にす縄が顔のすぐ横を落下していった。……顔面に直撃しなくてよかった。はあと息を吐いてから握り、試しに二、三度強く引いてみる。強度は十分なようだ。


「よいしょ、と。」

縄を手に巻き付け、レンガの壁に足を掛けつつ上へと昇っていく。ぐんぐんと明度が上がる視界に小さな頭痛を覚えながらも、井戸の入り口へ手を掛けた。


「悪いね、ゴーヴァンなんて小さいころに来て以来だからさ、何がどこにあったかなんてすっかり忘れちゃって。」

 縄を回収しながら光が弁明する。大丈夫、と答えながら、サラはあたりをぐるりと見渡した。

「砂嵐がひどいわ……方向を見失わないように行きましょう。」

 スカーフで鼻を覆い、砂地へと足を踏み入れる。砂が細かいらしく、一歩踏み出すごとに足がたっぷりと沈み込んだ。ただ歩くだけだというのに、普段の軽く三倍は体力を奪われる。


「ゴーヴァンに行けって、トトは言ったけどさ。ゴーヴァンに海なんかあったぁ?」

 私はぜいぜいと息を切らしているというのに、カリヒは何でもないような顔をして言葉を投げかけてきた。額を伝う汗を拭いながら、あるはずと答える。


「富裕街の中心……王宮の地下にね。巨大な洞穴があって、そこが海にそのままつながっているって噂よ。」

「噂?」


 カリヒが聞き捨てならないといった風に語尾を上げる。照り付ける太陽に顔を顰めながら、私は彼女に振り向いた。

「なにせこんな気候だから……水源は大事なのよ。その水源に直接、接触できるのは……王族と、彼らに近しい皇族だけよ。ただの貴族は……お願いして、水を運んできてもらうの。」

「……じゃあ、あたしたちどうする? ゴーヴァンのお貴族たち、とんでもなくプライド高いし。魔導士だから街には入れてもらえるだろうけど……」

「だから、裏口から入るのよ。……そのためにわざわざ、貧民街に来ているんじゃない。」

 ふうと息をつき、腰に手を当てる。

 煤けたレンガの門が、頼りなさげにひしゃげたまま私たちの前に構えていた。あまりに風化していて、門とも言えない有様だ。

 懐かしくもあり忌まわしくもあるそれに対して少し目を細めてから、行こうとカリヒに合図し門をくぐった。

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