第10話

 ちょうどその時、ようやっとカリヒが立ち上がったようだった。まだ俯きながら小さくうめき声をあげていたが、恥ずかしさからかすぐにプファとミラを追っ払うと、ばっと顔をあげる。擦ったのか目元が赤かった。

「わは、超面白いね、目だけ真っ赤。」

 トトが心底面白そうに手を叩くと、カリヒはいつか絶対殺してやると小さく呟く。


「さてと、お師匠が言った通り鏡があるとしたら海だね。で、海があるのはゴーヴァンとオウトくらいだから、まずはそこを調べようか。二手に分かれて同時進行ね、俺の独断で今パッと決めちゃうね。う~ん、と、サラちゃんはカリヒちゃんとゴーヴァンに行ってもらおうかな。ミラちゃんとプファくんは俺と一緒にオウトね。で、何かしらの情報がつかめ次第パルティアで落ち合おう。あそこは俺の隠れ家がある。もしパルティアも消えたらまた連絡飛ばすよ、ハイ決まり。じゃ行こう。」


 あまりの速さに呆気に取られるが、あれ、わかった? というトトの問いかけにハッと我に返る。はいだのおうだの返事が四人分飛び交うと、よろしい~と言いながら彼はおもむろにかがんだ。陣を描いている。

「三人分俺が書いちゃおうね~ちょっと待ってて。」

「あ、あの。」

「はいミラちゃん何かな?」

「あの、オウトってあの戦闘民族のオウトですか。」


 ミラの声が少し震えていた。その言葉ではっと思いつく。

 そうだ、オウトと言えばあの忌むべき戦狂いの国ではないか。

「そうそう、独自の宗教に基づいて国を片っ端から潰し歩いている戦闘民族だよ。数百年前にパキアを滅ぼして以来記録が無いのに、ミラちゃん賢いねえ。」

 何のことなしにトトがさらりと答える。ミラとプファの顔がさっと青ざめた。当然だろう、オウトに関する記録はその全てが血塗られている。とにかく破壊虐殺の限りを尽くす国だ。外交にも一切応じようとせず、かつてその門戸を叩いて帰ってきたのは数名のみ。先生でさえ、「あの時はさすがに死ぬかと思ったよ」と語っていた。


「……てかそもそも国にも入れてもらえないんじゃね? あそことにかく他人嫌いだって聞くしさ~……。」

 プファがひきつった笑顔でトトに問いかける。陣を書き終えたトトは、ミラとプファの肩に手を掛けて、大丈夫だよと答える。いよいよ出発するようだ。


「だって俺はオウトだからね。」


 ミラがその瞬間目を見開いて私の方へ振り返る。

 思わず手を伸ばしたが、すでにそこに三人の姿はなかった。

 ぺり、ぺりという音が玄関から聞こえる。瓦解が近づいているようだった。


「……気になる事は多いけどさ。……とりあえず、ゴーヴァンに向かおう。」

 後ろからカリヒにそう声をかけられる。二三回ミラが消えた地面をさすっていたが、彼女の言葉に意を決して立ち上がる。

「そうね、やるしかないわね。じゃあ、陣を書くから……。」

「ちょい待ち、渡るならあたしがやるよ。」

 カリヒが地面に伸ばしかけた私の腕をぐっと引き留める。

「あんたと違って、あたしは回復できるからね。あたしがやるほうが良いでしょ。」

「——そっか。久々だから忘れていたわ、そうね。」

 じゃあお願いと答えるや否や、カリヒがパッと私の手を取る。そのまま私たちは影に飲みこまれていった。

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