第7話
「すまないね皆、ずいぶんと待たせてしまった。今すぐ視たもの全てを伝える。」
術後だからか、彼女の顔色は悪かった。暖炉の暖かな火に照らしあげられているというのに、彼女のそれは土気色をしていた。
「先生、少し休まれては——。」
「いや、いい。ありがとうサラ、けれど休んでいる猶予はないんだ。」
思わず声をかけるが、彼女は食い気味にそれを制すと、ぐるりと部屋を見渡した。いつも通り心意を感じさせない柔らかな表情だったが、どこか鬼気迫る雰囲気を醸していた。
「先生。アルカルドさんはお待ちにならないのですか?」
恐る恐ると言った具合でミラが尋ねたが、間発入れずに先生が答える。
「アルカルドは消えた。トルコワもだ。帰ってこない。」
抑揚のない声だった。ソファに座る男が、わかっているんだかいないんだかわからない調子でへえと小さく反応する。その声で思い出したように、先生はああと手を打った。
「そういえば、彼を紹介していなかったね? 彼はトト、君たちの先輩だ。」
「どうも~。俺がトトだよ、よろしく。」
先生が指し示すのに合わせて、男——トトが片手をあげる。どうにも緊張感が無い様子だった。
「彼は君たちより先に島に来てくれていたのでね、別の任務についてもらっていたんだ。お気楽者かつおしゃべりだけれど実力は私が保証する。強力な味方と思ってくれて構わないよ。」
「ええ~お師匠ってば、ハードル上げるなあ! 困っちゃうよそんなこと言われたって俺はごく普通の魔導士だよ。あ、でもお茶入れるのはとんでもなく上手だと思う、誰にも負けないレベル。お茶良いよねえ、ほんとは今回初対面の人たちが多いから、俺が直々にふるまおうと思っていたんだけど、お師匠が要らないって止めたもんだからさ。悲しいよ、おれは悲しい。人が親睦を深めるには美味しいお茶で口を潤わせつつ語らうのが大事なのにさ、なんせこれから一緒に世界を救おうっていうんだ、互いのことはよくよく知っておくべきだよね? そう思わない?」
ね、そう思うでしょ?とたまたまソファの近くにいたプファの顔を見上げるトト。え、あ~そっすねと適当に返事を返されるが、流されたことにも気づかず、君はわかってるねと笑い出す。やかましいことこの上ない。
「私、饒舌な男って何よりも嫌いなのよね。」
どうしようもない不快感に思わず言葉をこぼす。冷え切った目に傍らのミラが縮こまる。トトはきょとんとした後に、「気が合うね、俺も!」と笑った。——嫌いだ。
「はい、歓談はそこまでにしてくれ諸君。そろそろ本題に入ろう。」
先生が二回手を打ち鳴らして注目を集める。
「みな知っての通り、カリヒとミラにはそれぞれ存在の消失が可能であろう魔導士に会いに行ってもらったが、そのどちらもはずれだった。この二人を差し置いてこの事態を引き起こせるような人物を私は知らない。もしいるとしたら、これほどの規模で存在を消失させ、かつその力をここまで隠し通してきた人物ということになる。」
私とミラが小さく相槌を打つ。彼女は軽く両手を組むと、話を続けた。
「そんな奴は、はっきり言って化け物だ。探し出すだけで骨が折れるし、見つけたとしても十中八九言うことを聞かせるのは無理だろう。存在を消すなんてことをやってのける天才が——いいかい、こんな術を成立させるなんて、過去にでも飛ばないと無理だ、魔導士と言えどやすやすと越えられない壁を、行き来するということだ——ともかく、そんな頭脳を持つ奴が他人の説教に貸す耳なんて持ち合わせていないだろう。実力行使なんてさらに無理な話だ。私は早々にあきらめようかと思ったよ、手に負えないとね。」
ここで彼女が小さく自嘲気味に笑う。私はふと小さな違和感を抱いた。
何か……妙だった。
先生はこんなに話す人だったか?
「けれど、先ほどやっと見えた。……この崩壊を引き起こしているのは人じゃない。」
「物だ。」
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