第4話

瞬く間に人は減り、場には七人が残った。その顔ぶれを見渡して、先生がさて、と切り出す。


「ここに居る者たちは、大丈夫なのかな? 本当に覚悟を決めたのかい?」

 詰問ではなく、確認。その透き通った瞳で、彼女は一人一人の顔を正面から見据えた。

「アルカルド、君は?」

 屈強な筋肉を持つ男が、挑戦的に笑う。

「俺を誰とお思いで、先生? 必ずや国々を救って見せますとも。」

「それは頼もしいね。」

 魔導士はふわりと微笑み、彼女の椅子が滑るように移動した。俯く女性の前でぴたりと止まる。

「君はどう、ヴァンネ。」

「わっ、わたし、は。」

 黒髪のかかった細い肩が、フルフルと小刻みに震えていた。先生に合わせた視線は、縋るようなものだった。


「せ、先生、私死にたくないです。先生のためなら何でもしたいですけれど、私には家族もいないですけれど、私、死にたくはないんです、先生。」

 絞り出すような声でそう訴える。先生は彼女を静かに見つめて、もちろんだともと頷いた。


「良いかい、よく聞いてヴァンネ。死ぬ覚悟を求めたが、我々は死にに行くのではない。君が嫌だというのなら決して強制などしない、今すぐ君が故郷へ帰ったとて責めたりするものか。けれど、ここに残った者は、死ぬために残ったのではないよ。」


 そのことをよくわかって、と先生はヴァンネの顔を覗き込む。彼女は数秒躊躇った後に、ささやくような声でお手伝いいたしますと答えた。わかったよ、と先生が返し、また滑るように移動する。


「せんせ~僕全然平気~。」

 次の問いかけが始まる前に、一人が寝ぼけたような声でそう申告した。フードをかぶった小柄な少年が、眠そうな目で魔導士を流し見る。

 どこか斜に構えたような態度だが、彼女がそれを気にする素振りはない。

 自身がここを出て数年後に、信じられないほどの短期間で学びを終えた天才少年がいたと聞く。もしや、この少年がそれだろうか。


「それは良かった。」

 先生がそう言い終えたと同時に少年の頭部が崩れ去る。

 数秒の沈黙、の後にヴァンネの悲鳴が響いた。



「いやあああああああああああああ!! し、死ぬ! 天才が死ぬなんて、無理よ! 私も死ぬ、絶対に死んでしまう!」


 そう叫んだまま彼女はがりがりと地面を削った。あれよという間に簡易的な陣を記し、そのまま島を出て行ってしまう。残された者たちも、少なからず動揺した。少年が立っていた場所には、小さな砂山がさらさらと流れているばかりである。「やっべーねえ、これ。」とひょろ長い男が呟いた。

「せんせー、マジでこれ何とかなるの?」

 男が頭を掻きながら先生に振り返る。彼女は積もった砂をまじまじと見ていたが、すぐに彼に視線を合わせると、わからないと首を振る。ええ~と不平の声を漏らす男を遮るように、うるさいなあと中性的な、そしてまた聞き覚えのある声がした。


「何とかならないときはどうせ皆死ぬんじゃんか。やるしかないんでしょつまりは。」

 女は地べたに座り込み、胡坐をかいて頬杖を突いていた。懐かしき学友の一人、カリヒだ。相手は私を認めると、片手をあげて反応を示した。性格は相変わらずの様だ。


「先生もさあ、めんどくさい事しないで、死にたくないなら帰れって言えばよかったじゃん。なんでそんな回りくどいの。」

「ちょっと、カリヒ。」

 相変わらずすぎる。恩師に対する無作法な言葉に思わず目尻を吊り上げたが、先生はアイコンタクトでそれを制す。それもそうかもしれないねと言葉を返し、彼女は一段高いところへと椅子を滑らせた。

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