第2話 クリス2~冒険者仲間を死に追いやった僕は、エルフの都で運命の出会いを果たす


それから8年間、僕は、サルランの街にある孤児院で過ごす事になった。

孤児院での生活は、まあ……地獄だった。

孤児院の施設長イングリッド婆さんは、どうして孤児院の経営をしているんだろう? と子供心に不思議に思う位の子供嫌いだった。

僕達孤児は、少なくとも人間扱いはしてもらえなかった。

その中でも、僕は、その身体的特徴から、特に酷い扱いを受け続ける事になった。


僕の外見は、エルフによく似ていた。

透き通った白い肌、尖った耳、目鼻立ちのすっきりした顔立ち。


しかし同時に、エルフにはあまり見られない特徴も兼ね備えていた。

白い髪、薄紫の瞳。


特に白い髪は、エルフではまず見られなかった。

白い髪を特徴とするのは、魔族。

今、まさにこの世界を侵略し、紅蓮の炎で焼き尽くさんとしている種族の特徴。


僕の扱いを決定づけたのは、ある日孤児院を訪れた一人の神官の言葉だった。



―――この子には、魔族の血が混じっている。



どういう根拠で彼がそう言ったのか、僕には分からない。

だけど、彼のその発言のせいで、僕は、施設長のイングリッド婆さんからだけでは無く、同じ孤児仲間からも、陰湿ないじめを受ける事になった。


忌み子、混じり物、エルフもどき、出来損ないの魔族野郎……


孤児院にいた8年間で、僕が獲得した称号は、10を下らないと思う。


地獄のような8年が終わり、13歳になった僕は、施設から解放された。

しかし、外の世界では、いまだ、魔王エレシュキガルの暴虐を誰も止めることが出来ないでいた。

魔王とその軍勢は余りにも強大で、僕達は、余りにも無力だった。

既に、世界の半分は、魔王により焼き払われたと噂されていた。


そんな中、天涯孤独の僕が、冒険者の道を選ぶのは、至極自然な流れであった。

幸いな事に、僕は、魔法に関して、類まれな才能に恵まれていた。

火、水、土、風、そして、光と闇属性、つまり、全属性の魔法を最初から高いレベルで使用出来た。

もっとも、それに気付いたのは、最初にルーメルの街で冒険者登録をした後の事だったけれど。

そして、ルーメルの街で、彼等と出会った。


ドワーフの戦士、リーガス

エルフの魔術師、メイサ

メイサの弟で神官のロルム

ヒューマンの盗賊、デロン


僕達は酒場で出会ったその日に意気投合して、パーティーを組む事になった。

彼等は、僕よりもレベルは低かったけれど、向上心があり、気さくで愉快な仲間達だった。

彼等と出会った時、僕はほんの気まぐれで、自分のレベルを低く【改竄】していた。

仲良くなり、何度も一緒に冒険をする中で、僕は、なんとなく自分のレベルの高さを言い出せなくなってしまっていた。

だから僕は、皆には自分は支援系の魔術師だ、と説明し、皆のサポートに徹し続けた。


高レベルの僕の支援を受ける事で、本来ならかなわないはずのモンスター達を、彼等は易々と撃破する事が出来るようになっていった。

何度も高難度のクエストをクリアし続けた彼等に、やがて慢心が生まれた。


そしてとうとう、僕の知らない所で、魔王エレシュキガルの配下、レベルにして100を優に超える竜王バハムートの討伐と言う、難度Sを超えるクエストを受注してしまっていた。

反対する僕に、リーガスが、情熱を込めた口調で語り掛けた。


「俺達ならやれる! 竜王バハムートを倒して、魔王の鼻を明かしてやろうぜ」


リーガスは、僕の支援魔法は、せいぜい10%ほどステータスを押し上げる程度の効果しか無い、と誤認していた。

本当は、僕の支援魔法で、皆のステータスは、50%以上増強されていた。

そして、皆が危なくなれば、【隠密】状態になり、皆に気付かれないように、直接支援する事もあった。

だけど、僕は、その事実を皆に伝えていなかった。

彼等の慢心を招いたのは、まさに僕自身だった。


こうして、僕等は、竜王バハムートの拠る臥竜山がりゅうさんへとやってきた。

敵は狡猾こうかつにして大胆だった。

竜王は、僕の危険性を正確に認識していた。

そして、僕は、竜王程狡猾でも大胆でも無かった。


罠にはまり、水晶に封じ込められた僕は、早々に戦線からの離脱を余儀なくされた。

僕の全力の支援があっても、なお勝ちを拾うのは難しい相手だった。

僕が封じ込められた時点で、僕達の運命は決していた。


まず、デロンが、竜王バハムートのブレスを浴び、即死した。

次いで、メイサをかばおうとしたロルムが、竜王バハムートの爪に引き裂かれ殺された。

メイサは、全ての魔力を使い果たした所で、生きながら竜王バハムートに食われてしまった。

リーガスは、絶望的な突撃を行い、竜王バハムートに、文字通り虫けらのように踏み殺された。


水晶に封じ込まれ、魔力を吸われ続け、朦朧とする僕の方へ、竜王バハムートがゆっくりと近付いて来た。

表情など刻まれるはずの無いその顔に、残忍な喜色が浮かんでいるように見えた。


僕は死ぬのか?

あの時、お父さんやお母さんを殺したから。

そして今、4人の仲間達を殺したから。

無価値で無意味な人生だった。

自分の力に振り回されるだけの僕には、お似合いな最後だな……


全てを諦めた僕が、意識を手放そうとしたその時……


天空の一角が、凄まじい輝きを放った。

輝きの中から、何者かが剣を片手に出現した。

その何者かが、たずさえた剣を、高々と掲げるのが見えた。


―――オオオオオン!


竜王バハムートが、その何者かに気付き、激しく咆哮した。

そして……

何者かが発した力の奔流が、竜王バハムートを貫いた。

竜王が光の粒子となって消滅していくのと同時に、僕の視界が、いつかと同じく、白く塗り潰されていく……


気付くと、僕は、地面に倒れていた。

竜王バハムートがたおされた事で、水晶の封印から解放されたのであろう。

ふらつきながら立ち上がった僕の視界から、竜王を一瞬にしてほふったと思われる何者かの姿は、既に消えていた。

僕は、仲間達の遺体を回収する心の余裕も無いままに、逃げるように臥竜山を後にした。


僕は、冒険者を辞めた。


あの臥竜山での出来事の後、程なくして、魔王エレシュキガルが封印され、世界に平和がもたらされた。

魔王を封印したのは、創世神イシュタルが召喚した、異世界の勇者であったという。

その話を耳にした僕は、あの臥竜山で、竜王を一撃で屠った謎の人物の事を思い出していた。


あれは、異世界の勇者だったのかもしれない。

まあ、今の僕にとっては、最早、どうでも良い事だ……




その後、僕は、長い隠遁いんとん生活に入った。

僕の真の出身地ともいえるレイバースの樹海の奥地に居を構え、野菜を育て、動物を狩り、果物を採取する生活。

たまに人恋しくなった時には、街まで転移して、最低限の生活必需品を購入する。

そんな日々。

エルフ、或いは僕に交じっていると言われた魔族の血の成せるわざであろうか?

何年経っても、僕は決して老いる事は無かった。

永遠に、自分で自分を罰し続ける事を強いられるかの如く……



今日、僕は、久方ぶりに、街に出た。

転移魔法でやってきたのは、アールヴ神樹王国の王都アールヴ。

あの勇者と共に戦った先代光の巫女、ノルン=アールヴ女王が治めるエルフの王国。

僕は、いつものように、白い髪を隠す目的もあって、認識阻害の効果のある灰色の帽子を目深に被り、僕に関する情報を速やかに相手の脳裏から消去する効果のある茶色いポンチョを羽織っている。

目的も無く、街をぶらぶら歩いていると、なぜか気になる二人組を見つけた。


黒髪で同系統色の瞳を持つ、どこにでもいそうな、しかし、不思議なオーラをまとう高レベルの青年と、銀髪で快活そうな、そんなにレベルの高くない少女。


冒険者だろうか?


ここ、アールヴには、世界中の冒険者が憧れる神樹の巨大ダンジョンがある。

なぜか好奇心を掻き立てられた僕は、知らず、彼等の後をついて行った。

彼等は、鍛冶屋『鋼鉄の乙女』に入って行った。

そのまま彼等に続いて店内に足を踏み入れた僕は、しかし、意外な事に、あの青年から声を掛けられた。


「すみません。僕等、武器と防具、探してるんですが……」


恐らく、僕の事を店員だと誤認したのであろう。

ともかく、これが、僕とタカシと名乗る青年との初めての出会いであった。


凍り付いていた僕の時間は、彼との出会いで再び大きく動き出す事になった。

ここから先の物語は、僕では無く、あの青年の口から語られる事になるだろう。



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