そして僕等は彼に出会う

風の吹くまま気の向くまま

第1話 クリス1~捨て子だった僕は、僕を慈しみ育ててくれた人々を僕自身の手で滅ぼした


―――オオオオオン!


禍々まがまがしい呪力に満ちた咆哮が、僕達の周囲の空間そのものを激しく揺さぶった。


「しまった……動……け……」


竜王バハムートの言霊を受けた僕の仲間の一人、戦士のリーガスが、自慢の大剣を握りしめたまま、身動きが取れなくなってしまった。

それをチラリと横目で確認した僕のもう一人の仲間、魔術師のメイサが、宝玉のめ込まれた杖を、振りかざした。


いかづちよ、天空よりくだりて、我等の敵を討て!」


彼女の莫大な魔力により引き起こされた超自然の雷が、網の如く、竜王の身体を包み込んだ。

しかし……

ワイバーン程度なら、瞬時にその命を刈り取ってしまうはずのその死の網は、竜王バハムートが少し身体を揺するだけで、四散してしまった。

竜王の強靭な黒く輝く鱗には、傷一つ付いていない。


「うそ……」


メイサの翡翠色の双眸そうぼうが絶望の色に染まっていく……

そんな彼女の傍らには、僕達の仲間だった神官のロルムと盗賊のデロンが、既に物言わぬむくろと化して、横たわっている。

そして、竜王バハムートの狡猾な罠にはまり、魔力の浪費を強いる水晶の中に閉じ込められた僕は、こうして仲間達の避けられぬ死の運命の目撃者になる事を強要されている……


これは、全て僕の責任だ。

せめて、生き残っている二人だけでも、なんとか救わないと!


しかし、そんな気持ちと裏腹に、今も全身から膨大な量の魔力が抜け落ち続けている僕は、今や、意識を保つのが精一杯の状況に陥っていた……



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僕は、本当の両親の顔を知らない。

後から聞いた話では、僕は赤子の時、レイバースの樹海の奥、巨大な妖樹の根にいだかれるように捨てられていたのだそうだ。

それを、夫婦で冒険者をしていたドランとマーサの二人に見つけて貰ったのが、今から20年前。

二人は、素性も知れない僕の事を、本当の子供の様に可愛がってくれた。

実際、僕は、あの出来事が無ければ、今も変わらず二人を本当の親と信じていたかもしれない。

しかし、全ては、過去形になってしまった。



僕は5歳の時に、二人の命を奪ってしまったから。



ちょうど僕が5歳になったあの年、それまでばらばらだった魔族達が、一人の強大な存在によりたばねられる事になった。


魔王エレシュキガル。


彼女の髪は、白髪が常なはずの魔族にはあり得ない漆黒の闇色に輝き、その瞳は、右側が燃えるような赤、左側が若草のように黄緑色をしているという。

魔族とモンスターの群れをべた彼女は、創世神イシュタルの秩序に挑戦し、世界を闇に閉ざそうとしていた。

その余波は、僕達の住むシラス村にも及んできた。

度々たびたび、強力なモンスターが、村の周囲に出現するようになったのだ。

そして、とうとう、魔族に率いられたモンスターの群れが、村を襲撃してきた。

一度目の襲撃は、僕の育ての両親を含めた村の大人達が総出で撃退する事に成功した。

しかし、日を置かずして、最初の倍のモンスター達が再び村を襲ってきた。

僕達、戦う力を持たない女子供は、村で一番頑丈な石造りの教会に避難した。

戦う力を持つ大人達は、再度総出で魔族とモンスターの群れを迎え撃った。

魔法の炸裂する音、モンスターの咆哮、誰かの断末魔の叫び声……

様々な音が、教会の奥で、シスター達にすがり、震える僕達の鼓膜に届いて来た。


やがてふいに不自然な位静かになった。


突然、教会の扉が開け放たれた。


戸外から差し込む逆光の中、僕の育ての両親、ドランとマーサの二人が、よろめきながら、入ってきた。


「シスター、子供達を地下通路から……」


息も絶え絶えにそう告げたドラン――父さん――の全身は真っ赤に染まっていた。


「パパ、ママ!」


幼い僕は、不安の中、突然現れた二人に駆け寄ろうとして、シスターに押し留められた。


「さあ、早くこっちへ」


シスターの一人が、創世神イシュタルの神像の裏に回り、床板を動かした。

隠されていた地下へ通じる階段が現れた。


父さんと母さんが戸口を見張る中、シスターが僕達をその階段へ誘導しようとした矢先……


「おやおや、こんな所にまだいっぱいいるじゃないですか」


血も凍るような凄まじい悪意を孕んだ声が、扉の方から投げかけられた。

視線を向けた先に、一人の男が立っていた。

死神のような黒いマントを羽織ったその男の短い白髪を貫くように、一対の角が生えているのが見えた。


「ここは俺が! シスター早く!」


父さんが叫び、残った力を振り絞るかのように、その魔族の男に立ち向かった。

母さんも、ふらつきながら、詠唱を開始した。

男は、父さんの振り下ろした剣の刃を片手で握り止めると、無造作にその剣をへし折った。


「ふぅ……こんなモノで私に立ち向かって来るなんて、ニンゲンはやはり救いようの無いバカばかりですね」


男の顔に酷薄な笑みが浮かぶのが見えた。

男は、驚愕に目を見開く父さんに対して、無造作に左手を振った。

刹那、父さんの右腕が、肩口から見えない何かによって斬り飛ばされた。

噴き上がる血飛沫ちしぶき


「ぎゃあああ!!」

「ドラン!」


傷口を押さえ、床の上をのた打ち回る父さんに、母さんが駆け寄った。

その様子を、愉悦すら感じさせる表情で眺めていた男の左腕が、再び振り上げられた。


「パパとママが死んじゃう……」


幼い僕の頭の中に、生まれて初めて身近な人物の死の予感がよぎった。

瞬間、僕の中で、何かが爆発した。


全てが白く染まっていく……

…………

……


どれ程の時間が経過したのであろうか?

気が付くと、僕は、何もない赤茶けた土の地面の上に、一人ぽつんと座り込んでいた。

周囲には、人影は愚か、建物の痕跡すら存在しない。

何が起こったか分からないまま呆然と座り込んでいる内に、僕は再び気を失った。



その後、シラス村の消滅事件を調査に来た王国騎士団によって、僕は発見され、保護された。

当然、色々聞かれたけれど、当時まだ5歳の僕は、起こった出来事を上手く説明できなかった。

ただ、騎士団の人達が、凄まじい魔力の暴発でシラス村は消滅した、と話していた事だけは、鮮明に覚えている。


長じた今は、分かる。

あれを引き起こしたのは僕だ。

あの時まだ生きていた父さん、母さん含めて、最終的に全ての人の命を奪ったのは、まぎれもなくこの僕だ。

僕が、この罪からゆるされる日は永遠に来ないだろう。

なぜなら、僕自身が、僕自身を罰し続けるだろうから。


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